Ex3 自堕落な天使

 彼が人間の女に見惚れたのは天の気まぐれか、はたまた意図したものか。


 大天使より命を授かった天使は、混沌の兆候が無いか調査するため人間界へと使いに出された。


 翼を消した天使は人で賑わう場所を探すため、とある夜の街を訪れた。ランタンに照らされた一つの看板が彼の目に留まる。

 「ここが酒場とやらか・・・・。ここは夜でも人間が多い。何か情報が手に入るかもしれないな」

 建物の中に入ると人々が飲み食いをして、楽しそうにしているのが目に入る。彼がキョロキョロしていると、一人の若い女性客が話しかけてきた。

 「お兄さん、ここらじゃ見ない顔だね。旅の人?」

 「まぁ、そんなところだ」

 「じゃあ、知り合えた事を祝って一杯おごるよ」

 女性の隣に座ると泡の浮かぶ黄金色の液体が、大きなジョッキに入れられ運ばれてくる。

 「それじゃ乾杯」

 そう言う彼女を真似て、彼は口にそれを流し込んだ。

 「これは旨い!初めて飲んだ」

 「ははっ、冗談でしょ!?どこの酒場にでもあるハニービールだよ?」

 「そうなのか?私のいた世界には無かった」

 「世界?変わった言い方するね。遠方の出なの?」

 「まぁ、そんなところだ。ところでこの辺りは何か異変はないか?」

 「異変?そんなもん無いよ。あ、もしかしてお兄さん冒険者?依頼でも探してる?」

 「そんなところだ」

 「私、薬屋やってるから冒険者組合の知り合い居るよ?明日紹介してあげるね。今日宿は取ってあるの?」

 「いや、野宿するつもりだった」

 「それはあんまりだよ。うちくる?あ、誰かれ構わずこんな事言ってる訳じゃないよ?」

 「いいのか?」

 「これ以上言わせるのは女性に対して失礼ってもんだよ。・・・・わかるでしょ?」


 人間界に来て早々、彼は酒と女を知ってしまった。それからというもの自らの欲望に浸っていると、ある日のこと、仲間の天使が彼の元を訪れる。


 「お前は一体何をしている?報告も滞っているぞ。一度戻れ」

 「人間界の楽しみを知っているか?ここは素晴らしい世界だ」

 「何を言っている。地の底に落ちた奴らではあるまいし、任務を忘れたか?」

 「いや、本当に素晴らしいのだ。神の寵愛の様に人間は優しくしてくれるし、ここの食べ物は旨いし」

 「・・・・。やはり無理にでも連れて帰る。お前は染まりすぎだ」

 「嫌だ、やめろー!」


 彼は天界へと連れ戻された。それにより彼を愛し、彼に愛された幾人かの人間達は残された。そして、そのうちの一人の女性には新たな生命いのちが宿っていた。


 彼が人間界から姿を消してから数ヶ月。生まれたばかりの赤子を抱え、周囲を気にしながら夜道を歩く一人の女性の姿があった。

 彼女はある場所で足を止めると、赤子の顔を複雑そうな表情で見てこんな事を思った。


 ここなら運が良ければこの子を誰かが見つけてくれるかもしれない、仮に死んでしまったとしても騒がれずにそのまま葬ってもらえるかもしれない・・・・。


 大カタコンベ。その入口へと女性は足を踏み入れた。

 一般埋葬区域の奥へ進み、布にくるまれた我が子を硬く冷たい床に置く。そして何度かそちらを振り返りながら女性は足早に去って行った。


 翌日、赤毛の幼い少女が、捨てられた赤子を心配そうな顔で見下ろしていた。彼女は弱った赤子を抱えると、急ぎ両親の元へと駆ける。

 その後、赤子はメリランダと名付けられ、墓守の一族として大事に育てられたのだった。

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