オレンジのはんぶん-2
高校の最寄りの駅の、灰色のコンクリートむき出しのそこそこの大きさのホームに黒い影がふたつ。大きいものと、少し小さいもの。
三年間履いてすっかり革靴にも足が慣れて、気にしなくなったのに、私は足元の黒いローファーを見ていた。
それはそういうセンチメンタルな気分だったからで明確な理由とか目的はない。
……随分土埃で霞んでるな。家に帰ったら布で拭いておこう、明日は卒業式だし、一応。
そんな風に家に帰ってからの予定をなんとなく決定しておく。
家に帰ってからすぐやるかどうかはわからないけど、母さんにやれって言われるだろう。
「サクライ?」
静寂のなか突然自分の名前が呼ばれて、肩を震わせる。
声のした方にはオオノ。人のこと言えた身分じゃないんだけど、影薄すぎじゃない?もっと自己主張してこ?そういうの社会に出てからも大事だし、大学でも必須だから。どこいくんだか知らんけど。
「びっくりしたんだけど……え、なんか驚かされてばっかりじゃない、私?」
「ああ、確かに」
「突然苗字なんて呼んでどうしたわけ?」
「体調でも悪いのかなって思ってさ」
はて、と首を傾げる。この行動を取ってから思うのだけど、こんな所作は可愛い子か、可愛い子ぶっている子しかとらないな。とかなんとか。
「なんでまた?私、体調普通だけど?」
「そっか、なら別に」
下を向いてたからてっきり。
と、彼かと言葉が続けれられてようやく成る程、と膝をうつ。こっちのことが視界に入ってないなぁって、諦めることのがオオノに関しては多いのに、ふと外れた時に限ってよく見ているのだ、この男は。こういうところのせいなんだよ、六年間忘れられなかったのは。
でも、好きな奴に心配されて悪い気はしない。それでも気を使われるのも嫌なので視線を前にする。
「成り行きで駅まで一緒に来ちゃったけど、オオノの方は平気?」
「え?いや、特に断る理由はないし目的のとこは同じだし、別に」
そっか。とだけ呟いて横目でオオノを見た。口が勝手に昔ばなしをしたがっていた。せっかくの機会だしと「オオノ」と短く苗字を呼ぶ。
「ん?」と自然にこちらを向いたオオノは首を傾げた。その様子は私と全く同じで思わず笑ってしまった。
笑う私につられて単純なオオノも「突然どうしたの?」って双眼をふっと優しく細める。
そんな私とオオノのだいだい10センチぐらいの隙間を春の、柔らかい南風が走っていった。
風なんて目には映らない。でも、オオノの目には見えているんじゃないかなぁ。
どこか遠くを見ている目をしたオオノが、春に溶かされて消えてしまうんじゃないかって恐ろしくなって、右手を伸ばしかけて。やっぱりやめた。
そして、もう一度大きな風がさっきの風を追いかけるように、私の背中まで下ろした黒い硬い髪を揺らしていく。
あいも変わらずどこか遠くを見たままオオノの左手が、なぜだかこちらに伸びてすぐに引っ込んだのは、どういう意図があったのか、私にはわからない。
ああ、どうして私らはこんなにも似た所作をしてしまうんだろうね。昔っからさ。
ホームに入ってきた電車に私とオオノは乗り込む。見慣れたクリーム色の車体に、今日も電車の側面に茶色と色のラインが引かれた、なんとも言えないデザインのローカル線。結構、私はこのデザインが結構好きなんだけど、うちの父親は変な顔をみせて、母親は気にも留めない。
オオノと、私は向き合うように座席に寄りかかる。ドアの端と端によって正面に立つ。つり革を握って隣に立とうとか、疲れたから座席に座ろうとか、そんな言葉を交わさずにオオノが左に、私は右に別れた。
その様子がおかしくて思わず窓の外の茜色に目を細めつつ「なんだかなぁ」なんて言葉が漏れて、正面から「なにが?」って笑いを含んだ声がするので、そちらを向く。目が合ってまたまた私とオオもは笑い身悶えた。今なら箸が転がっても大笑い出来るわ。
「あ、みてみてオオノ。桜の木もうちょっとで開花しそう!」
「どの辺り?……あっ、ほんとだ。薄いピンクの靄がかかってるみたいだね」
「オオノって桜、よくみてるよね」
オオノが気づく気はしないけど、『オオノって桜の花が好きなの?』っていう問い。なんなんだかわかんないけど、こういう付き合うだの好きだのちょっとでも恋愛方面のことになると、へんな言い回しをしてしまう。
オオノはそんなことに全く持って関心なんてないのはよく分かってるのに。単語だけには意味はない。文脈とか状況とかで理解されるんだから、ただの同級生と対して特別な意味のない会話で、告白されているんだって思うほどに、オオノはナルシストでも恋愛至上主義でもないんだから。
「そんな桜見てる?」
眉間に皺を寄せて考え込むオオノに私は意見をする。今、明るく無邪気に笑おうとすると、空元気なの丸わかりなので淡々と言葉をまとめていく。
「みてるね。だってさ、中1の時に私らが初めて話した時のこと覚えてる?」
オオノは数秒間宙をじっと見つめて記憶をまさぐっていたようだったけど、諦めたのかこちらにゆるゆると首を左右にふった。一般的に考えてこれは否定の意だろう。
私は、珍しくため息も漏らさずに角がまあるく切り取られた縦に長いガラスに手を置いた。特に意味はない。さあ昔話をしよう。
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