日本の会社がダメなわけ

@sam-o

第1話

今日は3月1日、新しい社長が来る。

私は、青木未希。ITの専門学校を出て、一橋ソフトウエアに入って3年、23歳。プログラマー。

一橋ソフトウエアは、社員29人で、神田の小さなビルの2階と3階にあるソフトウエア開発会社。2階が営業と総務経理と社長の部屋、3階が私達ソフト制作部。

大企業の一橋機械の子会社だけど、そこの仕事はしていないし、そこからの出向者もいない。


で、何故、社長が来る話を始めたかって言うと、夕方5時に、親会社の一橋機械から来る新しい社長が皆に挨拶をするから、社員全員を集めろって、3時にその新しい社長から総務経理に連絡があったの。

ソフト制作部の20人は全員会社にいたので大丈夫。

営業の7人は部長も入れて全員が外に出てたから、総務経理がメールと電話で呼び戻すことになって大慌て。

総務経理は、課長の田辺さんと私と同期の美奈ちゃんの二人しかいないから、私も呼ばれて手伝ったの。


さあ、それで5時になって、ソフト制作部のフロアに、何とか間に合った営業の7人も集まって全員立ちあがって待ってると、新しい社長がマイクを持ってやってきた。

総務経理課長の田辺さんが箱のスピーカーを抱えて後ろについている。その後ろに未希ちゃんがスピーカーの電源コードらしきものを持って歩いてくる。


社長はソフト制作部長の席の横に立つ。

社長はみんなを見渡して、田辺さんにこれで全員かと聞く。田辺さんは「総務経理の私達2名を入れた29名全員が揃っております」と答える。

社長は頷いてマイクを口元に持ち上げるスイッチを入れる。

美奈ちゃんがケーブルを引っ張ってコンセントに差し込み、田辺さんが慌ててスピーカーの電源を入れる。


「みなさん、私が、本日、臨時株主総会、臨時取締役会により、一橋ソフトウエア株式会社代表取締役社長に選任されました、香川です。

前職は一橋機械の機械第一工場の副工場長を務めておりました。

機械第一工場の副工場長まで務めた人間が、そして、一橋機械で労務の専門家として要職を務めてきたこの私が、なぜ、従業員僅か29名、売り上げ僅か4億円のこの会社の社長になったのか、皆さんも驚くでしょう。私も正直驚いています」


ここで、社長は一息つく。そしてマイクを握り直し話を続ける。

「とはいえ、私もこの会社の社長になった以上、皆さんにお伝えすべきことがあります。

一つは、皆さんが心配している、一橋機械の業績についてです。

確かに今、皆さんや私が大切に思っている一橋機械は厳しい状況にあります。だが、すでに私が昨年提案した対策が始まっています。今期我慢すれば、来期には再び成長路線に戻るでしょう。だから心配ない。この状況でも、我々は前に進もうではありませんか」


また一息。

「そして二つ目、私が来た以上、私のこれまでの経験を活かし、この会社を一橋機械の業績如何に関わらず、大きく成長させることを約束します。

人事制度を見直し、一橋機械ではすでに取り組みを始めている働き方改革やジョブ型雇用を導入、若手中心にインベーションを起こし大きく変革することを約束します」


そしてまた一息。

「私の約束を実現するため、親会社と交渉し、一橋機械から優秀な3人を一橋ソフトウエアに呼ぶことにしました。

3人の着任は来月になりますが、それぞれ、営業本部長、ソフト制作本部長、総務経理本部長に就任してもらいます。

私はこの会社のことも、ソフトウエアのことも、全く分からないが、この3人が私の手足となることで素晴らしい結果が得られるでしょう」


私の斜め前、社長の正面に立っている、営業部長の玉木さんと、ソフト制作部長の二宮さんが、驚いたように顔を見合わせている。


「私の話は以上です。折角だから、何か私に聞きたいことはあるかな」

みんな無言。

「まあはじめてだからな。私に教えを請いたいことはいろいろあるだろうが、まあ、おいおいだな。それでは、これからよろしく」

そう言って、社長は、マイクを田辺課長に渡し去って言った。


残ったみんなは、顔を見合わせ、首を振りながら席に戻る。

私は新しい社長が何を言ったのかよく分からないまま席に戻り、「ろうむ」を検索して分かったような、分からないような気分でいる所に、隣の席に美馬さんが戻ってくる。


会社でよく分からないことがある時は美馬さん、美馬恵主任に聞くのが一番だ。

美馬主任と、その上の賀屋雄一課長はほんとにすごい人で、この二人は来てから会社が変わったって。

賀屋さんは、アメリカのすごい会社にいて、そこで有名な人だったらしいけれど、家族の都合で日本に帰って来て、日本の大きな会社に勤めたけどすぐに辞めて、4年前に一橋ソフトウエアに来た。今でもITの雑誌なんかに時々何か書いてる有名人。


美馬さんは、賀屋さんがちょっと務めた日本の大きな会社で一番若い管理職とかでネットニュースや雑誌にも出た人なんだけど、病気になって辞めたとかで、賀屋さんのすぐ後に一橋ソフトウエアに来た。

この二人が来てから、賀屋さんと美馬さんがいる会社ならっていう仕事が増えて、それまで、社員が他の会社に行って仕事していたのは無くなり、会社の中で仕事するようになった。私が入った3年前はもうそうなっていた。


私は、美馬さんに教えてもらいながらプログラムを作ってるんだけど、全然すごい。比べちゃダメってわかってるけど、なんか、私ほんとにバカだなって落ち込む。

でも、「大丈夫よ、未希ちゃん、少しづつだけど成長してるから。このまま頑張れば、なんとかなるよ」て、性格の悪い美馬さん的な褒め方をしてくれるので、何とか頑張ってるわけ。


そうそう新しい社長だ。美馬さんに聞く。

「社長の話は何だったんですか。この会社のことやソフトウエアのことは全く分からないって言ってましたけど、なんでそんな人が社長なんですか」



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