第1話

京極荘に戻って来るなり、うた猫を見つけました、と昂季が穂香に伝えて来たのは、初夏の夕食時のことである。


 

京極莊の一階にある居間の円卓には、色彩豊かな料理が所狭しと並んでいた。なす味噌田楽にあまだいのかぶら蒸し、それに数種類の自家製の漬け物。



中でも絹子の漬ける少し黄みがかったかぶらの千枚漬けは、歯ごたえといい甘みと酸味のさじ加減といい、他に類を見ないほどに絶品だった。



「一乗寺駅の近くです」



かりこりと漬け物を噛み砕きながら昂季は淡々と言うが、京都の土地勘のない穂香には、そこが遠いのか近いのかさっぱり分からない。



だが馬鹿にされたくないので「あ、一乗寺ですね」と知ったかぶりをすれば、昂季は見透かすようなジト目を穂香に向けた。



「何区か知ってはるんですか?」



「ええと、伏見区……とか?」



「左京区です」



当てずっぽうの答えが的を得るはずもなく、ぴしゃりと訂正される。



「あ、そうそう、そうでした! でも、惜しかったでしょ?」



「惜しいどころか、位置的に真反対やないですか」



相変わらずの生産性のない会話を繰り広げる二人の横で、ずずず……と世話人の絹子が茶をすする。



おそらく何着も持っていると思われるいつもの白い割烹着に、ふちの細い丸眼鏡、白く染まった髪は今日もきっちりと頭上で結い上げられていた。



齢八十前後と思われるが、真偽のほどを穂香は知らない。

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