第35話

グエンは胸元から再び煙草を取り出すと、口に咥え、手慣れたしぐさで紫煙を吐き出した。


ゆらぐ紫煙は、換気が充分でない部屋の中を、いつまでも漂い続けている。


「俺が初めて人を殺したのは、八歳の頃だった」


ポツンと、グエンが言葉をこぼした。


「喋れないような頃からなついていた、組織の男だった。だが俺が木から落ちて足の骨を折ったとき、そいつの監督不行届だからと、殺すように父親に命ぜられた。俺は迷わずそいつを殺したよ」


話の残酷さに、ヨウは息を呑んだ。蛇のようなグエンの目が、怯えるヨウに向けられる。


「考え方次第では、俺の子供時代も恵まれていなかったのかもしれないな。だが俺は今でも、父親に感謝している」


長い沈黙が訪れた。


グエンは、表情一つ変わっていなかった。


ヨウは、目の前にいる男が、得体の知れない魔物のように思えてくる。


「とにかく俺は、ティエン・リーが生きているとは思っていない。新たな猿鬼の正体は、おそらく犯罪集団だ。複数で、殺しをしている」


「……リュウも、その一人だって言いたいの?」


「その線が濃厚だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る