十七話  非魔神対偽勇者

 隔離された部屋で俺はセリオスと二人きり。

 上手く分断出来たようだが他の戦い、特にシトリーが心配だ。

 さっさと終わらせないといけないのに俺は動く床と風景で目を回していた。



「なんて……移動方法だ……。一瞬で酔ったぞ……」



 酔いが激しく愚痴を溢す俺。

 独り言を呟いていたセリオスは急に押し黙り、凄い形相で俺を睨んでくる。

 おのれクソ王子め。ぶつぶつと何言ってたか知らないけど余裕こきやがって。

 大体、賢王の一人息子、イケメン、モテモテと来ればもう、強い訳がない。

 まず立派な人間の二代目とかボンボンは挫折を知らない。

 後はイケメンだ。もうこれだけでも駄目だ。

 神は人に二物を与えん! むしろ与えんな!

 というわけで俺は負けない。紙一重で勝つだろう。


 どのみちこの戦いを終わらせる為には……

 俺がこいつを叩きのめさなきゃならない。

 他の戦場は時間稼ぎで構わないのだ。

 覚悟を決めた俺の身体が戦闘態勢を整える前に……

 クソ王子が動きを見せた。

 直線に、そして鮮やかに。高速で俺の懐に入り刃を振り下ろすクソ王子。


 けたたましい金属音が響き、俺とクソ王子の剣が火花を散らした。

 受けられたのはギリギリ。思ったより速いし重い。ボンボン強い!

 だがいくらなんでも躊躇が無さ過ぎるな。

 俺達はその場で数撃の打ち合いをした後、互いの間合いから飛び退いた。



「ほう……、思ったよりはやるようだ……」



 余裕たっぷりのクソ王子。いちいちムカつく王子様だこと……

 こちとらお遊び程度だがラグナートから稽古も受けてるんだ。

 いつも五、六分で逃げるけどな! それにしても……



「調子に乗るなよ? お前、俺が操られてない事に気付いてるな? か弱い自国民を助ける気とか無いだろう」



 今思ったことを俺はそのまま口に出した。

 初撃から殺しに来たとしか思えないのだ。

 初めから、俺を救う気などなかったという事だろう。

 俺はそう言い終わると、今度はこちらから仕掛けた。

 刃が重なり、ゼロ距離で力比べが始まる。



「ああ、その通りだ。お前が自分の意思でここに居るのは調査済みだからな。正直救えるのなら救っても良かったのだが……。この状況では仕留めるより他にない。魔神討伐の際の事故。尊い犠牲だ。問題あるまい?」



 剣を交えながら薄ら笑いを浮かべて語るクソ王子。

 とんでもない王子だな……

 思想、手段はともかく、一切の迷いがないのは怖過ぎる。

 まあ、俺の事は置いておいても気になる事がもう一つあった。



「あの子は……エトワールって言ったか? いつもあんな盾みたいな事させてるのか?」


「はっ、あれの心配か? 気にする事はない。盾になれと言った覚えはないが、所詮あれもおぞましき魔神。情を分ける必要はない」



 俺はまるで駒のような聖女の扱いを問い質す。

 クソ王子はその問い自体を鼻で笑ってのける。

 聖女エトワールを人として扱う気がない。『おぞましい』とまで言った。

 ここでようやく、奇妙な違和感と気持ち悪さが俺の中で形を帯びてくる。



「ぐっ! ……うわ!」


「いずれエトワールを始末する方法も見付けねばならん。下手に民衆の支持を集めてしまったのが厄介だがな。いつ民に牙を剥くとも限らん不穏分子は残して置けぬ……。私には……この国を守る責務があるのだ」



 力負けして剣が弾かれ、床に転がる俺に王子はそう言い放つ。

 人間の為に、平和の為にこの魔神館に攻め込んだ王子。

 多分それは事実であり、彼のやり方には正当性がある。

 よく分からん物は放置して置けないよな。

 混乱と暴動の元は直ちに排除。実に理に適っている。

 ここで嘘を言う必要もない。言い分に非はない。

 つまりはそこだ。


 無自覚の悪意。


 自らの掲げる強い思想のせいで、自らが踏み付けている者達に気付いていない。

 王子は多分、青髪の小僧やマッチョのおっさんでさえ……

 いいや、誰一人として信用などしていないのだろう。

 最初から王子は仲間なんて連れていない。一人でここに来たのだ。


 俺の思った通り、この戦いは勇者達と魔神達の戦いじゃない。

 独り善がりの偽勇者と、悪の名が貼られた非魔神……

 つまりセリオスと俺の戦いだ!



「やっぱ駄目だなお前……。いっぺん締めなきゃならねぇ……」


「はっ! そう何度も笑わせるな。シリルごときに苦戦するお前に勝ち目などあるものか!」



 立ち上がり睨み付ける俺をまたも鼻で笑うセリオス。

 考えの違いで文句を言う気もないし、正直勝ち負けはもっとどうでもいい。

 だが、仲間すら信じられずたった一人で乗り込んできたこの男……

 俺はそんな奴には絶対に負けてやらない!


 互いの足が地を蹴り、再び剣を交えた俺とセリオス。

 間合いを取りながら何度もお互いの剣を捌き合う。



「シリルってさっきの小僧か? あいつの剣にこんな殺意はなかったぞ! そっちがその気なら俺だって全力で抵抗するさ!」


「どちらも甘いという事だ。言葉にするだけなら容易……。だが合わせて来ているとは……。なるほど……、言うだけはある。多少器用ではあるようだな!」



 俺だって真面目にやれば少しは戦える。

 セリオスも俺の猛攻に驚いているようだが、薄ら笑いを浮かべ楽しそうにすら見えた。

 こいつにはまだ余裕があるということだ。本当に強い。

 小僧同様、俺も傷付けないように戦っていたが今は本気だ。

 なのにまた押し負け始めている。手を抜いてやがったのか……


 やっぱこれ無理かな? アガレス助けに……、来ないよね。

 多分広間のアガレス抜いたら無茶な動かし方したこの屋敷崩れちゃうし……

 俺が若干及び腰になっていると、セリオスが悪そうな笑みを浮かべて語り掛けてきた。



「そうそう、メインシュガーの令嬢が心配していたが……。あれも我が国の大事な国民だ……。お前の代わりに私が面倒を見ようか? それなりに器量も良い。側室くらいには迎えてやろう」



 セリオスがいきなり意味不明な事を言うもんだから……

 俺はびっくりして力任せに攻めぎ合ってた剣を払い退けてしまった。

 驚いたように下がったセリオスを見据え、改めて今の言葉を振り返る。


 …………うん? やはり何言ってたのか高度過ぎてさっぱり分からないが……

 イリスも側室とは言え貰い手が出来たって事か?

 それはめでたいな。仮にも王子だし、感謝の言葉でも述べておくとしよう。



「イリスはやらねぇ! お前は潰す!!」



 おや? なんか違う言葉が出てしまったぞ? どうした俺?

 顔も痛いほど歪んでいるのが分かる。どうした俺の表情筋?

 いやいや、一応大事な幼馴染みだ。

 こんなクズにくれてやるのは勿体ない。

 俺はそう考えると、もう躊躇も容赦も一切しないと心に決める。

 全身全霊全力全開でゴミ王子を消しに掛かる事にした。



「ぁぁぁぁぁああ!!」



 どっから出てくるのか分からない声が俺の口から飛び出てくる。

 ゴミ王子に向かって右袈裟、打上を仕掛け、全て捌かれたので蹴りも交えた。

 全力の斬撃や蹴りが弾かれようが捌かれようが俺は止まらない。

 動きを予想し行動を狭めるように、むしろ何もさせないように猛攻を続ける。

 無茶な体勢からでも痛みを無視して攻撃を仕掛けた。



「先程とは動きそのものが違う! 規則性すらなくこの速度と力強さ……。この私が押されるだと!? ならば……」



 大きく距離を空けたセリオスの動きが一瞬止まった。

 追おうとした俺の身体も危機を察知して立ち止まる。

 時すら止まったかのように見えた静寂。その次の瞬間……

 セリオスの刃の先が俺の目の前にあった。



「あ……、たるかぁ!」



 俺は叫びながらその突きをやり過ごした。

 咄嗟に剣の腹で受けながら、意識が飛ぶかと思うほど全力で身を捩りなんとかというレベルだ。

 頬を僅かに掠り血が滲む。次はないといって良い。

 それくらいギリギリ。本当に間一髪だった。



「貴様……、本当に操られていないのか?」



 セリオスは眉間にシワを寄せ、俺に疑問を投げ掛ける。

 今更何言ってんだこいつは? とにかくこれはヤバイ……

 おそらく踏み込みと体の撚り、太刀筋を寸分狂わず瞬間的に合わせているのだろう。

 全身のバネをフルに活用した一撃必殺。

 結果だけを見据えて動作を構築する荒業だ。

 防御を考えない諸刃の一撃だが……

 一太刀の速度が尋常じゃない。

 次来たら終わりだ。


 俺はこの技を使わせないように接近して猛攻を続けた。

 押しては引かれてよろけそうになりながら、食い下がるように剣を振り続ける。

 それから何度目かの交差、剣を弾かれて後ろに仰け反った俺。

 その隙を見逃すはずもないセリオスが仕留めに来る。



「終わりだ!」



 先程の技。時が止まったかのように静止する感覚。

 俺の心臓目掛けて放たれる必殺の突き。

 そして、セリオスの言葉通り……勝敗が決した。


 カラン……。と渇いた金属音が鳴り響く……

 俺を通り越したセリオスの剣先は根元から折れ、床に落ちた。

 俺がセリオスの剣を叩き折ったのだ。



「見よう……見真似だと? 私の……獅動一閃しどういっせんを……」


「合わせるくらいなら何とでも出来る! 舐め過ぎだクソ王子!」



 驚きを口に出すセリオスに、未だ焦る心を押さえながら俺は吠えた。

 上手くいって良かった……

 仰け反ったのは狙いを心臓に絞らせる為、それと反動を付ける為だ。

 剣の軌道が分かるなら後はタイミングだけ。

 右足の踏み込みを軸に仰け反った体を起こしながらの突き返し。


 先程見せられた技と同じ理屈を、セリオスの剣の根元に叩き込んでやった。

 俺の場合踏み込み重視ではないので威力に劣るが、セリオスの突進力も上手く利用出来たようだ。

 少し呼吸を整え、剣先をセリオスに向けた俺は大きく息を吸い込む。



「この戦い……、俺の勝ちだ!」



 俺は精一杯の声で勝利を宣言した。

 あまり自信たっぷりな発言は好きじゃないが、こいつにだけは負けたくないと心から感じていたのだ。

 セリオスはいやに大人しく、折れた剣の柄を無表情で見つめている。

 それから軽く溜め息をついたセリオスは、感情の見えない表情を俺に向けた。



「私の負けか……。結果は結果だ。潔く認めよう」



 随分あっさり負けを認めたセリオス王子。

 何か奥の手とかないのか? と勘ぐる俺。

 あっても困るが。あんな危険な動作二度と出来ないからな。

 失敗したら即死だった事を思い出し、俺の心臓は怖かったと文句を言うように脈動していた。


 俺は心臓に落ち着くよう必死に訴え掛ける。

 なんとか勝てて内心ホッとしていたその時、俺の立つ地面が動き出した。

 アガレスの地表操作が再び始まったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る