シンデレラ・フルムーン

ロックホッパー

第1話

シンデレラ・フルムーン

                    -修.

 「えっ、どういうこと?」

 わたしは必須科目になっているオンライン講義をノートパソコンで見ながら呟いた。わたしは花の女子大学生、とは言ってもあと半年で24歳になる。自宅から通える公立大に入るため一浪し、頑張って入ったのはいいが1年生の時にその反動で遊び過ぎて一留してしまった。このため、今年は絶対卒業するという強い決心の下、取っていない必須科目を地道に履修しているところだ。この講義は、政府が作ったビデオを必須科目として受講しなければならないもののようで、大学側も勝手に見てもらえばいいや、という判断でオンライン受講となっているのだろう。まあ、自分の部屋でトレーナー姿のまま見られるので気楽と言えば気楽だ。


 しかし、見始めてまもなく、わたしはあまりの内容に驚いてしまっていた。画面のチャートでは、25歳までに第一子誕生、30歳までに第二子誕生と表示されている。子供ができるかどうかなんて神のみぞ知る、だろ。わたしは寝起きのボサボサの頭を掻きながら突っ込んだ。

 画面では、偉そうなおじさんが、国力の維持のためには少子化を食い止める必要があり、このため特定の年齢に達する時点で子供を産むことが国民の義務となった、と言っている。

 「あー!」

 そういえば、数年前に出産法がどうのこうのとネットで騒いでいた。当時は遊び呆けていて気にしていなかつたが、こういうことだったのか。いや待て、「25歳までに第一子誕生」って、生まれるまでに十月十日掛かるのに、もうすぐ24歳のわたしにいったいどうしろと言うんだ。わたしは画面を食い入るように見つめた。ビデオは出来がいいようで、おじさんが即座にわたしの疑問に答えてくれた。

 「もちろん、理想的には24歳までに結婚して、第一子を設けて頂くことができればと思います・・・。」

 「こいつ、なんと脳天気なことを!あと半年で結婚しろってか。相手が要るだろ・・・。」

 いや待て。伊達に授業をサボって遊び呆けていた訳では無い。わたしが所属する、お遊び系テニスサークルの朝陽君なら、もしかしたら結婚してくれるだろうか。いやいや、朝陽君は少し仲がいいとは言え、ストレートで入学して留年もしていないので、卒業のときでも22歳だ。年上からいきなり結婚を申し込まれても困るだろう。かといって他にはあてがない・・。マッチングアプリで探すか・・・。


 わたしの考えが伝わったかのように、偉そうなおじさんが続けた。

 「しかし、お相手が見つからない場合もあるでしょう。そういった方のためには人工授精の道も用意しております。こちらをご希望の場合、24歳の誕生日から人工授精を行っていただきます。この場合はシングルマザーとなりますが、この法律の施行に合わせて、託児所、幼稚園、保育所、小中高校を完全無償化していますので養育費は心配無用です。」

 いやいや、相手は?いったい、誰の子を産めというんだ?なんて無責任な・・・。

 「皆様、お相手が誰なのかご心配かと思います。」

 また、わたしの考えを見透かしたかのようにタイミングのいい説明が続いた。

 「人工授精を選ばれる方は、事前に性格、生まれ育った環境、考え方など徹底的に調査を行い、その方に完全にマッチングした男性の精子を提供いたしますので、生まれてくるお子様には満足いただけるものと思います。」

 「満足頂けるって・・・。」


 わたしは説明を聞きながら、だんだんわからなくなってきた。結婚が絶望的となると、人工授精となるのか・・・。1年半後にはわたしは子持ちとなるのか・・・。

 いや待て。わたしは身重で就職活動し、入社した途端産休に入るのか・・・。そんなので雇ってくれる会社があるんだろうか。一浪、一留の上、身重で就活、産休確定・・・。何か絶望的な感じしかしないが・・・。

 またまた説明が続いた。

 「皆様の中には25歳までに出産されるよりも、独り身でキャリアを積んで社会に貢献したいと思われる方もあるでしょう。そのような方には、出産しないという選択肢も用意しております。」

 「これだ!」

 わたしにはこの選択肢しかないのではないだろうか。1年半後に子持ちなんて想像がつかない。

 「もし出産しないという選択をされた場合、国力維持のために大いに働いていただき、税金の形で貢献していただくことになります。」

 画面には、住民税、所得税などの棒グラフに赤い部分が上乗せされ、倍ぐらいの長さになったものが示されていた。要は、税金をいっぱい納めて自分の老後は自分で面倒を見ろということなのだろうか。それはそれで暗い未来しか想像できなかった。馬車馬のように働き、他の人の2倍近い税金を持って行かれ、孤独死の道を辿れということか。


 「うーん、どうしろというんだ・・・。」

 リミットまで半年しかない。わたしはどうすべきか全くわからなかった。しかし、無情にも偉そうなおじさんは最後の疑問には答えてくれることなく講義は終了した。わたしはあまりの衝撃に言葉を失い、茫然としていた。


 そのとき、スマホが鳴った。相手はくだんの朝陽君だ。

 「芽依ちゃん、おはよう。起きてたー。今日は練習来るー?」

 朝陽君の口調は、講義を聞いて茫然となっていたわたしには明るすぎた。

 「あー、まあ起きてたよ。今、オンライン講義聞き終わったところ。ちょっと、沈んでてね。」

 「え、何?卒業が危ないとか・・・。」

 「いや、出産法だっけ、講義聞いたら、考え込んじゃって・・・。」

 「あー、あれね。女の子には重たいかな。そうだ、芽衣ちゃんって、もうすぐ24歳かぁー。きっついね。」


 朝陽君にはお見通しのようだ。彼も今年で卒業なので、この講義は受けているのだろう。この際、結婚を申し込んでみるか・・・。いやいや、撃沈が関の山だろう。

 「芽衣ちゃん、どうするの、って言っても難しいか。いきなり子持ちになるんだからね。」

 「はぁー。」

 わたしは返す言葉もなかった。その通りだ。学生の身には重たすぎる。わたしが黙っていると朝陽君が話を続けてくれた。

 「困ってるなら、相談に乗ろうか。」

 「え、何。朝陽君、何かしてくれるの。」

 「うん、そうだね。僕も22歳になるからね。22歳になったら男は精子の提供義務があるんだよ。講義でも言ってただろ。」

 わたしは女側の義務のことで頭がいっぱいになっていたようだ。人工授精という制度があるなら、男性側に精子の提供義務があるのもおかしくはない。

 「そうなんだー。なんか大変そうだね。」

 「いやいや女性の義務に比べたら軽いもんだろうね。なんかエロビデオ見ながら、抜かないといけないらしい。なんか、むなしいよね。もちろん、拒否する道もあるけど税金が増えるから生活は苦しくなるみたい。」

 男は男で大変なようだ。

 「で、朝陽君はどうするの。」

 「まあ、精子提供の方が簡単なのかーと思ってるんだけどね。」

 「ふーん。」

 確かに子供ができるよりは随分負担が軽そうだ。

 「でもね、結婚しないとやっぱり税金が高くなるんだよ。自分の老後は自分で面倒見ろってことなのかな。」

 朝陽君も同じ結論に達していたようだ。

 「それで、芽依ちゃんに提案なんだけど、僕たち結婚しない?まだ卒業もしていないし、就職も決まってないし、学生結婚になるけど。僕じゃ力不足かな。」

 確かに朝陽君の言う通り、朝陽君がちゃんと就職できるのか、どうなるのかわからない。学生の分際で結婚なんて早すぎるのかも知れない。これは賭けだ。しかし・・・。

 「あー、わたしも朝陽君と結婚できないかなー、と思ってたんだ。」

 「そうなんだ、良かったぁ。実は断られるんじゃないかとドキドキしてたんだ。」


 わたしは朝陽君と結婚し、25歳前に無事第一子を出産することができた。世間の結婚年齢もかなり若年化しているらしい。女はクリスマスケーキと一緒で24歳が花で、25歳からは売れ残ると言われるが、案外、出産法は的を射ているのかもしれないと、わたしは赤ちゃんをあやしながら考え始めていた。


おしまい

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