意図的にラッキースケベを狙ってたら、標的が自ら求めてくるようになりました。……すみません。責任を取るつもりはありません

せにな

第1話 プロローグ

「――キャッ!」


 不意に聞こえてくるのは半無意識的に口から飛び出したであろう少女の小さな悲鳴。


 階段でバランスを崩した少女がこちらに向かって倒れてくる。

 そんな少女を支えようと右手を伸ばした俺は――力負けしてバタンッと覆いかぶされるように倒れてしまった。


「――ヒャッ!」


 俺の耳を刺激するのは半無意識的に口から飛び出したであろう少女の小さな悲鳴。

 そして右手の中に感じるのは……まぁ、そこそこなお胸。


 場所は中学校の階段下。

 アニメ。漫画。小説でよく見るお馴染みの場所で、俺はとある少女の別に大きくない胸に指を沈めていた。


 ……ここまで言えば、今、俺がどんな状況に陥っているか分かるだろう。


(そう!俺は今、ラッキースケベを食らっているのだ!)


 ――ラッキースケベ。意図しないうちに女性のあんなところやこんなところを触ったり見てしまったりしてしまうこと。

 そんなラッキースケベが今、ここに存在する。


 ……が、これはただのラッキースケベではない。

 どういうことかって?


(それは!俺がこの指を意図して沈めてるということだ!)


 俺はふと、アニメや漫画。小説を読んでいる時思ったんだ。

『これ、意図してできるくね?』と。


 最初は失敗続きだったラッキースケベも、今では必然に起こせてしまうほどの成功率。


 ん?なになに?それはラッキースケベじゃなくてただのスケベだって?

 フン!バレなきゃあくまでも『ラッキー』なんだよ!


「ご、ごめん!」


 わざとらしく紡ぐ俺は慌てて右手を引っこ抜こうと腕に力を入れ、


「待って!今動かしたら――ヒャッ!」


 俺の耳を刺激するのは半無意識的に口から飛び出したであろう少女の小さな悲鳴。

 そして、俺の右手に感じるのは……まぁ、柔らかい部類に入るであろう丸みを帯びた人肌。


「あ、ご、ごめっ!」


(ここでもうひと揉み)


「――っ!」


 俺の耳を刺激するのは声になっていない少女の小さな悲鳴。


「ま、待って……!私が動くから崎守さきもりくんは動かないで……!」

「わ、分かった!」


 そう言葉を紡ぎながら最後にひと揉み。

 さすれば「んっ……」と堪えるような声が耳を刺激する。


 そうして、俺を覆っていた温かな人肌は離れていってしまった。


「そ、その……。め、迷惑ばっかりかけちゃってごめんなさい……」

「全然大丈夫!」


 腰をかがめ、未だに倒れている俺に手を差し伸べてくれるのは辻野つじの真穂まほ


 けれど、辻野は知らないだろう。

 なぜ俺がすぐに立たなかったのか。どうして今もなおこの手を取らないのか。


 ここは中学校。

 男子はズボンを履き、女子がスカートを履くのは周知の事実であり、漫画やアニメでもよく見る姿。


 ここまで言えば俺がなにをが分かるだろう。


 ……そう、俺が今眺めている――いや、拝んでいるのは、隠そうともしないスカートから顔を覗かせる天色に輝くの下着だ。


 多分、この光景は世界三景に選ばれるほどの絶景だと思う。

 T字の輪郭を描くその下着から伸びるのはムッチリとした太もも。


 腰をかがめて脹脛に肉厚が押されているからだろう。通常の倍ムッチリとしたその胸よりも柔らかいことが確定している太ももは今、俺の目の前にある。

 そして横目に辻野の顔を見てみれば、懐疑的な表情を浮かべている。


 この状況を見れば自ずと分かるだろう。こいつが生粋の天然のピュアピュア女だということが。


 俺が未だに立ち上がらなくても、懐疑的な表情の端には心配な眼差しがある。

 あたかも自分がコケたのが悪いと言わんばかりに浮かべるその眼差しはパチっと俺と目が合うや否や、へにゃ〜っと不慣れなほほ笑みへと変貌を遂げた。


 最後にもう一度だけ天色の下着を目に焼き付けた俺は、差し出されている手を握る。


「ありがとう辻野さん」

「ううん。こちらこそ私を庇ってくれてありがとう。……それも毎日。…………いえ、ほぼ毎時間……」


 どうやら生粋の天然ピュアピュア女は毎時間コケるらしい。

 まぁそのことを知ってるから意図的にラッキースケベができるんだがな!


 ガハハ!と心のなかで高笑いを披露する俺は辻野さんの手を離し、パッパッとホコリが付いてるのかついてないのかもわからないお尻を叩きながら言葉を返す。


「全然気にしなくて大丈夫だよ。女の子を助けるのが男子の役目だしね!」


 心のなかに持つ本願を隠すように腰に手を当てた俺はニカッと笑って見せる。

 さすれば辻野さんはホッと胸を撫で下ろし――刹那に赤らめた顔を俺から逸らした。


「で、でも……。その、む、胸をさ、触ったことは忘れて……ほしいな……?」


 チラッチラッとメガネの間から瞳を向けてくる辻野さんは自分の体を腕で覆うようにだき抱えている。


「も、もちろん故意じゃないことは分かってるよ!?け、けど……その、は、恥ずかしいから……」


 言葉を付け加えてくれることから察するに、辻野さんは相当優しい。

 多分顔も良くて胸も大きくてコミュ力もあったら相当モテていたはずだ。


 けれど、辻野さんは根暗陰キャの黒髪メガネ。

 コミュ力もなければ胸もなく、顔は中の中。

 幸いなことに体型は良いから、そこを魅せていったらモテるはずだ。……多分。


「毎回言ってるけど、もちろん忘れるから安心して!」


 辻野さんを安心させるようにグウッと親指を立てる俺はいつもと似たような言葉を返す。


「よかった……。やっぱり崎守くんは優しいね。こんな私なんかに明るく話しかけてくれるなんて……」

「優しいかな?」

「うん、すっごく優しい」

「それなら嬉しいなぁ。ありがと」


 守るように体に巻き付いていた辻野さんの腕は解かれ、赤かった顔は元の肌色へと戻っていく。

 そうして俺の瞳を捉え、自然にほほ笑んだ。


「いえいえっ」


 別に顔は中の中。

 良くも悪くもないその顔は……まぁ、こんな風に自然に笑えば可愛い部類に入るのだろう。


 いたたまれない感情に襲われながらも、弾けるような言葉を呟いた辻野さんの瞳を見続ける。


「それよりも辻野さん。次は移動教室だけど大丈夫?」

「あっ!そうだった……!というか崎守くんも……!」


 なんてことを紡ぎながら走り出そうとする辻野さん。

 だが、その足も校内に響き渡る鐘の音によって止めざるを得なかった。


「――っ!」


 そうして耳に届くのは声にもならない少女の声。視界に入るのは崩れる少女の顔パーツ。


 この世の終わりだと言わんばかりに崩れたその表情は、錆びた歯車のようにやおらにこちらを見据え、今にも泣き出しそうでいた。


「崎守くん……。ごめん……私のせいで遅刻させちゃって……」

「全然大丈夫だから!だからそんな顔しないで!?」

「うぅ……」


 グスッと若干浮き出る涙を我慢する辻野さん。

 そんな辻野さんの隣についた俺は安心させるようにはにかみ、


「けど、ちょっと急ぎ目で行こっか?」

「……うん」


 うるうると潤わせる瞳をこちらに向ける辻野さんはコクッと小さく頷く。


 ……正直言おう。

 ラッキースケベがなかったら、俺はこいつと関わることはなかったし、話すこともなかっただろう。


 なんなら今、関わって損と思ってるほどだ。

 泣き出しそうな女子をあやすのは見当違いがすぎる。


 心のなかで不満を漏らす俺は静まり返った廊下に一歩を踏み出す。

 そんな俺についてくるように辻野さんも右足を踏み出し――


「――キャッ!」


(なんで俺の左足に引っ掛かるんだよ!)


 多分、無意識的に口から溢れたであろう少女の小さな悲鳴。

 危うく俺までもが倒れてしまいそうになる辻野さんのコケ方に、俺は慌てて手を添えた。

 もちろんこの胸に。


 さすれば今まで感じていた嫌気はどこへ行ったのやら。

 ラッキーを味わえた高揚感から、辻野さんへ向けていためんどくささなど忘れ――


 ――ひと揉み


「――ヒャッ!」


 無意識的に出たであろう少女の小さな悲鳴。

 そして右手に感じるのは別に大きくもない柔らかな肉厚。

 倒れ込む辻野さんの体重によって押し付けられるその胸は、しっかりと俺の指を包み込む。


「ご、ごめん!わざとじゃ……!」

「んっ……!」


 あくまでもこれはラッキースケベ。

 意図してその部分を触っているだけであって、あくまでもこの状況を起こしているのは辻野さん自身。


(誰がなにを言おうがこれはラッキースケベだからな!)



 ――そんな幸せな時期が俺にもありました。



「――キャッ!」


 不意に聞こえてくるのは半無意識的に口から飛び出したであろう少女の小さな悲鳴。


 階段でバランスを崩した少女がこちらに向かって倒れてくる。

 そんな少女を支えようと右手を伸ばした俺は――倒れることはなく、華麗にその少女の手首を掴んでその場に立たせてやった。


 ……立たせてやったはずだったんだ……。


 何事もなかったかのように掴んでいた手首を手放した俺は少女から顔を背けてその場を去ろうとする。


「――キャッ!」


 刹那に聞こえてくるのは無意識的でもなんでもないったらありゃしない少女の小さな悲鳴。


 そうしてこれまた慣れた手つきで俺の肩を掴んだかと思えば、勢いよく顔面にいつの間にか大きくなったその胸を押し付け……倒れてきやがった。


「――ヒャッ!」

「…………」


 耳を刺激する声になんの感情も芽生えない俺は綿よりも柔らかく、桃よりも遥かに大きい胸に顔を埋めたまま。というか埋められたまま。


 顔を動かすこともなければ、瞬き一つすることもない。

 強引に覆いかぶさる少女を立ち上がらせるわけでもなく、ピッタリと地面に貼り付けられた腕に力は込めず、呼吸を止め続けた。


 ――もう一度説明しよう。

 ラッキースケベとは、意図しないうちに女性のあんなところやこんなところを触ったり見てしまったりしてしまうこと。


 中学時代に俺がやっていたのは確かにラッキースケベだ。誰がなにを言おうが、あれはラッキースケベだ。

 だが、今行われてるのはラッキースケベか?


(否!これはただのスケベ――いや、痴女に襲われてる儚い男子高校生だ!)


「……んつ」


 突然声を上げる少女だが、一体なにを我慢しているのやら。

 当然のように無視を決め込む俺は無反応の体を地面に預けて思案に浸る。


 ここでひとつ、例え話をしよう。

 もし、麻雀の配牌が十種十牌だったら皆はどうするだろう。


 流局にする?それとも安い役で上がる?

 否!全員が全員国士無双を狙うだろう!!


 役満を出し、点数もガッポリ貰えて脳汁も出る。

 そんな役を狙わない奴がいるわけがない。


 そして、その状況はラッキースケベにも関連付けられるのだ。


 ここで、中学の頃のあの場面を思い出してみよう。

 少女が足を滑らせて倒れてくる時。それはラッキースケベが起きるチャンスなのだ。


 たまたま手が当たって、たまたまその手の位置が胸。

 たまたまヤオ九牌をツモり、たまたまそれが持っていない字牌。


 大怪我に繋がるという難点もあるが、国士無双もロンされる可能性だって大いにある。

 どうだ?似ているだろう?


 ……つまり、俺が言いたいのは、あくまでも『たまたま』を自らすることに快楽があるのであって、『イカサマで起こるラッキースケベ』にはなんの快楽もないのだ。


 ヤオ九牌しか存在しない麻雀で国士無双を出しても快楽は得られると思うか?

 まぁ最初のうちは得られることだろう。が、その麻雀を毎日。……いや、毎時間やられたら快楽を得られるか?


 答えは『否』だ。

 俺とて最初は嬉しかったさ。意図していないのに――本来の――ラッキースケベが起きるのだから嬉しいったらありゃしなかったさ。


 だけどな?薄々感じるんだよ。

?』と。


 中学の頃のように天然を発揮するわけでもなく、自分のタイミングで倒れ込み、意図的に俺の手首を握って己の胸に埋める。


 なにが目的でそんな行為をしているのかは分からん。が、これだけは理解することができた。


 俺がラッキースケベを意図的に行っていたせいで、あの『生粋の天然ピュアピュア女』を『不純の人造インピュア女』にしてしまったのだ。


「……そ、そんなに揉ま……んっ……」

「…………」


 俺の手は今、地面にへばりついている。


 前提として断じてそんなことはしていないんだが、まだ『そんなに吸わないで』とかなら分かるぞ?

 断じて吸ってないんだが。というかずっと息止めてるし。


 ……とまぁ、こんな風に、高校に入学して以来こいつ《辻野さん》が痴女になってしまった。

 そして多分、中学時代に俺が別に大きくもなかった胸を揉みすぎたせいですっげー大きさ――推定Gカップ――に成長させてしまったのだ。

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