二十五話 友愛なる安らぎ
俺はいい加減元住んでいた場所を引き払いに行く事にした。
さすがに荷物くらいは取りに行かねばなるまいと思っていたのだ。
ああそうだとも。地元に戻って来る気はさらさらない。
もちろん一人では帰れないのでシトリーに付き添ってもらった。
大丈夫だ。町まで行ければ元自宅くらいはさすがに分かる。
軽いデート気分なのだ。
家に入ってから手早く荷物をまとめ、ものの数分で元の住まいに別れを告げた。
「あら? 荷物はそれだけですの? 猫の陶器や衣類数点だけですのね」
シトリーに不思議がられたが、実は特に持って行く物はない。
誕生日に友人に貰った置物やマフラーや服だけで十分なのだ。
友人といっても主にイリスからだが。
工具や家具なんかもあるが、それは魔神館でより強力な……
もとい、新しい物を作ったから必要ない。
ここの後始末もイリス経由で他の友人にお願いしてある。
本当に、イリスには迷惑掛け通しだな。
「これ大体イリスからのプレゼントだからな。貰い物は大事にしなければ。……そういや、そろそろイリスの誕生日だったな……。いつも世話になってるし……。なんかプレゼントでも考えるか……」
「まあ! でしたらお揃いのアクセサリーなどどうですの?」
俺の呟きを聞いたシトリーは目を輝かせ始めた。
あからさまにウキウキしている。
両手を合わせ、とても楽しそうなシトリー。
今までは大体置物やアクセサリーを渡していたが……
お揃いのアクセサリーか……
嫌がられたりしないだろうか?
ーーーーーーーーーー
俺達が帰宅するとイリス、ラグナートが遊びに来ていた。
なんでも最近二人で組んで魔物の討伐などの仕事をこなしているらしい。
「ラグナートさん凄く強いんだよ! なんで今まで紹介してくれなかったの?」
「いやいや嬢ちゃんも中々のもんだぞ。あの思いきりの良い動きはそうそう出来るもんじゃない」
イリスはラグナートの強さを興奮気味に語る。
ラグナートもイリスの身のこなしに感心しているようだ。
キャッキャウフフと仲の良いことだな。
イリスはすぐにシトリーと部屋に行ったので、俺は収穫したばかりのミカンを手絞りでコップに注いでラグナートに提供した。
「俺の手汗たっぷり愛情ジュースを召し上がれば良い。いつも幼馴染みが世話になってる礼だ」
「おまえさん達もう少し素直になれないかねぇ……」
俺の出したコップを眺め、ラグナートは素直さで右に出る者は居ない俺にそうのたまった。
素直さの証明として、イリスの座って居た席に座った俺はラグナートに質問を投げ掛ける。
「ところでラグナートって偽名なのか? なんかラグナートって名前のヤツがアーセルムに居たのは千年くらい前らしいぞ?」
俺はセリオスから聞いた話を即座に聞いた。
どうだ? 素直だろう? 何か気を付けろとか言われた気もするが……
今は何故かそんなことに気を配る余裕がなかった。
「偽名っちゃ偽名だが……。そりゃ俺だ。かれこれ四千年くらい生きてるからなぁ……」
遠くを眺め、染々と語るラグナート。
本気か? ジョークか? 真面目に答えてもらいたいものである。
どちらにせよ、こんなおっさんにイリスはやれんな。フキンシンだ。
……どうにも今日の俺はおかしいな。気持ちに余裕がなさ過ぎる……
俺は気持ちを落ち着かせようと、床に落ちていた
そして何を思ったのか、その穂先をラグナートに突き出していた。
「ん? なんだこりゃ……うおわぉ!」
ラグナートはネッコロエーノにつられたチノレに横から体当たりされる。
寝そべったラグナートの顔をチノレが丹念に舐め回していた。
これは強力だぞ。なんせ一舐めで顔の肉をゴッソリ持っていかれそうな程の威力があるのだ。
舐め回されればそのうちザガンになってしまうだろう。つまり骨だ。
「あっははは! やめろってぇ!」
全然大丈夫そう。ラグナート楽しそうだな……
俺は羨ましそうにその光景を見つめ、立ち上がってミカンジュースを飲み干した。
凄くしょっぱい……。何かごめんなラグナート……
俺達何の話ししてたっけ?
ーーーーーーーーーー
自室に戻った俺は作業台に腰を据えた。
妙な気持ちの昂りを抑えながら、誕生日プレゼントを製作する事にしたのだ。
「さて、ではなにを作るかな。アクセサリー……。ペンダント辺りか? 喜ぶかな? まあこういうのは気持ちだ」
そう、俺に期待してはいけない。
そこんとこイリスなら分かってくれるだろう。
材料は館にあった物で高級そうな物をかき集めてきた。
チノレがくれたどっかで見たような硬質的で樹木のような物体。
それをアガレスを使って小さな台座の形に整える。
次にザガンの部屋で見付けた赤くて綺麗な石をアガレスで加工し、中軸に据えた。
そして館に時々落ちている黒光りする金属片をアガレスで彫金し、台座に埋め込む。
ここで俺は手を止めた。
「しまった……。金属片の焼き入れと綺麗な石に熱処理するのを忘れていた……」
加工組み込みまで終わらせてしまったじゃないか。
でも材質も良く分からないし別に良いかな?
俺はそう思い、まとめて火であぶる暴挙に出る事にした。
樹木のような物にも火入れしておいた方が良いだろうという判断。
発想もやり方も全部間違っているが、これも一つの気持ちだ。
そうしてザガンの部屋から借りてきた火の出る魔道具、棒の先から高熱の火が出るフィアーバーナーを魔具充填用台座に差し込み起動する。
しかし思いの外火力が足らない。
色付くどころか樹木的なものまで火を弾いている気がした。
「おにいちゃん何してるの~?」
「リノレか? ん~ちょっと今手が離せなくて……ん?」
リノレがドアを開けて俺の様子を伺って来た。
姿が見えなかったから心配してくれたのだろう。
そこで俺は、何故かリノレがこちらに近付く程にバーナーの火力が増す事に気付いた。
「ちょっと良いかリノレ。ここに座っていてくれ。後これ食ってて良いぞ」
「はーい! 頂きます!」
俺は自分の座る椅子の後ろに台を置き、リノレを背中合わせに座らせた。
三日月の形をしたパン。クロワッサンを両手で持つリノレ。
チマチマと食べる姿が愛らしい。
買収? 違う。これは対価なのだ。
怖いくらいの凄まじい熱を放出するバーナー。
その火力で火入れ、焼き入れ、熱処理が完了する。
適当過ぎるのに思い通りに熱を入れられるとは……
いや、多分リノレの不思議な力のおかげだけどな。
こんなやり方したら普通全部パーになる。
むしろ台座が溶けてしまうだろう。
強度を持たせる。硬度を上げる。艶を出す。等々様々な思惑があったが……
いくつかの素材はまるで一つの物質のように固く連結していた。
思わぬ副産物である。
「出来たぁ……。ああ~、疲れた……」
俺は腕と背筋を伸ばし、強張った筋肉をほぐした。
リノレはいつの間にか俺の背中でスヤスヤ寝息を立てている。
手伝ってもらって申し訳なかった……
後で沢山遊んであげなきゃな。
ここからは日をまたぎ、俺の部屋に置いてあった金色のドリルのような三角錐を粉にし、サンドペーパーを作り磨き上げた。
首に掛ける鎖部分は以前作った杖、チノレバリアーの余り。
杖の装飾を施した際に残った金属で制作する事にする。
これが地味に大変だった。
やたら固くて愛用の
作業時間のほとんどはこいつに費やす事になってしまった。
そしてここでも問題発生。
うっかりペンダントと鎖をも完全連結させてしまったのだ。
「取り外し不可になったな……。これはもうネックレスだ……。でも想像より綺麗に出来たぞ」
当初の予定と少し変わったけど特に問題はないだろう。
元々俺は部品が別れているのが好きではない。
この鎖もオリなんちゃらとかいう特殊な物質で希少品なのだ。
完成品があまりに素敵だったので、自分用も一緒に製作した。
人にあげるものって何故か自分も欲しくなるよね。
ーーーーーーーーーー
製作に三日を要したが誕生日には間に合ったようだ。
だが今日に限って夕方になっても来ないイリス。
円卓の間に顔を出すとラグナートがソファで横になっていた。
「嬢ちゃんなら中庭にいたぞ~」
「そうか。ありがとう!」
目が合った瞬間イリスの居場所を教えてくれたラグナート。
俺は反射的にお礼を言い、そして混乱した。
イリスは何故中庭に居るのか?
あと俺は今何も聞いてないぞ? 心が読めるのか?
ともかく俺はすぐに中庭に向かい、中央で棒立ちになっているイリスを発見した。
「イリス!」
「あ、フレム! 話って……何かな? シトリーさんに言われたんだけど……」
俺が声を掛けるとイリスは暗い表情で問い掛けてきた。
なんの事だ? さてはシトリーのヤツ……
雰囲気出させようって魂胆だな……
その手には乗らない。誕生日プレゼントを渡して終わりなのだ。
俺の直線上にある窓の奥で、ハイタッチしてるシトリーとラグナートは後で締めよう。
「私からも話があるんだけど……聞いてくれる?」
「え? ああ、もちろん良いけど……」
イリスが神妙な面持ちで語り掛けてくる。
俺に拒否する理由はないが、そんな言い方をされるとちょっと怖い。
「私の事恨んでたりしないかな? 私が……森に無理矢理連れて行かなければ……。今が楽しそうなのは見てれば分かるけど……。それは結果論だから。私……聞くのが怖くて……」
イリスはうつむき、今にも泣き出しそうな震えた声を絞り出した。
そんな事ずっと気にしてたのかイリスは。
思えば助けに来てくれた時も必死だったな。
俺はむしろ申し訳ない気持ちで一杯になった。
「恨む訳ないだろ。むしろ感謝してる。おまえのおかげでこんな楽しい事になってるんだし。それにたとえあのまま食われてたとしても、イリスを恨むような事は絶対ないよ」
感謝こそすれ、恨むなんて有り得ない。
そりゃそうだろう。ついて行ったのもその後も俺の自己責任だし。
イリスが気にする事など何一つないのだ。
「でも……、フレムに何かあったら……。私が恨むよ……。私自身を……」
それでもイリスは納得してないようだ。自責の念か……
本当に情けない話しだよ。大切な親友にこんな事を言わせるとはな。
「そっか……。じゃ今回は自分を誉めてやれ。俺をより幸せにしたんだから。おまえも俺の大事な家族だと思ってる。そんな悲しい事は言わないでくれよ……。そ、そうだ、報酬をやろう!」
俺は自分の言動が途中からよく分からなくなり、何故か慌て始めている。
気付けば泣いていたイリスは、俺の言葉に目を大きく見開き驚いているようにも映った。
「あ、いや……ほら! 二十二歳の誕生日おめでとう……。手作りで大したことはないんだけど……。これでも頑張ったんだ。これ……貰ってくれるか?」
俺はしどろもどろになりながらも、制作したネックレスを差し出した。
何故かやけにペンダント部分が重く感じる。
手が震えるのはそのせいだろう。
重いのだ。怯えている訳ではない。
「あ……、ありがとう! 覚えててくれたんだ……」
「忘れたことないだろうに……」
「あはは、そうだったね」
イリスは笑顔で受け取ってくれた。
俺と他愛ないやり取りを交わし笑うイリス。
喜んでもらえたのだろうか……
俺とお揃いと言うのは言っておくべきか……
「我ながら良く出来たと思うんだが……。あ、あまりに出来が気に入ったからさ。自分のも全く同じヤツ作ったんだけどな!」
それを聞いたイリスは顔を真っ赤に染めて狼狽えているようだった。
つられて俺も狼狽えそうである。やらかした感が拭えない。
「あ、お揃いなんだ……。フ、フレムは嫌じゃないの?」
「俺は嫌じゃないけど……、イリスが嫌なら……」
イリスと俺は互いに口ごもりながら同時にうつむいた。
沈黙の時間がやけに長く感じられる。
なんだこの気恥ずかしさは……、今すぐ全力で逃げたい。
「ううん。嬉しい! 大事にするね!」
顔を上げたイリスの、そのはにかんだ笑顔に安らぎを感じる自分が居る。
自然と……一緒に笑っている俺が居たのだ。
良かった……。なんだか不思議なくらい嬉しい。
嬉しいからとりあえず……
窓際で隠れられている気で居るシトリーとラグナートにお説教をしに行こう。
ーーーーーーーーーー
夕飯前にイリスは家に帰って行った。
そう毎度毎度遅くまでウチに居ては親が心配するからな。
俺はというと、円卓の間で食前の軽いオヤツを振る舞っている。
そこにザガンがやって来た。勝手に厨房使った事を咎めに来たのか?
「おお、フレムよ。今汝に客が来たぞ。すまんな……。何かの勧誘のようであまりにしつこかったから追い返してしまった……」
シトリーに特製ミックスジュース。ラグナートにお手製オムレツを振る舞っている俺にザガンがそう言って来た。
おまえのはないぞ。挽き肉と気力がもうないのだ。
「態度の悪い勧誘様はお帰り願って良いと思う。ちなみになんてところだ?」
俺が勧誘様の名前を聞くとしばし考え込むザガン。
どうでも良いけどザガンさん、貴方が黙ってうつむくととっても怖いよ?
「確か……、ゼラ……チン……兄弟?」
ザガンの口から飛び出した名に俺は身震いした。
なんだ……、その面白い奴らは……
凄まじい名前だな。もちろん聞いたことはない。
「ゼリー……、なのか?」
俺の問いにしばしの間を置き、重々しくコクリと頷くザガン。
俺とザガンは
もちろん色とりどりのゼリーで食卓を彩るためだ。
待っていろシトリー! ラグナート!
さっきの仕返しは済んでいない!
おまえらの腹にたらふく捩じ込んでやるからな!
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