第2話 妖精に会えるお菓子屋さん
『会いにいける妖精』をコンセプトにしたのは正解でした。
貴族社会を追放された令嬢でも、やり方と実力次第ではお金儲けはいくらでもできるのです。
「いらっしゃいましまし」
「何になさいますか?」
お客様に声をかけて接客しているのは人間ではありません。
このお菓子屋さんのあちらこちらに無数にいる手のひらサイズの二頭身の妖精です。
「うわぁぁああ!!かわいい!!お母さん見てみて!!本当に妖精さんいたよ!!」
「まぁ……本当ね。こんなに簡単に会えるなんて思いもしなかったわ……それもこんなにたくさん。」
店にやってきた親子連れのお客様は感激の声を上げました。
初めてきたお客様の反応はいつもこんな感じなので見慣れた物です。
改めまして、ここは元令嬢の私が『ノノ・シュガー』と名前を変えて運営している小さなお菓子屋さん。
店名は『妖精のお菓子屋さん』
由来は書いて字の如くです。
「『家で何かなくなったら、妖精さんが幸運を運んできた証拠』、なんて話は昔からよく聞きますが…まさか実在するなんて。」
「この国の言い伝え、『妖精のイタズラ』のことですか。確かに、私も彼らを見るまで言い伝えの存在だとばかり思ってました。」
「……それがこんなにたくさん……どうやってこんなに集めたんですか?」
お客様が驚くのも無理はないでしょう。
そもそも本来妖精は、人前に出たりはしません。
だから、これまで言い伝えとしてだけの存在で、人に姿を見られることはありませんでした。
妖精の姿を見るのは愚か、本当の『妖精のいたずら』だって、一生に一度あるかないか...…もはや人々は実在しないものと認識していた存在です。
それがこんなに大勢の妖精が人慣れしたどころか……
「奥様〜お嬢様〜」
「小腹がすいた時にはクッキーなんていかがですか?」
「満足感をお求めなら、バナナマフィンなんかもあります」
「このキャンディーなんか綺麗でっせー」
「このチョコレートで溶けるような幸せも〜」
「「「「「「おひとついかが?」」」」」」
人間の肩や頭、もしくは台や棚に乗って、人間と視線を合わせて、こんな押し売りレベルの接客営業をしているのです。
それをしてるのも一人や二人ではなく10人それ以上……無数に店内にいる。
普通に考えてこれはあり得ないこと。
だからお客様がどうやって彼らを集めたのか気になるのは当然のことなのです。
しかしそれはトップシークレット、教えることはできないのだ。
だから私は適当に話を濁すと、注文の品を袋に詰めていった。
そんな私の様子を見ながら、女の子のお客様がこんなことを聞いてきた。
「ねえ、おねぇちゃん」
「なぁに?」
「このようせいさん、おなまえ、なんていうの?」
「名前……知りたいのですか?どうして……」
「この子と仲良くなりたいから!」
そう言って女の子は、妖精が乗った手のひらを私の方に向けた。
ピンクのワンピースをきた二頭身の妖精だ。
妖精の懐きようを見ると、短時間で仲良くなったらしい。
なるほど、名前を知りたくなるのも当然だけれども……
「でも『AB』ってしか言ってくれないの」
実は妖精とのコミュニケーションの上で、これが一番難しい。
彼らようせいには妖精語というのが存在するそうなのですが、その言葉を人間が聞き取ることはできません。
頑張って人間の言葉に言い換えても、イニシャルでしか名前を言えないのです。
希望者には、私がイニシャルにちなんだ名前をつけるのですが、毎日入れ替わり立ち替わり無数の妖精が来るのでキリがなく、名前をつけたところで、2桁以上の妖精の名前を覚えるのは至難の業。
結果、9割の妖精の名前はイニシャルだけなのです。
なので、お客様からまだ名前をつけていない妖精の名前を聞かれた時は、こう答えることにしています。
「よかったら名前をつけてあげてください。」
そのほうがお客さんも妖精も喜びます。
女の子は『A B』と言葉を何回か句呟いて、必死に名前を考えました。
「じゃあね、アビー」
そして1分くらい考えてその名前が出てきました。
アビーと名付けられた妖精は、喜びの舞を踊り出した。
よほど嬉しかったのだろう。
こうなると、次にどのようなオーダーが来るかというのはおおよそ察しがつきます。
「お姉ちゃん、アビーちょうだい!」
ほら、想定通り。
しかし、彼らは私のペットではありません。
彼らは自由な生き物。
あくまで彼らのとある好意で、お手伝いをしてくれているだけなのです。
だから私がどうこうできる話ではありません。
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