第一章 フラれる彼女と未だ見ぬ彼女

#1

 簡素な住居が立ち並ぶ、辺鄙へんぴな村の一軒家から、夕暮れ時の親子の会話が漏れ聞こえてくる。


 家の中、囲炉裏の火を目の前に、あぐらをかく十代半ばを過ぎた少女は、短く切られたサラサラとした黒髪が生える頭を、面倒くさそうに掻きながら不満を漏らしていた。

 「なんでまたカトマ婆の同じ話、聞かなきゃいけないのかな。毎日のように耳に入って来るから、特別感ないんだよなー」

 彼女の向かいで、黙って座る父親の隣に母親は膝をつき、運んできた鍋と串に刺さった魚を、火にかけながら少し不機嫌そうに、

 「そういう問題じゃないの。十年に一度の大事な儀式なんだから、明日は真面目に村長の話は聞きなさいよ?」

 「可愛い娘が選ばれませんようにの、一言ぐらいあってもいいじゃん。お向かいのお兄さんは、前回のお役目に選ばれて、大怪我して帰ってきたんでしょ?習わしだー、伝統だーって、なんでそんなに大事かね」

 「この村はそうやって昔から上手い事やってきたの」

 「はぁ・・・・。そう言えば、お父さんは今日どこ行ってたの?」


 先ほどから黙っていた父親は、組んだ腕を解くと、両手を膝の上に乗せ、改まった表情で口を開く。

 「隣村だ。お前の見合いの話をしてきた。行商をやってる、割と裕福な家の息子だ」

 沸き始めた鍋の湯気を裂くように、彼女は前のめりに父親に詰め寄った。

 「はあ!?嫌だよ!結婚なんて!なんで何も言わず決めるのさ!それに私は・・・・」

 肩を落としながら、元の位置へと座り直すと語気を弱めた。

 「なんでもない・・・・。これも伝統だって言うんでしょ?なんでだよ」


 ぼそぼそと小言の様に話す娘の態度を見て、母親は先ほどより不機嫌さを表に出すのだった。

 「あなたは事ある毎に、なんでなんでって!もうすぐ成人になるんだし、少しは落ちついたらどうなの!」

 少女は黙って奥歯を噛みしめた。重苦しい雰囲気の中、家族は夕餉を済ませると夜は更けていった。



 翌日、村の若人達が広場に集まるその中に、昨日の気分を引きずったままの少女の姿もあった。

 村の長である、老女カトマが広場にやって来ると、儀式についての話を始める。だが、興味のない少女の耳には、あまり内容は入って来ない。


 カトマの話が終わると、皆が彼女の前に列を作り、差し出される木の筒の中から、クジを一人一人引いていく。

 少女の番。どよめく声と共に、皆の視線が自分に集まっている事に気づく。彼女のその手には、先端が赤く染められた木の棒が握られていた。

 目の前でクジの入った筒を持ったカトマが、辺りに声を響き渡らせる。


 「封印の儀のお役目!このシホに託された!」


 手から零れ落ちた木のクジが、地面でカランと乾いた音を立てると、シホは必死の形相でカトマの肩を掴み、詰め寄った。

 「え?え?嘘だよね?カトマ婆!?私にお役目なんて務まらないよ!」

 「儀式本番まで、まだ時間はたっぷりある。お前に何かあれば、最悪、代わりを務める者を選ぶだけじゃ」

 「ちょ・・・・、そういう問題じゃ」

 「なぁに、今回は冒険者を雇う金も、順調に集まった事じゃ。手慣れの者を雇えれば、万事順調にいくじゃろうて。さあ、出立の準備に取り掛かれ」

 カトマの肩から手を離すと、天を仰ぎ見た。シホの目に映る空は、いつもよりも色味が無いのだった。



◆私の住むトトマヤ村は、世界の中央、ルーベファンスと呼ばれる大陸の、東の端に位置する。

 村には言い伝えがあり、遥か昔、この世界にいたという邪神を、神様が遣わした大天使が、そいつの体を六つに裂き、各大陸に封印したという。その内の一つの、封印の祠があるのが、うちの村だと言われている。

 で、十年に一度、無垢なる魂と呼ばれるアイテムを百個集めて、祠の結界に捧げる儀式を代々続けてきたみたい。でも、その無垢なる魂の入手場所が問題で・・・・。

 ルーベファンス大陸は、幾つかの国から成るのだけれど。大陸中央にあるノドガロス王国有する、地下深くに伸びるダンジョン、大カタコンベでしか入手出来ない。

 大カタコンベの表層は、死者の埋葬の地として使われ、近隣諸国からも亡くなった人を受け入れ、死者の都としても名を馳せている。けれど、ここの地下深くは、不死系や不浄系の魔物が蠢く魔窟。その危険度から、未踏査区域が多く、冒険者の間でも数々の噂が絶えない。

 遠方のそんな恐ろしい場所に行くのにも関わらず、私に渡されたのは、旅の資金と、無垢なる魂を集める為の、村に伝わる小瓶の様な見た目をした魔道具、集魂しゅうこんの器だけ。

 みんな伝統や風習が大事だって口では言っているけど、内心はお役目に選ばれず、ほっとしているのだろうな。

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