第2章 新たな仲間

第37話 オーガ虫の恐怖

 オーガ虫の討伐は一〇匹で終了となった。なぜなら、オーガ虫の絶命時にオシリから出る薄黄色のガス。鼻がもげる様な強烈に臭いニオイに耐えられなくなったからだ。


「タ、タケじい、もう限界だ。早く風呂に入りたいよぉ〜〜!」


「ワ、ワシもじゃ!」


「えっ、タケじいもニオうのか?」


「何を言っとる。ワシはお主の中におるんじゃ。お主が臭いと感じたら、ワシも臭いんじゃ!」


 確かに、タケじいはオレの中にある遺伝子だった。英雄には見えないけど……。

 オレ達は早々に討伐を打ち切ってギルドへ向かった。


 ギルドに入ると、他の冒険者がこちらを振り向き、青ざめた顔をして離れていく。

 換金窓口のカレンさんは、オレを見るなりタオルで鼻と口を塞ぎ身構えている。


「カレンさん、換金をお願いします」


「オ、オーガ虫だね、何匹狩ったんだい?」


「一〇匹です」


 そう答えて、オレがオーガ虫の魔石をカウンターに並べると、カレンさんが引き攣った顔で答える。


「し、信じられない、あんた一〇匹も狩ったのかい! どうかしてるよっ!」


「えっ、皆んなはどうしているんですか?」


「普通はせいぜい一匹か二匹だね。それ位ならギルドに着く頃にはニオイが取れているのさ。ソーマの場合、三日間は取れないだろうね」


 ガ〜ン!!


 かなりショックな事実を告げられ落ち込んでいるオレに、カレンさんがアドバイスをくれる。


「宿屋でクリーニングに出すと良いよ。それでも完全には取れないが、しないよりはマシだからね」


 カレンさんから銀貨五枚を受け取ったオレは早速、和倉屋でクリーニングを頼むと、料金は銀貨一枚。日本円にすると一万円で結構なお値段。しかし、背に腹は代えられない。

 オレは臭い服をクリーニングに出して露天風呂へ直行した。


「ふぅ〜、気持ちいい〜! んんっ??」


 クンクン? 


「なんだかニオうぞ!?」


 オーガ虫のニオイは服だけでなく、しっかりと体に染み付いていたのだった。


 オレは直ぐに洗い場へ行き、備え付けの粉石鹸で体中をくまなく洗う。


 ゴシゴシ、ゴシゴシ、ゴシゴシ……。


「うん、これ位で良いだろう!」


 お風呂に入って体もさっぱりしたし、次はお待ちかねの夕食バイキング。

 浴衣姿でスキップしながら食堂に入ろうとしたオレの前に食事係が立ち塞がる。


「お客様、非常に申し上げにくいのですが、少々、いや、かなりニオいますので、他のお客様の迷惑になります。誠に申し訳ありませんが、本日の夕食はキャンセルとさせて頂きます」


「えええっ、嘘だろぉぉぉ〜!?」


 泣きそうな顔で訴えるオレを見て、食事係が日頃のうっ憤を晴らすかの様に冷徹な口調で答える。


「残念ながら、この街にはオーガ虫条例がございまして、匂いの酷いお客様の入場を店側が拒否する権利がございます。異国の方だからお泊めさせて頂きますが、食堂はご容赦下さい」


 オレはオーガ虫の脅威を知ると共に、この宿に泊まれた事だけでも感謝して部屋に引き下がった。

 仕方がないので部屋で携帯食を食べたのだが、お腹がいっぱいにならない。人間というものは一度高みを味わうと、元には戻れないようだ。

 それなら得意の交渉術を使ってもう一度と思ったが、カスハラと思われるのも嫌なので、今日はおとなしく眠る事にした。


 チュン、チュン……。


 今日も気持ちの良い朝がやってきた。

 さすがにレベル3のオーガ虫を一〇匹倒した程度でレベルアップはなく、今日の目的の朝食バイキング、いやいや、二回目のパーティ討伐戦に向けて早起きをした。


 コンコン、コンコン。


「はーい!」


 ドアを開けると、宿の店員が昨日出した洗濯物を持ってきてくれた。


「お客様、努力はしましたが、これが限界です」


 オレは礼を言って洗濯物を受け取る。


 クンクン。


 ニオいは、かなりマシになっていた。

 考えてみれば、粉石鹸しかない中世レベルの異世界で、ここまでニオいが取れれば上出来だ。

 オレは店員にお礼を言うと、恐る恐る本命の質問をした。


「それで……朝食は食べられますか?」


 クンクン……。


 ニオいを嗅ぎ始めた店員は、最初は渋い顔をしたが、すがるようなオレの眼差しに妥協したのか、最後は笑顔で答えてくれた。


「はい、ギリギリ合格です!」


「ヤッタぁ〜!!」


 オレは食堂で食べられる幸せに感謝しながら、朝食バイキングを腹いっぱい食べると、装備を整えて東門へ向かった。

 東門に着くと、ファームガードの四人が既に集合していた。


「お〜い皆んなぁ〜、おはよう!」


 手を振って皆んなに近づいて行くと、皆んなも手を振り笑顔で答えてくれたのも束の間、だんだんと険しい顔つきに変わっていく。


「おはっ……、んんッ、何かニオうぞ?」


「えっ? だいぶマシになったと思ったのにぃ〜」


「ソーマ、残念ながらニオうぞ」


「ソーマ、臭っさ〜」


「ソ・ソーマ、腐ったニオいで、む・虫避けになる」


「ソーマさん……」


 何か言えよっ!


「ハハハハ、カレンから聞いてるよ。昨日オーガ虫を一〇匹も倒したんだって? そりゃあ臭くなるわねぇ!」


「はぁぁ〜、こんなに臭くなるとは知らなかったもので……」


 まともに会話してくれるのはキャロルさんだけだと思ったのも束の間、返ってきた言葉が……。


「しかし、思ってたよりもだいぶ匂いが取れたんじゃないかい? まだ臭いけど……」


 グサッ!


 オレは二度とオーガ虫には近付かないと心に誓った。


「ところで、今日は何を狩るんですか?」


「今日のターゲットはねぇ、レベル13の魔鳥だよ! クエストも付いてるからマモシよりも稼げると思うよ!」


 またもやレベルが上の魔物。オレは心配になってキャロルに確かめる。


「オレのレベルはまだ8なんだけど、大丈夫ですか?」


「大丈夫だよ。マモシ討伐であたしはレベル21、ディーンとロイドは20でDランクに昇格したよ。それよりも凄いのがエリンだ。ツチノコ三匹を倒したお陰でレベルが五つも上がって15になったんだ!」


 相変わらず、オレだけが討伐レベルに足りてない。だけど、パーティの仲間を祝福するのはメンバーの務め。

 オレは皆に近づいてお祝いの言葉を述べる。


「皆んな、おめでとう!」


「……」


 近づいた分だけ距離を開けられた。


 な、何でぇぇぇ!?


 オレはオーガ虫の恐怖を身を持って体験したのだった。



【第37話 オーガ虫の恐怖 完】

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