第39話 妖精さんと古巣

「なんで……とは……」



アンナは私の問いにおずおずと口を開いてそう答えました。



「殿下の紹介でうちに来ましたよね?いきなり皇室宮殿でお世話になるのは難しいと言ってましたけど……でも殿下のお知り合いなら、皇宮で働くのは難しくないはずですし、名誉なことなのでは?」



「私は…男爵家の娘ですから…皇宮で恐れ多いです。」



アンナの言い分はわかります。

わかりますが…



「私だって子爵令嬢でした。その上追放されています。男爵令嬢であることが、皇宮を蹴ってうちに来る理由にはならないと思います。」



そう、私と言う実例がある以上、それは言い訳に過ぎません。

その上、アンナは殿下の紹介でうちに来たのです。


本当にパティシエになりたいのであれば、おとなしく皇室で修行した方が手っ取り早いのです。


それに、他にもあります。



「アンナが来てくれたのは、お店が忙しい時です。お会計任せっきりで、碌に会話もなかなかできていないのに……店の存続が危うい時期も、逃げ出さずにいてくれたのはなぜです?」



男爵といえど貴族のお嬢様……、しかも店が潰れる可能性のきっかけは、私の噂のせい。

普通そんな状況なら、逃げ出したくなるのが普通なのではないでしょうか。


温室育ちなら、なおのこと。


殿下たちが来た時に、辞めますって泣きついたって文句は言えません。


でもアンナは、辞めるどころか、うちの店の再繁するように、手伝ってくれて、お菓子の作り方まで必死になって勉強しようとしていました。


そこに、なんの理由もないとは、思えません。


しかし……



「オーナーは買い被りすぎです。」



アンナは小さくフルフルと首を横に振ると、俯いてぽつりと呟きました。



「私、前に逃げ出して後悔したことがあるんです。」



「後悔?」



「勇気が出なかったんです。そのおかげで私はお咎めなかったのですが…胸がチクチクして…だからもう逃げたくないって……それだけです。」



アンナはそういうと、なんとも申し訳なさそうな、暗い表情を浮かべながら、自分の膝の上にいた一人の妖精の頭を指でクリクリと撫でました。



「研修生」



頭を触られた妖精は顔を上にあげ、アンナにそう声をかけました。



「どっかいたい?」



「大丈夫です、古傷ですから。」



妖精はアンナを心配して、手のひらの上に自分の小さな手をポンと乗っけました。

その様子を見たアンナは、寂しそうに笑っています。


そんな様子を見ていたら、とてもじゃないですがそれ以上何かを聞き出すなんてこと、できませんでした。


せっかくの機会なので、色々と話を聞きたかったのですが…


まぁどのみち、これ以上詮索はできなさそうです。

なぜならば、馬車が止まったからです。



「あー馬車止まったー!」



「ついたついた」



あっという間に皇宮に到着…と言うわけですか。

私はひょっこり馬車の窓から顔を出します。


ここは皇宮の裏門、まぁ従業員の通用口みたいなものです。



「わい昨日ぶりやで」



「シェフとはお店できてから会ってない」



そう言うと、妖精たちは、窓からポンポンと飛び降りて行きました。

御者は馬車を止める準備が整ったところで馬車の扉を開けようとしてくれたその時、懐かしい声が聞こえてきました。



「おお!ノノ着いたか!」



声のする方に顔を向けると、白い服を着た恰幅のいい男性がいました。



「シェフ!ご無沙汰してます!」



「オーナー…どなたですか?」



「私が皇宮で見習いをしていた時に、お世話になったシェフです。」



「ほう、その子が噂の可愛い弟子か」



「えぇ、殿下からの紹介で。」



「それは逸材なんだろうね」



シェフはそう言いながら、馬車にいる私に手を差し伸べました。

エスコートをしてくださるそうです。



「えぇ、今日も生地作りに参加してもらうことになってるんです」



私はそう答えながら、シェフの手を取り馬車を降りました。


馬車が迎えにきて、お出迎がきて、エスコートしてもらえるなんて、まるでどこぞの令嬢ですね。


私が馬車から降りたのを確認すると、今度はあんなの方に手を差し伸べます。



「それはそれは、立派だね」



「よ、よろしくお願いいたします。」



アンナはそう答えながら、馬車を降りました。



「リョーりちょ元気!?」



「君たちも久々だな」



妖精たちは、シェフの存在に気がつくと、ぴょんぴょん跳ねながら、彼の周りをぐるぐると回りました。



「会えなくなってしばらくたつね。ノノがいなくてもたまには遊びにおいでよ」



「フェアリーイーツ頼んでくれれば」



「シェフ頼んでくれないから」



「こっちもなかなか時間とお金がね、プライスレスできてくれよ」



「ワイら働き蟻なので」



「こらこら」



妖精は自由な生き物です。

それを信念にしているので、私が強制的に労働させてるわけじゃないのですがね。



「あなたたちも、皇宮には顔を出すのでしょう?シェフに会って行けばいいのに。」



「配達には来るのですが」



「繁盛してて厨房に顔出せず」



まぁ、確かにフェアリーイーツは好調ですもんね。

遊んでる暇はないのか。



「まぁ、揃ったところで、中に入ろう。」



そのシェフの一言で、私たちは中にゾロゾロと入っていくのでした。

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