プリムラの夢

鍵香美氏

第1話 滅亡


 どんなに綺麗な空も、どんなに汚い社会も、あたかもそれが当たり前のように存在している。


 人間だって同じだ。

 人間もこの世の中を当たり前と捉え、疑いもしないんだ。



   ◇エピローグに見えるプロローグ◇


 ジリジリジリ…。


 部屋中に響く目覚まし時計の音、その音を嫌がるかのように、僕は体をゆっくりと起こした。

 時刻は5時30分、家を出る時間まではまだあるな。

 そう思い僕はテレビを付け、朝食の準備をすることにした。


 僕の名前は遠藤健也(えんどうけんや)、高校1年生だ。

 両親は幼い頃に亡くなり、僕はこれまで母方の祖母のお世話になってきたが、高校進学を機に、仕送りを送ってもらいながらの一人暮らしに挑戦することにしたのだ。

 もちろん苦労することも多いが、これはこれで楽しい。

 祖父母は僕のことをよく思って無さそうだったし、家を出れて万々歳だ。


 今日も変わらずスクランブルエッグでも作ろうと思い、コンロに手をかけたその時、突然テレビから焦ったアナウンサーの声が聞こえてきた。

 何事かと思い僕はコンロを止め、テレビの画面に目をやると、


"地球に巨大天体が接近中"


という文字が目に入った。

 嘘だろ?

 そう思いながらもアナウンサーの声に耳を傾けると、


「天体は24時間以内に地球に衝突するものと思われます。なお、このような巨大天体の衝突事例は過去に一度もないらしく、専門家によると、今日が地球最後の1日になるかもしれないとのことです!」


なんて言い出した。

 今日で地球が終わる…。

 ゲームや漫画の世界でしか見たことがない現象が、今現実に起きている。

 正直困惑している。

 僕は今日1日どうすべきだろうか。

 両親に親孝行?

 あいにくそんな存在は、幼い頃に失っている。

 祖父母もかなりの放置主義者だったので、孝行する気分も起きない。

 じゃあ友達と最後の時を過ごす?

 残念ながら僕にそんな奴はいない。

 僕の知る友達は、僕を言葉で罵り、時に暴力を振るってくる奴らだ。

 おるに友達なんて…。


 "いや、1人いるな"。


 ふと頭に浮かんだそいつは、僕と同じように教室の端にいるような奴だったが、僕のようにいじめられてはいなかった。

 そしてそいつはいつも、いじめられている僕を見て、話しかけて慰めてくれた。

 アイツはいつも優しくて、友達とは言えないかもしれないけど、僕はどこかで友達だと思っていた。

 今だってその思いは変わらない。


 "神谷真羅(かみやまら)"。


 もう一度あの女の子に会いたい。

 最後に話をしてみたい。

 ただの思いつきだった。

 なのに僕は、気づいたら家を飛び出していた。

 小学生の時しか同じ学校じゃなかったのに。

 僕は知る記憶の限りを辿り、真羅の家へ走った。

 1度しか行ったことのない真羅の家。

 本当にたどり着けるのか不安だったが、なんとか来ることができた。

 僕は流れる汗を拭いながら、恐る恐るインターホンを押した。


 ピーンポーン、ピーンポーン…。

 

 疲れているからだか、緊張しているからだか分からないが、異様にその音が歪んで聞こえた。

 少し経つと、


「はーい」


という声が聞こえてきた。

 僕は焦る気持ちを抑えながら、


「こんにちは、遠藤健也というものです。真羅さんに用事があって来ました」


と言った。

 すると、


「えっ!?」


という驚く声が聞こえてきた。

 僕のことを一応は覚えてくれてそうだな。

 なんて思っていると、


「今開けるので待っていて下さい!」


と言う声と同時に、ドンドンと走る音が外にまで聞こえてきた。

 その音が限界まで近づき扉が開くと、そこから茶髪の長い髪がなびく、可愛らしい少女が出てきた。

 その少女と目が合うと、僕は緊張しながらも、 


「神谷真羅さんですか?」


と尋ねた。

 すると少女は僕に微笑みかけながら、


「そうですけど、健也くんは私に何か用事ですか?もっとやることがあるんじゃないんですか?」


と返してきた。

 まあこんな騒ぎだらな。

 いろいろ僕にもやることがあると真羅は思っているのだろう。

 だが僕はあいにく用事もないわけだから、返す言葉は決まっている。


「何かしようにもやることがないからね。せめて優しくしてくれた真羅には、最後くらい挨拶をしたいなって思ったんだ」


 その声を聞くと真羅は、


「そうなんだ。嬉しいよ」


と涙を流しながら言ってくれた。

 僕のこと、やっぱり覚えていてくれたんだな。

 しかも僕のために涙を流してくれるなんて、やっぱり優しい子だな。

 そんなことを思っていると真羅が、


「立ち話もあれだし、上がっていかない?」 


と言ってくれた。

 僕はその言葉を聞き、遠慮なく上がることにした。

 

 部屋に上げてもらうと、真羅はすぐにソファまで案内してくれて、紅茶まで出してくれた。

 そこから僕たちは、過去の楽しかった思い出や、今の生活について互いに話し合った。

 真羅と過ごした日々、それはどれも楽しく、まるで夢の様な時間だった。

 そんな日々の話、楽しくないわけがなかった。


 しばらく話をした後、僕はふと気になったことを真羅に聞いた。


「真羅って、地球の最後が怖くないのか?さっきから俺と普通に話してるけど、あまり怖がったり、焦ったりよな」


 僕がその話題を出すと、真羅は黙り込んでしまった。

 まずいな…。

 地雷発言だったのかと思い謝ろうとすると、真羅が突然口を開いた。


「強いて言えば健也くんと同じだよ。私には未練がない、だから暗くないだけ」


「そうか…」


 真羅の圧が凄すぎて、僕はそれ以上言葉が出てこなくなってしまった。

 真羅にとっては聞かれたくない質問だったのだろう。

 よく考えると、僕だってこんな質問受けたくないしな。

 そう自分の中で猛省していると、突然真羅が"わけのわからないこと"を聞いてきた。


「健也くんはさ、この地球、なくなってほしくないと思う?救いたいと思う?」


 …は?


「どういうこと?」


 僕はわけも分からず真羅に問い返すと、真羅は、


「今聞いてるのは健也くんがどう思っているかだよ。ちゃんと答えて」


と、変わらずプレッシャーをかけながらそう言った。

 僕は正直、過去一困惑したが、考えた末に結論を出した。


「正直なくなってもいいと思ってた。この地球は僕を救ってくれないし、元気づけてもくれない。正直クソな存在だと思うしな」


「そう…」


「だけど僕には味方がいた。今日真羅に会って思い直したよ。真羅みたいな人間がいる限り、僕は地球には永遠に輝き続けて欲しい。今ならそう断言できるよ」


 僕は真羅に微笑みかけながらそう言った。

 正直めちゃくちゃ恥ずかしかったけど、真羅が真面目に答えろと言ったから仕方ないだろう。

 まあ今日は地球最後だし、これくらいは許してくれ。

 そう思っていると、真羅は少し沈黙してから口を開いた。


「そうなんだ…。私も健也くんがいる未来なら悪くないかな…」


 そう顔を赤らめながら言う真羅。

 純粋に可愛いなと思った。

 すると真羅は、続けてこう言った。


「じゃあ、"運命変えちゃおっか"」


「…は?」


 わけのわからない発言をし、腕を広げる真羅。

 僕は、『何やってるんだコイツ』と思っていた。


 しかし、次の瞬間真羅の手から眩い光が走り、僕の視界が一気に支配された。


 僕はこの光を浴びた瞬間、何故か急に気を失ってしまった。


 


 



 

 

 

 

 



 

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プリムラの夢 鍵香美氏 @kirikirisu119

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