ハズレガチャのオレがVtuberのマネージャーに!?
戸井悠
第一章 光が生まれる場所
第1話 推しの転生――新たなひかり
推しが消える夢を見た。
それは悪夢だった。
『——推しは推せる時に推せ』
かつて誰かがそう言った。
Vtuberたちは、注目されなければ消えてしまう。そんなプレッシャーの中で輝きを放ち続け、消滅の恐怖と戦い続けている。
ところがある日、俺の推し、
動画チャンネルも、SNSアカウントも、この世界から完全に消し去り、残されたのはファンが描いた非公式のファンアートだけ。
だが、それすらもいずれネットの海に沈み、忘れられる運命にある。
——俺の推しは、この世界から完全に姿を消した。
***
俺たちコメント欄は、ただの文字列にすぎない。
インターネットの海を漂う、0と1のデータ。
それが、俺たちのすべてだ。
今日も動画配信サイト《V-Tube》のコメント欄は賑わっていた。
俺もその一員として――推し活を続けている。
俺の推し、Vtuberの明星あかり。
輝く赤髪が特徴で、多くのファンを元気づけてきた配信界のスターだった。
3か月前、突然引退したあかりの軌跡は、今も伝説として語り継がれている。ファンたちはあかりの存在を忘れられず、記憶に刻み続けているのだ。
推しを失った痛みは推しでしか癒えない。
そんな中で、俺が今、推しているのが
揺れるオレンジ色の髪が印象的で、明るい笑顔がトレードマークだ。その軽やかな声は、聴くだけで元気をもらえるような不思議な力を持っている。
デビューからわずか3か月で登録者数16万人を超えて、配信のたびに多くのファンを惹きつけている。
その成長ぶりはまさに次世代のスターと呼ぶにふさわしい。
今日も俺は、ひかりの配信を聴きながらピザのデリバリーをしている。
やりがいは普通だが、与えられた役割はきちんとこなさなければならない。それに、推しの配信を楽しみながら働けると思えば、むしろ、最高の環境かもしれない。
自転車のハンドルに固定したスマホから流れるひかりの声を聞きながら、情報が飛び交うの街を進んでいく。
——だが、配信に夢中になるのは、危険だ。
「うわああああっ!」
気づいた時には、目の前に巨大なデリバリートラックが迫っていた。
反応が遅れた俺は、そのまま突っ込んで――
――どんっ!
………………っ。
「——転生したらどうする!」
無傷だった。
「……そりゃそうだよな、俺たちはただの『データ』だもんな……」
トラックのデータブロックが俺をすり抜け、音もなく去っていく。落としたピザのデータブロックも、すぐに再構築されて元の形に戻った。周囲の住民たちも、この『データの接触』を気にする様子は全くない。まるで何事もなかったかのように、街を行き交っている。
そう、ここは人間の住む現実世界じゃない。
メタバースプラットフォームに存在する、もう一つの世界、人間たちが描いた創造物やデザインが『存在』として生きる、——バーチャルワールドだ。
見渡す街並みは、現実の都市を模して作られ、すべてはデータでできている。
俺もまた、この巨大なデータネットワークの一部にすぎない。
街を歩く住民たちの姿も、浮遊する広告も、すべては人間たちの「注目」で成り立っている。もしも、その注目が逸れたら——忘れられて消える。
それが、この世界のルールだ。
だからこそ、ここに暮らす俺たちは必死だ。
注目を集め続けなければならない。
この存在を証明し続けるために――。
俺は自転車を起こして、ひかりの配信に戻る。
『みんな、今日もコメントありがとね! ひかりも負けないぞ~!』
イヤホン越しのひかりの声が、データでできた俺の存在に、静かに触れてくるような気がした。
それだけで、トラックに轢かれたことなんてどうでもよくなる。
やっぱり、俺の推しは最高だ。
「よし、ここだな」
ピザのデータブロックを手に、配達先の座標を確認する。
今回の配達先は、少し古びた地区にあるデータストレージ街だ。
繁華街の賑やかさから離れた静かなエリアで、道沿いには古い建物が並び、どこかノスタルジックな雰囲気が漂っている。
『それでね、昨日マネちゃんと焼肉へ行ってきたんだ~!』
配信を聴きながら、指定された扉の前で座標を再確認した。
間違いない、ここだ。
俺はインターホンのボタンを押した。
いつもと変わらない日常――そう思っていた。
ピンポーン。
静かな音が周囲に響く。
少し待ってみたが、何の反応もない。
「……留守か?」
そう呟きながら、もう一度インターホンを押そうと手を伸ばした、その時だった。
——ピンポーン。
「……え?」
ひかりの配信から聞こえたインターホンの音。
それが、俺が押したものと全く同じだと気づいた瞬間、データの波が肌を走った。
そんな偶然が、あるのか?
『あ、インターホンだ。みんな、ちょっと待っててね。とってくるから!』
画面越しのひかりがいなくなる、次の瞬間、俺の目の前の扉がゆっくりと開いていく。
そして――灯ノ輪ひかりがそこにいた。
目が合った瞬間、心臓が跳ねた。
配信で見慣れた表情も、輝くオレンジの髪も――どれも画面越しのひかりと同じなのに、まるで夢から飛び出したように現実で、信じられないほど解像度が高くて鮮やかだった。
『——本物だ!』と思わず、気持ちが湧き上がるが、ぐっとこらえた。
俺は今、配達員としてここにいる。
この役割を忘れるわけにはいかない。
心臓が妙に速く鼓動を刻むのを感じながら、平静を装って声をかける。
「は、配達に来ました。ピザのデータ、こちらで間違いないですか?」
「こんにちは! ピザ、ありがとうね!」
ひかりは配信と同じ柔らかな声で話しかけ、手を伸ばしてきた。
「お、お待たせしました……どうぞ」
俺がピザのデータブロックを差し出すと、ひかりの指先がわずかに触れた。
その瞬間――、
ピシッ――!
ノイズが走り、ひかりの姿が光を放って揺らぐ。
次の瞬間、懐かしさがあふれる——いや、まさか、そんなことが……っ!
頭の中が真っ白になり、記憶が一瞬で過去へと引き戻される。
「……え?」
俺が目を見開いた瞬間、そこに立っていたのは、灯ノ輪ひかりではなく、かつての俺の推し――明星あかりだった。
「は……えっ、あ、明星……あかり……?」
透き通るような笑顔、ファンを魅了してやまないあの瞳――そして特徴的な赤色の髪。それは紛れもなく、引退したはずのVtuber・明星あかりの姿だった。
彼女は一瞬、驚いた表情を浮かべてから、慌てて自分の姿を見下ろした。
そして、あかりのアバターが映る自分を確認し、焦ったように眉をひそめる。
「えっ、うそ……? なんで……っ!」
彼女はそう小さく呟き、次の瞬間、再び姿が揺らぐ。
まるでアバターの同期が乱れるようにして、赤髪の明星あかりからオレンジ髪の灯ノ輪ひかりへと戻っていく。
「今の……何だったんだ?」
呆然としながら漏れた俺の言葉に、彼女は答えなかった。
視線は鋭く張り詰め、どこか遠くを見つめているようだった。
「ねえ……、今の……見たよね?」
彼女がポツリとそう呟いた。
その声に含まれた冷たさに、背筋が凍る。
「……知られたら、全部失う……それだけは、絶対に嫌だ……っ」
彼女の手がポケットへと動く。
取り出されたのは、小さなデバイス――それが護身用のバーチャルスタンガンだと気づいた瞬間、全てが繋がった。
彼女の声、仕草、そしてあの澄んだ瞳――。
明星あかりが消えたあの日、俺は、推しを完全に失った。
胸に空いたその穴は、何をしても埋まらないほど深くて、ただ推し活を続けることで、辛うじて自分を保っていた。
でも、今……目の前にいる灯ノ輪ひかり。
その瞬間、俺の頭は真っ白になった。
——彼女の中に、あかりがいる。
明星あかりは新たな存在、——灯ノ輪ひかりとして生まれ変わっていた。
「——転生……したのか……?」
俺が呆然と呟くと、彼女は悲しそうな瞳を向けながら小さく微笑んだ。
「知っちゃたんだ……じゃあ、——敵だね」
推しの冷たい声とともに、閃光が視界を覆う。
次の瞬間、俺の意識は闇に落ちた。
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