ブックタワーを攻略せよ!

中田もな

第1話

「だから、さっさと片付けろと言っただろうが!!」


 狭い社員寮内に、ヤツの怒号が響き渡る。もの凄い声量に驚きつつ、俺はそっと耳を塞いだ。


「Sorry, まさか引っ越しのスケジュールが前倒しになるとは思わなかったんだよ。あと、そんなに怒ることないじゃないか」

「『怒ることないじゃないか』だと? お前の片付けが終わらないと、俺も引っ越せないだろ! 二人セットで移動するルールなんだぞ!」


 ダラダラと文句を垂れるヤツを横目に、窓の外からパリの街並みを観察する。この会社に入社してから、もう五年も経ったなぁとか、国際寮と聞いた時にはドキドキしたけど、案外何てことなかったなぁ、とか……。


「おい、どこを見ている」

「仕方ないじゃないか、君の話は長いんだよ」

「何だと!?」


 目の前でギャアギャア騒いでいるのは、同期の中国人で、俺のルームメイト。細かいし、綺麗好きだし、Familyとの電話は中国語でベラベラとうるさいし、最初は「何でこんなヤツと」と思ったっけ。でも実は、意外といいヤツだし、料理の腕も悪くない。そういう訳で、俺はコイツと上手くやっている。


 で、何でこんなことになってるかと言うと、半年前から寮の新棟建設が始まっていて、俺たちはラッキーなことに抽選に当たって、新しい棟に移動になったんだ。それはいいんだが、俺の想定以上にあれよアレよと建設が進み、気づいたら引っ越しの時期になっちまった、という訳だ。


「大体、お前は計画性がねぇんだよ」

「あー、はいはい……」


 俺はUSの故郷を思い出した。ああ、かーちゃん、俺はこの喧しいChineseと、何とか上手くやってるよ……。


「はぁ……。まぁ、いい。今から片付けろ。俺も手伝うから」

「本当かい!? Thank you so much!!」


 こうして俺たちは、部屋の片付けに取り掛かった。の、だが。

 クローゼットを開けて早々、早速後悔することになった。


「言いたいことは沢山あるが……。何なんだよ、この大量の本は」

「いやぁ、参ったね」


 そう、クローゼットいっぱいにぎゅうぎゅう詰めになっている、まさに「本の山」。しかも全部、俺の本。


「简直就是书的塔一样的」

「はい?」

「ブックタワーみたいだと言った」


 確かに、入社した時に「とりあえず」で詰め込んでしまった本は、まるでタワーのように聳え立っている。一度積み上がってしまうと片付けるのが億劫で、ついにここまで来てしまったんだよなぁ。


「さてと、仕方ねぇから、とりあえず真ん中から切り崩すぞ」

「あっ、おい! 適当に扱うな!」


 奴が本をポイと投げ始めたので、俺は慌てて止めに入る。「何だよ、手伝ってやってるのに」との悪態に、重ねて反撃をした。


「これは全部、俺の大事な宝物なんだ! ゴミみたいに投げるな!」

「宝物? なら、もっと大切に保管しろよ!」

「う、うるさいやい!」


 こいつ、本の偉大さが分からないんだな。年がら年中スマホを見てるから、きっと毒されてるんだ……。俺はそんなことを思いつつ、溜めに溜め込んだ本の説明をしてやった。


「いいか、例えば……。これはイタリアの古本屋で買った、旅の思い出だ。その隣にあるのは日本に行った時の土産だし、そのまた隣はカナダの街中で買ったんだ」


 俺の言葉に、奴は首を傾げる。


「つまり、旅先で必ず本を買う……というルールにしてるのか?」

「That’s right! 旅はいいぜ、世界が広がる。それこそ、大学生の頃はあちこち行ったなぁ……。あ、見てくれよ、この本。これ、セーシェルに行った時に、現地の女の子から貰ったんだぜ! 家にも連れってって貰って、飯もご馳走になったんだっけなぁ」


 奴はあからさまに面倒くさそうな顔で、「はぁ」と大きなため息をついた。


「塞舌尔がどこだか知らんが、自慢してることだけは分かるね」

「お前、絶対分かってるだろ」


 ──とまぁ、何だかんだと言いながら、ルームメイトは最後まで手伝ってくれた。だから意外と、いいヤツなんだよな、意外と。


 その後、本を崩したり、ハンバーガーを食べたり、床の拭き掃除をしたり、ピザを注文したりしながら、日が暮れるまでにはようやく片付けが済んだ(途中、「お前、どんだけ食うんだ」と言われたが、聞かなかったことにしておく)。


「あー……、こんなに広かったんだな、俺たちの部屋」

「大半は、お前のせいだからな」


 几帳面な相棒のおかげで、部屋は新築の頃の輝きを取り戻した。せっかくなので、ゴロンと床に寝っ転がってみる。手足を広げられるって気持ちいいなぁ、なんて思いながら、本の山から発掘した「ノート」をパラパラ捲った。懐かしいな、俺が大学生の頃、密かに書き溜めていたものだ。


「何だ、それ」

「次に行きたい旅行先をメモってたのさ。例えば、チェコ、スリランカ、スウェーデン……。あ、中国も書いてあるぞ」


 そう言うと、奴は勿体ぶった感じで咳払いをした。


「あー、その……。もし中国に来てぇなら、案内してやらんこともない」

「Wow! 本当かい?」


 よし来たと思った俺は、早速中国について調べた。が……。


「……Chinaはビザ申請が面倒だから、やっぱ止めとくわ」

「おい」

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