ヒカリが生まれた2
朝見た時に卵の大きさはいいとこ拳程度だった。
それなのに今はトモナリの頭よりも大きくなっている。
もはや見間違いなどと自分を誤魔化すこともできないぐらいのサイズである。
「重いな……」
トモナリが卵を持ち上げてみるとずっしりとした重さがある。
ハリボテの卵ではなく中身がある卵だ。
卵を耳に当てて目を閉じる。
卵の中の音に意識を集中させる。
「生きてるのか」
トントンと卵の中から一定のリズムを刻んでいるのが聞こえてくる。
何かの生き物が中にいて鼓動している。
卵から顔を離して改めて考えてみる。
こんな卵を拾ってきたことがあっただろうかと。
だが改めて考えてみても卵を拾ってきたなんて記憶はない。
こんなふうにデカくなる卵ならば絶対に記憶に残っていてもおかしくない。
なのに全く記憶にないというのがまた恐怖すら覚える。
だが一つだけ心当たりはある。
「……魔獣の卵か?」
不思議な速度で大きくなる卵としてモンスターの卵というものがこれから先の時代に現れる。
そのせいで色々な問題が起こるのだがそれはまた別の話である。
「……まあいい」
思い当たる節もないのに記憶を探っても時間の無駄になるだけ。
トモナリは卵をベッドの上に戻すと机に向かった。
ボールペンを片手にノートを広げる。
少し考えを整理しようと思った。
1日経ったけど夢から覚める様子もない。
夢だと痛みを感じない。
だから自分の体をつねって夢かどうか確かめるなんてことがある。
しかしカイトに殴られた時しっかり顔は痛かったし母親であるゆかりが悲しんだ時は胸が痛かった。
じゃあどうしてこんなことになっているのか。
「あれの方が夢だってのか?」
一度歩んできた人生の方が夢だったのかと考えてみる。
戦って戦って、そして結局敗北して死んだ辛い記憶は鮮明に覚えている。
夢とはとても思えない記憶がトモナリの中にはあるのだ。
「ん?」
ゴロンと音がしてトモナリは振り返った。
卵が床に落ちて転がっていた。
置き方が悪かったのかなとベッドの奥に置いて今度は落ちないようにしておく。
「今の状況も夢じゃなく、記憶も夢じゃないとしたら……回帰、やり直しとかそんなものなのか?」
トモナリはやり直しや回帰などの言葉を一応知っている前までいた友人がそうした小説が好きで話してくれたことがあったからだ。
ただ細かくは知らない。
危機的な状況から急に時間がさかのぼるような現象が起きて、人生をまたやり直すことがあるみたいな内容だったとおぼろげだ。
「俺が回帰した? なんでだ?」
仮に回帰というものが己の身に起きたのだとトモナリは仮定してみた。
そうすると一定程度の説明は成り立つ。
死にかけの危機的状況から人生が巻き戻ってきた。
だから一度駆け抜けた人生の記憶があるというところまでは説明がつけられる。
だがそれにしても分からないことは多い。
どうして回帰が起きたのか、なぜトモナリが回帰したのかなど全く記憶になくて説明がつけられない。
「ただ回帰したのなら……」
思考を書き出していた手が止まる。
もし仮に回帰したとするならばこれから先にまた激しい戦いが始まる。
だが回帰したとしても1回目と違うことが一つある。
「俺は色々知っている……」
回帰したならこれから先に同じようなこと起こるはず。
トモナリは起こることのいくつかを知っている。
不要な争い、失われた命、起こすべきではなかった災禍など正すことができるなら正したい出来事は多い。
「もしかしたら世界を救うことができるのか?」
全てを正すことなど到底できやしない。
しかし可能な限り正しい方に導いていけば世界を救うこともできるかもしれない。
手が震えてきた。
興奮、あるいは希望、あるいはそんなことが自分にできるのかという不安。
「俺にできるのか……?」
震える手を握って額に当てる。
記憶はある。
しかし死ぬ瞬間までトモナリは他の人に比べて劣等的だった。
記憶があったとしても本当に世界を救えるのかという不安が胸の中で大きくなり続ける。
「……なんだ?」
再び重たいものが落ちる音がした。
卵が床を転がっている。
「どうして?」
ベッドの奥の方に置いて転がり落ちないようにしていた。
なのに床に卵が転がっていることにトモナリは眉をひそめる。
「まあいいや」
転がってきてしまうのなら床に放置しておく。
今は状況を考えるのにいっぱいいっぱいである。
再び机に向かってボールペンでノートに書き込みを始める。
世界を救えるかは分からない。
しかしできることはあるはず。
回帰したとしたら経験した出来事は起こるはずなので記憶が薄れないうちにできるだけ書き留めておこうとする。
しっかり考えるのは後にして思い出せる限り出来事を書き連ねていく。
「あれ?」
ノートに出来事を書いていると足に何かが当たった。
「卵?」
足元に卵があった。
振り返ってみるとベッド横にあったはずの卵がなくなっている。
思わず足元とベッド横を交互に見てしまう。
転がってきたのだろうが、どうやって転がってきたのかトモナリには理解できない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます