入学式1

 中学校の卒業証書は保健室で学年主任の先生から受け取った。

 すまなかったと謝られたけどその謝罪は回帰前にするべきだったなと思っただけだった。


 鬼頭アカデミーには家から通えない。

 だから寮に入ることになった。


 テッサイにも挨拶をした。

 まだまだ神切は渡せないななんてテッサイは言っていたけれど覚醒者として活躍するつもりならと小刀をくれた。


 いつものランニングコースの人たちにも軽く挨拶をしたりして過ごしていると家を離れる時が来た。

 行っちゃうのね、と寂しそうに笑うゆかりを抱きしめて愛している、と伝えるとゆかりは思わず涙を流していた。


 節度を守ればアカデミー内部でもスマホなどの使用は許されている。

 電話するよと言って、今度帰ってきた時にはみんなを守れる力をつけてくるよと誓って、そしてトモナリは家を出た。


 ヒカリもしっかりとトモナリは任せろ! なんて言っていた。


「寂しいか?」


「意外と寂しく思うもんだな」


 回帰前なら母親であるゆかりとの別れが少し寂しいぐらいだったろう。

 しかし今回は回帰前に比べて関わった人も多くなっている。


 誰かと別れることにもはや感情など動かないと思っていたのにこんなに寂しさを覚えるものかとトモナリ自身も驚いた。


「撫でるといいぞ」


 そんなトモナリの心情を察してヒカリがリュックの中から手を飛ばして、トモナリの手を取ってリュックの中に引き込む。

 そしてトモナリの手を自分の頭に乗せるとグリグリと擦り付ける。


「ふふ、そうだな、お前がいてくれるもんな」


 側から見るとリュックの中をまさぐっている変な人に見えるかもしれない。

 けれど他人の目など気にしない。


 トモナリに撫でられてヒカリは嬉しそうに目を細めている。

 まだ時代は平和といってもいい。


 これからまた出会いがあるかもしれないし、今のうちに近づいておきたい人もいる。

 そう考えると少しはワクワクしてくる。


「窮屈だろうがもう少し我慢してくれよ」


「分かった!」


 アカデミーではヒカリの存在を公にするつもりだが流石に外ではまだヒカリは出しておけない。


「少し腹も減ったな。アカデミーに行く前に何か食べていくか」


「賛成!」


 ーーーーー


「一人でハンバーガー五人前食うやつだと思われてんのかな……」


 ヒカリを出すわけにはいかないのでテイクアウトして漫画喫茶の個室でサラッと食べた。

 ただヒカリがあれもこれもと要求するのでトモナリは一人で五人前のハンバーガーを買うことになった。


 テイクアウトしたし家かどこかでみんなで食べるんだろうと思われているだろうと思いつつも五人前一人で食べるやつだと思われてるかもな、なんてちょっとだけ思った。


「ケプ……」


 トモナリが1.5人前、ヒカリが3.5人前を食べた。

 満足したようでリュックの中でヒカリはひっくり返って寝ている。


 いい御身分である。


 入学式の前日、寮に入る学生たちがアカデミーに集まっていた。

 アカデミーが郊外にあるので直接通うという人の方が少ないことと覚醒者を集めるために全国から人が来ているために入寮する学生の数の方が圧倒的に多い。


 トモナリは昼過ぎにアカデミーに到着したのだけれどアカデミーの入り口は新入生でごった返していた。

 学生が寮を案内しているみたいだけど新入生も多くて対応しきれていないようだった。


 昼は食べたし焦ることはない。

 人混みに巻き込まれるのも嫌なので落ち着くタイミングでも待とうと少し遠巻きに案内されていく新入生たちを眺めていた。


「愛染寅成さんですね?」


「あなたは?」


 晴れの日で気分がいいなと空を眺めているとトモナリにスーツの女性が声をかけてきた。

 メガネのクール美人で年齢不詳な感じがある。


「私は黒崎美久(クロサキミク)と申します。鬼頭学長の秘書を務めています」


「学長の?」


「あなたのことを見つけたら案内するよう言われております」


「そうなんですか」


「寮まで案内いたします」


 ミクに案内されてついていく。

 在校生ももうすでにいるようでアカデミーの中では制服に身を包んだ生徒が歩いている様子が見られた。


 知っている顔はないかと見てみるけれど今のところ知り合いはいない。


「こちらがアイゼンさんの寮となります」


「あれ、ここって……」


 入学テストの時も寮に泊まった。

 その時の寮は大きなマンションのようなもので、場所もちゃんと覚えている。


 今回連れてこられたのはその時の寮の建物とは違う。

 近くにその時の寮もあるけれどミクに寮だと言われて案内された建物は前に泊まった寮よりもやや小さめだがドアの間隔を見ると部屋は広めのようである。


「特進クラス専用の寮となっています。こちらは一般的な寮よりも広めで男女分かれておりません。女性に手を出さないよう気をつけてください」


 それは本気か、冗談か。

 ミクの顔を見ても今の発言がどちらか分からない。


「こちらが鍵です。一階端にある1号室がアイゼンさんのお部屋です。明日が入学式、その後にオリエンテーションなどありますので今日は準備を整えてごゆっくりお休みください」


「色々ありがとうございます」


「部屋の中にある机の上に今後の予定などありますのでご確認ください。後で学長がアイゼンさんを呼ばれることもあるかもしれません。それでは失礼します」


「……仕事できそうな人だな」


 ペコリと頭を下げるとミクはさっさと行ってしまった。

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