#5

 王都へ向かっていたシホ達の視界の端に、大きな黒い影が森に落ちていくのが見えた。エルテに止まってと言われ、馬を止めるシホ。エルテは森の方を見たまま、

 「今の黒龍様じゃ・・・・。様子が変だった。シホ、森に向かってもらってもいいかな?」

 エルテの申し出を承諾し、森へと進行方向を変えたシホは馬を走らせながら尋ねる。

 「黒龍様って、大陸中央の国々で崇められてる上位種のドラゴンだよね?」

 「うん、でも新王は、その信仰も蔑ろにして、最近じゃ、竜の巣からドラゴンを生け捕りにしたりしてる」

 「待って、人間がドラゴンを捕らえるなんて、どうやったら・・・・」

 「それだけじゃない。そのドラゴン達を使役して、竜騎兵団なんてものも設立してるの」

 「生け捕りだけじゃなく、使役ってほんと!?」

 「二年くらい前に、ある冒険者が、大カタコンベの奥から珍しいアイテムを持ち帰ったの・・・・」


◆エルテが言うにはこうだ。大カタコンベには、大地を創造したと言われる、創生龍の亡骸が眠ると噂される未踏査区域がある。そこから、とある凄腕の冒険者が、創生龍の骨なるアイテムを持ち帰り、大騒ぎとなった。

 王家にそのアイテムは献上され、それから作り出された龍王の指環は、龍族を操る力を持つと言われている。龍族は普段、人間を襲う事はないものの、一度怒らせれば、その強大な力で相対する者を打ち払う。そのため、先代のノマーク王は使うのをためらったらしい。

 しかし、先代王が亡くなると、新王である若き王ノルドは、その指環を使い、新たな軍事力とした。

 挙句、信仰の対象であった黒龍ミスティルティオをも封印し、我こそが龍王だと声を上げ、ミスティルティオを崇拝していた人たちの反感も押さえ込む様な、強権的な政治をしていると言う。


 木々の間を縫うように進んでいると、その深い森の奥に横たわる、巨大な漆黒の塊が弱々しく息をしているのが見えた。

 馬を降り、それに駆け寄るエルテを少し心配そうにシホは追随する。黒龍の傷を見るなり、思わずエルテは声を上げた。

 「大変、手当しないと!シホ、薬草探せる?」

 「わかった!待ってて」

 シホが走り出そうとすると、黒龍がそれを呼び止める。

 「止メテオケ、人間ノ娘ヨ。異能ノ武器ニヨリ傷ツケラレタ。塞ガリハシナイ」


 エルテは服の裾を破くと、黒龍の傷にそれを当てる。

 「せめて血を止めないと。シホ、何でもいいから傷を塞げそうな物を」

 シホは荷物から衣類を取り出すと、二人で黒龍の傷にそれを押し当てた。だが、すぐにそれらは真っ赤に染まる。両手を血に染め、必死に目の前の命を救おうとする二人。

 黒龍はエルテを見ながら、先ほどより弱った声で話しかける。

 「アノ男ト同ジ匂イガスル。王家ノ者カ?」

 エルテの表情が曇る。

 「私は・・・・、私は、どうでもいい望まれない存在」

 「ソウカ・・・・。皮肉ナモノダ、死ノ間際ニ、オ前ノ様ナ娘ニ情ケヲカケラレルトハ」

 シホがそのやり取りをあまり理解出来ずに黙って見ていると、大勢の足音が近づいてきた。


 鎧を身に纏った兵士達の姿が見え、黒龍発見を知らせる怒号が響き渡る。ぞろぞろと集まって来た兵士達が、道を開けると、そこから竜に乗った騎士が現れる。

 「まだ息があったか。おい、そこの娘共!その龍から離れるのだ!」

 困惑する二人はそうは言われたが、溢れ出る血液を手で感じていた為、簡単に手放す事は出来なかった。するとエルテが、先ほどまでの表情を一変させ憤る。

 「名声に憑りつかれた愚か者め!王家も、それに従うだけの犬共も大嫌い!!」

 騎士は竜から降りると部下に指示を出す。

 「あの娘を捕らえよ。立派な反逆罪だ。もう一人も邪魔をするようなら同じだ」


 近寄って来た兵士が手荒にエルテを掴むと、地面に出来た血溜まりへと押し倒し、拘束しようとする。それを見たシホは声を荒らげた。

 「エルテ!!エルテを放して!そこまでする必要ないでしょ!!」

 エルテを助けようと手を伸ばすと、シホも同様に、他の兵士に押し倒された。倒れる二人をよそに、騎士は剣を抜き黒龍の傷口へと向ける。

 その時、黒龍の瞳が紫色の光を帯びたかと思うと、剣を構える騎士と、シホ達を拘束する兵士の胸の前に小さな魔法陣が浮かび上がる。兵士達は狼狽え、二人から手を離した瞬間、崩れ落ち絶命した。騎士も苦し気な声を上げると、その場に膝をついた。


 後ろで待機していた兵士達は恐怖する。

 「そ、即死魔法だぁー!」

 次々と兵士達の胸の前に魔法陣が浮かび上がり、彼らは散り散りに逃げ惑った。端から一人ずつバタバタと倒れて行く。


 全滅かに思えたその時、膝をついていた騎士の剣が、黒龍の傷口に滑り込んでいた。

 「死霊の即死魔法でさえ弾いた、この鎧を貫通するとは、中々危なかったぞ・・・・」

 騎士は息を整え立ち上がると、黒龍が死んだのを確認する。そして、血溜まりの上で身を寄せ合い、畏縮するシホ達を見て憤慨した。

 「お前達が余計な事をしたせいで、部下に犠牲が出たではないか!生き残っている者はこの娘共を連れて行け!」

 黒龍の血で染まった二人を、兵士達が拘束する。


 その時、シホの首に下がる、集魂の器に人知れず黒龍の魂が入ったのだった。

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