#9

 翌日、メリランダは大き目の荷物を背負ってシホの前に現れた。

 「おはようございます、シホさん」

 「ん、おはよ」

 「一人で地下へ突っ走っていなくて良かったです」

 「どうしたのその荷物?」

 「お父様にお二人の事を話したら、特異個体であるが故に監視を言いつけられました。シホさんがこの大カタコンベに潜るならばついて行かねばなりません。まあ、行ける範囲でいいとの事ですが。エルテさんはまだ塞ぎ込んだままですか?」

 「そうみたい」

 「困りましたね。あいにく私の体は一つしかありません。出来ればお二人には行動を共にしてもらいたいのですが」


 二人はエルテの元へやって来ると、シホは言葉を選ぶように話しかける。

 「おはよう、エルテ。私せっかく魔物になったからここの地下を探索しようと思ってるんだけど、一緒にどうかな?」

 「行って来たら?昨日はメリランダと楽しめた?」

 「いや何もしてないから!」

 淡々とした口調でメリランダが助け舟を出す。

 「シホさんの名誉のために言っておきますが、昨日は何もしてません。私がギリギリで踏みとどまりましたので」


◆え?やっぱり私の貞操の危機だったのッ!?


 メリランダはエルテに話を続ける。

 「エルテさん。シホさんはあなたのために危険を冒すと言っています。あなたの幸せを取り戻すべく、大カタコンベの秘宝を探すと」

 「何言ってるの?頭お花畑の冒険者じゃあるまいし・・・・」

 「ここからは私の都合なのですが、特異個体の魔物であるお二人を監視する事になったので、お二人には一緒に居てもらわないと困るのです。エルテさんはシホさんを死なせてしまった後ろめたさがあるのでしょう?ついて歩くくらいしてもらってもよろしいでしょうか?」

 遠慮なしにものを言うメリランダにシホは少し焦る。

 「ちょっと、メリランダ!エルテの気持ちも考えてあげてよ」

 「何事も言葉にしなければ伝わりませんよ」


 エルテは体を起こすと渋々二人に顔を向ける。

 「付いて行けばいいんでしょ?このままだと静かに永眠出来そうにないから・・・・。もう」

 ようやく顔を見せてくれたエルテにシホの顔がほころぶ。

 「ありがとう、エルテ。私が命に代えて守るから」

 「そういうのいいから、行くなら行こう」

 こうして三人は地下へと降りて行った。



 地下3層目の一番奥へ二人を案内するメリランダ。突き当りにある分厚い大きな扉を開けると、その先へと下っていく。するとすぐに鼻を突く異臭に包まれる中、彼女は二人に説明する。

 「地下4層目から7層目までは“腐肉の園”と呼ばれていて、腐敗が進んだ死体を運び入れて安置する場所です。よく目覚めたばかりのアンデッドが歩き回る区域でもありますね。一応は参拝者の安全のためという事で見つけ次第駆除していますが、そもそも一般の方は気味悪がって中には入ってきません。外の慰霊の塔でお祈りを済ませる方がほとんどですね」


 平然と話すメリランダにシホは感心していた。

 「メリランダはいつから墓守の仕事してるの?こんな場所怖くなかった?」

 「物心ついた時からやってますよ。ですからあまり怖いとかは思いませんでしたね。生きている人間の方が、怖いです・・・・」

 「生きている人間が怖い?」

 何事も淡々と語るメリランダだと思っていたが、その質問に彼女は口ごもる。そんな彼女に代わり、黙って後を歩いていたエルテが話し出した。

 「シホは遠方の出だから分からないかもだけど、墓守の一族は王家直轄で仕事をこなすそれなりに位を保証された一族。にも拘らずその仕事柄、一般国民には一族を忌み嫌う人が多い。後は想像つくでしょ?」

 「そうなんだ、それでも続けてるって偉いね。村の古いしきたりや習慣が嫌なくらいで文句ばかり言ってた私は何だか情けないよ」


 メリランダは普通の表情に戻るとシホの話を掘り下げる。

 「そう言えば無垢なる魂がどうとか言ってましたね」

 「儀式のお役目に選ばれちゃってさ、この集魂の器に無垢なる魂を100個集めて持ち帰らないといけないんだよ」

 「かなり稀ですけど、ここの弱いアンデッドもそれ落としますよ。もし集まったらここを出られないシホさんに代わり、その小瓶を村に送るよう手配しましょうか?」

 「ありがたいけど儀式なんて迷信か何かだと思うから、私が帰らなくても問題ないと思う」

 「そうですか。ほら、噂をすれば何とやらです。いましたよ、アンデッドが。シホさん、初討伐いかがですか?」

 「え、魔法とか使えないし、それに武器も無いし」

 「腐敗が進んだ相手です。武器はそのピチピチの若い肉体ですよ」

 「メリランダの目がなんかいやらしいけど・・・・。まぁ、とりあえずやってみるよ」


 シホは助走をつけ元魔術師だったであろう姿の歩く屍を思いきり殴った。腐った組織が崩れ、胴をシホの腕が貫いた。


◆うげぇ、気持ち悪い。でもこれもエルテのため・・・・!


 シホが腕を引き抜くとアンデッドは膝から崩れ落ちた。そして細かい粒子になるとシホの体へと吸収される様に消えて行った。それを見守っていたメリランダは驚く。


 「シホさん、何しました?聖属性魔法で浄化した訳でも無いのに死体が消えましたが・・・・。それに何か取り込んだ様にも・・・・」

 「え?何もしてないよ。そういうものなんじゃないの?」

 「ちょっとよろしいですか?開示せよ、天命の才」


 シホの能力値が文字になって飛び出す。


 個体識別   :シホ

 種別     :不死系・ゾンビ

 レベル    :1

 能力値    :体力1・力1・魔力6

 耐性・弱点  :聖100・闇100・弱点 火

 スキル    :火球・氷結針

 固有アビリティ:死者継承


 「あれれ?レベルは変わってないのに能力値やスキルが増えてます。死者継承ってもしかすると・・・・。シホさん、そこに眠る剣士の死体に触れてもらっていいですか?」

 「え、触るの?」


 少し嫌そうにシホが蛆が這う死体に触れると、さっきと同様に死体が消え去った。後ろで見ていたメリランダが嬉しそうに報告する。

 「シホさんのスキルに三段斬りが追加されましたよ⁉体力と力も増えてます!やっぱりそうです。この死者継承というアビリティ、死という概念が備わっているものならレベルと耐性以外は生前の能力を引き継ぐ能力なんですよ」

 「つまり楽して強くなれるって事?」

 「そうです。無暗に戦闘せずとも亡骸に触れていくだけで強くなれるはずです。あ、その錆びた剣は拝借していきましょう」

 シホは剣を装備するとそれを振ってみる。剣の経験は無かったが、自然と様になるのを感じると鞘に納める。

 「待っててエルテ。必ず秘宝を見つけてエルテを幸せにするんだから」

 そんなシホとは裏腹にエルテは眠そうな目でシホを見る。

 「別に頼んでない。勝手にして」

 そっけない態度にしゅんとへこむシホ。気を取り直すと三人は更に地下へと進んで行く。

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