第8話

「楽しみにしてますね、何着て行こうかな」と、女みたいなことを電話の向こうで嬉しそうに呟くハオ。


最後に、「じゃあヒヤマさん、また後で」と言い残してからハオは一方的に電話を切った。







────『ヒヤマさん』


最後のハオの声が、頭の中で山彦の様に繰り返し響く。







───いつからだろう。


他人に自分を、名前では無く苗字で呼ばせるようになったのは。






無意識だった。


2年間、毎日あの女に「ヒヤマ」と呼ばれ続けたからだろう。


いつの間にか俺は、他人に名前で呼ばれることに違和感を覚える様になっていた。


だから名乗る時はいつも、「ヒヤマ」と苗字を名乗るようになっていた。









そして今でも繰り返し思い出しては、体中が乾いた様な気持ちになる。


────あの女は俺に抱かれている時は、絶対に俺の名前を呼ばなかった。


あの女は俺に抱かれ体中を奪いつくされながらも、いつも遠くを見つめていた。

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