#30
アガーリンとバルザザが剣を抜き合図をすると、騎士達が三人に向かって雪崩れ込む。しかしその軍勢は水面を叩いた波紋が広がるかの如く、ティオの強烈な打撃によって吹き飛んでいく。
その最中、シホはアガーリンに、エルテはバルザザ目掛けて剣を振り上げながら高く跳躍した。頭上から強烈な斬撃を浴びせると、二ヶ所で剣と剣が交わる音が響き渡った。
その衝撃で男たちは竜の背から転げ落ちる。彼らはすぐに態勢を整え、シホ達の追撃をどうにか捌く。
アガーリンとバルザザは完全にシホ達を侮って見ていた。容易く押し負けている。城内に侵入した魔物の単なる討伐どころか、狩られる側である事を認めざるを得なかった。
二人は死力を尽くすがシホ達との能力値の差は誰の目にも明らかだった。アガーリン達の顔から血の気が引いて行く。二人は必死でシホ達から距離を取った。
「大カタコンベで戦ったどのアンデッドよりも強い。これは噂に聞く特異個体とかいうやつなのか・・・・?」
「かもしれん。冥府の大口でも苦労したが、これは別格どころではない・・・・」
怯える二人を見たシホは不敵な笑みを浮かべた。
「まだ剣技しか使ってないんだけど。情けない団長さん達だね」
そこにどこからか偉そうな声が響いた。
「何をしている!たかが魔物に手こずりおって!我が竜共を操る。すぐさまそ奴らを仕留めよ」
アガーリン達は振り返る。
「陛下!お下がりください!奴ら只者ではありません」
「最上位種に匹敵する存在かもしれません。どうかお下がりを」
若き国王はそう言われたが逆に一歩踏み出し、龍王の指環の力を発動さる。
「たった数体の魔物相手に攻め込まれるなど恥だ。引いてなるものか」
取り巻き達を相手していたティオは指環の力の影響を受け、頭痛が走る感覚に襲われたが正気を保っていた。しかし囚われた竜達はシホ達に牙を向き攻撃態勢に入る。
だがその時、国王達は悲鳴に近い声を上げた。
彼らの足元に地中から伸びる無数の死者の手が纏わりついていたのだった。それらを必死に振り解こうとする彼らは、シホが地面に向かって手をかざしている事に気付かない。国王は竜達の制御もままならなくなった。
シホは狼狽える国王達に言い放つ。
「この竜達、解放してもらっていいかな?それと王様にはちょっと私達の話聞いて欲しいんだ。そしたらその死霊達の餌食にするの考えてもいいんだけど」
しかし国王はシホの声に耳を貸さず、アガーリン達に命令する。
「おい!我を掴む腕共をさっさと切り払え!」
「お、お助けしたいのですが、斬っても斬っても湧いてくるのです!」
話を聞く様子が無いのを見てシホは更に力を送ると、見せしめとしてバルザザを地中に引き込む。地面の下へと恐怖に満ちた男の絶叫が消えて行った。
僅かに残っていた部下達とアガーリンはそれを見て戦意を喪失する。彼は必死の形相で剣を振り死者の腕の群衆を切り払うと、国王に背を向け、その場から走り去ろうとする。
「こんな化け物相手やってられるか!」
「何を言っている。早く我を・・・・!」
「ガキのお守りは止めだ。もうお前は私の仕える王ではない!」
その場から駆け出しシホ達の横を通り過ぎるアガーリンだったが、龍の怒りは収まってはいなかった。
情けなく逃げ出す彼をティオは殴り飛ばした。彼の身体は城壁まで飛ばされ激しく打ち付けられる。壁からずるりと落ち、白目をむいて意識を失う。
一人となった若き国王にシホ達は歩み寄った。シホは死者の腕を引っ込めると腰の抜けた国王に剣を向ける。
「ねぇ、さっきの聞こえてた?」
「わ、我が屈するなど・・・・。竜よ!」
再び龍王の指環の力を発動させようとしたその時、指環の着いた国王の指が赤い飛沫を伴い宙を舞う。振り抜かれたエルテの剣が陽の光を反射させるのと同時に、その痛みを自覚した国王から苦痛の声が滝の如く溢れ出す。
彼女の行動にシホが唖然とする中、痛みに悶える国王をエルテは見下ろした。
「あなたは皆から寵愛を受けたのに、竜の威を借りてもこんな事しか出来ない。自分の愚かさを知るといい。それが出来ないなら、ここは死者の軍勢に滅ぼされる」
「ぐっ、指が、指が・・・・!魔物風情が偉そうにするなよ」
「どう呼ぼうと別にいいけど、一応、弟だから命だけは取らないであげる」
「弟・・・・?姉など、私には!・・・・そうか、お前が父上が残した汚らわしい形見か・・・・。何が目的だ?」
「話だけは聞かされていたの?愚かな王、ノルド・ルーベンサリオ。私はルーベンサリオを名乗る気も興味もない。国も大地も衰退させ、顔も罪状も知らず、沢山の人の首を刎ねるそんなあなたにやり直す機会を与える。これからは、欲深い老人たちの操り人形としてでなく、王としての責務を果たしなさい」
シホは国王ノルドに顔を近づけ睨む。
「あなたさっきエルテを汚らわしいとか言わなかった?もう片方の手の指も飛ばそうか?」
大量の嫌な汗が止まらない国王を見下ろすエルテは剣を鞘に納めた。
「もういい、シホ行こう。これで心を入れ替えなければ国が滅ぶだけ。ティオもこれでいい?」
少し離れた所で竜達を撫でるティオはエルテを見て頷く。
「精神支配も解けた。僕たちは山に帰る。早く大地を再生させなきゃならない。シホ、エルテ、あとここには居ないけどメリランダもありがとう」
そう言ってティオは竜の背に飛び乗ると、再びシホ達を見た。
「じゃあ僕たちは行く。シホ、エルテ。もう一個ありがとうがあった。あの時、森で僕を助けようとしてくれてありがとう。それじゃあ」
飛び立って行く竜達に手を振る二人の後ろで、国王はフラフラと立ち上がり屋内へと静かに去って行った。
視界の端でそれを確認した二人は城の外へと歩き出す。エルテを見てシホは微笑んだ。
「さっきはちゃんとお姉ちゃんしてたね」
「指を斬るのが姉のする事なのかは疑問。でも私に出来る事はあれくらい」
「ま、ああでもしないと伝わらないかもね。魔物流の説教って事で。さて、これからどうしよっか?とりあえずミジール村に帰る?エルテのお母さんに無事を知らせてあげないと」
「これを無事と呼ぶのかはわからないけど、私の死の知らせは届いてるだろうから、とりあえず様子は見たい」
城を出て城下街を抜け、街外れまでやって来ると、二人はゾンビ馬を呼び出だした。シホは物欲しそうな顔でエルテを見つめる。
「シホ、どうかした?」
「いや、この道エルテと二人乗りで通るはずだったんだなと思って。あの時みたいに二人乗りしたいなぁって」
「シホはすぐ欲情するからお預け」
「それは仕方ないじゃん!エルテお姉ちゃんのケチ」
「その呼び方禁止。シホは甘えん坊なの?」
「そうかもねー」
渋々一人寂しく別々の馬に乗るシホ。二人は王都を発った。
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