第12話 ルイーゼ⑥ 一緒に悪い事しましょう?

 フィル達が囮になってくれてから、ボクたちは死ぬ気で走り続けた。

そして、山賊たちの追っ手を逃れてなんとか森の外まで逃げることが出来た。

 

 本当に、死ぬかと思った……。

 森の外には仮の陣が設営してあったから、ここでならもし山賊たちが追ってきても追い返すくらいなら出来るだろう。


 後はフィル達が来るのを待つだけだ。

 ……来る、よね?


 大丈夫、絶対に大丈夫。

 信じよう。

 フィル達なら必ず帰って来る。

 

「隊長代理! 森の中から誰か来ます」

「人数は!?」


 お願い、フィル達であって……!

 ボクのために誰かを犠牲にするなんて、したくない。

 

「2人です!」

「ほんと!?」


 涙を堪えて森の中を見る。

 ……フィルだ!

 それに、リゼもいる。

 怪我とかもしてなさそう……!


「おお! お前たちも無事だったか」

「フィル! よかった、本当に良かった……!」


 笑顔でボクたちに手を振りながら、フィルが陣に近づいてくる。

 兵士たちが喜びの声をあげながら近づいていく。


 ああ、もう耐えきれない。

 指揮があるから後ろの方にいるけど、今くらい近寄っても良いよね?


「フィル、それにリゼ! 生きてて本当に良かった……!」

「まあ倒したわけじゃないから、もしかしたらまだ追ってきてるかもしれないけどな」

「それでも、本当に良かった……!」


 もう、涙が溢れて止まらない。

 ボクたちを守るために囮になってくれて、しかも生きて帰ってきてくれた。

 こんなのもう……。

 

「大丈夫か?」

「う、うん……。ね、ねえフィル?」

「ん?」

「フィルは、その……伯爵様、なんだよね?」


 そう言うと、フィルが困ったような顔で苦笑いする。

 身分を考えたらこんな風に話すだけで不敬すぎる気もするけど、今はそこまで気にしていられない。


「ああ、まあ……。そうだよ」


 周りの兵士たちがどよめく。

 そりゃそうだ、なんでこんなところに一兵士として参加してるのかわけがわからないもん。


 でも、正直今はそんな事どうでもいい。

 そんなことよりも大事なのは……。


「フィルは、えっと……。もう、結婚はしているの?」


 そう、大事なのはこれだ。

 だってそうでしょ?

 こんな風に救われて、生きて帰って来てくれて……。

 そんなの、好きになっちゃってもしょうがないじゃん!

 ボクは、こんな身分だからお妾さんでもいい。

 だから、なんとしてもフィルと……!


「え? いやしてないよ」

「そ、そっか! す、する予定とか……?」

「無いし、暫くはする気も無いよ」

「……は?」


 そのフィルの言葉に、何故かリゼがとんでもなく低い声を出す。

 ど、どうしたんだろ……。


「ん? リゼ、どうした?」

「……後で、話、ある」

「お、おう」


 ……もしかして、この子も狙ってる?

 だとしたら、こんなに近くにずっといるこの子は最大のライバルなのでは……?


「ま、まあ兎に角! 一度ここから撤退して王都に帰ろう。報告はまあ……俺がいればどうにでもなるよ」

「なる、の?」


 正直、山賊から逃げ帰ってきたボクたちはかなり立場が苦しくなりそうなのは目に見えている。

 騎士になる夢も諦めないといけないかなってちょっと思ってる。


「伯爵の権力なめんなよ!」


 そう言ってフィルがニヤリと笑う。

 ……言ってることは結構ひどいけど、なんだろう。

 そんなところもカッコ良く見えるな。

 もうなんかボク、ダメなのかもしれない。


「さ、帰ろうか。指揮は頼むよ隊長代理」

「え、あ……! は、はい!」

 

 そう言って、ボクは兵士たちを再度整列させてボクの指揮のもと帰路に就くことになった。


 ―

 ――

 ―――

――――


 あの山賊討伐から数年が経った。

 幸い、フィルのおかげであの失敗の責任は追及されなかった。

 山賊の数の報告に虚偽の情報を混ぜた占領された村の領主は国外追放処分になったけど……。

 なんでも、村の青年団が山賊側に着いたのを隠したかったらしい。

 いかにも姑息な貴族って感じ。


 そして、ボクたちは今度は数を揃えて再度山賊討伐に参加した。

 結果は大勝利。

 その功績で、ボクは騎士になれた。


 ……というか、今はもう騎士じゃない。

 運もあったけど、色んな戦場で結果を出せたボクは今や将軍になっていた。


 いやいやいや!

 明らかに大役すぎるよ……!

 なんでこんな事になれたのかボクにもわからないんだけど……。


「閣下、ご来客です」

「え? 誰?」

「クーリッヒ家の使い、とのことですが……」

「い、今すぐいれて!!」


 クーリッヒ家って、フィルの遣いってことでしょ?

 だったらもう、どんな用事でも大歓迎だよ!


 ど、どうしよ。

 フィル本人だったりするかな?

 ああ、久しぶりに会いたいなー。

 

「失礼します」


 ……女性の声だ。

 い、いやわかってたけど!

 遣いって言ってたしね!

 わかってたもん。

 残念なんかじゃないし。

 いいよ、今度会いに行くことにしたし……。


「入って」


 ボクが迎え入れると、部屋に金髪碧眼のとってもかわいい女の子が入って来る。

 歳は、多分同じくらい?


「えっと、君は?」

「ロキシアと申します。フィル様に孤児として育てていただき、今は官僚として王都に勤務しております」

「へー、それはすごいね」


 この国の官僚に民間人、しかも孤児がなるなんてかなり優秀な証拠だ。

 この子もフィルが育てたんだ。

 本当に、上級貴族とは思えない聖人君子だよなぁ。

 ああ、好きだなぁ……。


「あなたも同じだと思いまして、本日はこうしてここに来させていただきました」

「……同じ?」

「ええ、同じようにフィル様を慕い、フィル様のためなら全てを捧げられる人であると。どうですか? 捧げる事はできますか?」


 ロキシアさんは真剣な眼差しでボクの方を見つめている。

 フィルに全てを捧げられる人って……。

 

そんなの、“当然”捧げられるに決まってるじゃないか。

 だって、彼はボクの命の恩人で。

 ボクの、唯一愛する人なんだから。


「当然、なんでもするよ」

「ならば、私と一緒に悪事をしましょう」

「悪事……?」


 そう言って、ロキシアはいくつかの資料をボクに見せて来る。

 それは、あの山賊討伐の時にいた男爵の死体の解剖記録だった。

 記録には、しっかりと“切り口にフィル・クーリッヒの魔力が確認された”と書かれている。


「覚悟はよろしいですね?」


 ボクは、すぐにうなづいた。

 迷いとか、そういったことは何もない。

 “当然”、だよね。


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