第4話 男装令嬢アシュレイ・アストリッド

 というわけで、無事に組み分けの儀でマギナに振り分けられた俺。

 組み分けの儀のあと、再び、教師の引率のもと、俺たち一年生は校舎の中を移動した。



 たどり着いた先は、マギナの教室。

 すなわち、俺たちがこの学院生活の大部分を送ることになる場所である。



 古びた教室の扉を開いて、室内に足を踏み入れると、木製の長机と椅子が整然と並んでいる中、とある窓際の一席だけ、ぼんやりと明るく輝いている。

 どうやら魔法による仕掛けらしい。その輝いている席こそが、自分の席ということだ。


 俺は案内されるまま、指定された座席に着席した。

 そして、キョロキョロと自分の席から教室の様子を伺う。


 

 教室といっても、いわゆる俺がもといた現実世界の教室とは、全然、雰囲気がちがう。


 黒板には、魔法陣や魔法式やらの図式が書き込まれており、壁には年季の入った魔法書が詰め込まれた書棚が並ぶ。

 教室の隅には、薬草やフラスコが並べられた調合台や、大鍋のようなものも置かれていた。


 そのすべてがファンタジーで物珍しい。

 そんな中、続々とマギナに振り分けられて生徒達が自席へと着席していく。


 ここで嬉しいサプライズがあった。


(うおおお、俺の席、アシュレイの隣やんけ! よっしゃ、よっしゃ!、よっしゃ!)


 俺の席の一つ右隣。

 なんとそこに、アシュレイが着席したのだ。

 

あのオクサレ様女神ユースティティアのサプライズか!? これは激アツだぞ!?)


 机の上で小さくガッツポーズを繰り返す俺。

 

 側から見たら、その様子は挙動不審そのものだったのだろう。隣の席に座ったアシュレイがチラチラとこっちを見てきた。


 アシュレイの視線に気づいた俺は、とびっきりの笑顔で、彼の顔を見つめ返す。


「……?」

 

 しかし、アシュレイは眉をひそめた後、そっと視線を外してしまう。


(まあ、そりゃそうか。俺はこの学園始まって以来の最低最悪のクズ野郎。当然、そんな奴に笑顔を振り撒かれても、いい印象なんてねーわな)


 俺は心の中でそう自嘲する。

 だけど、全く問題ない。

 繰り返すけれども、これは悪役転生ものなんだから。


 雑に善人ムーブかませば、周囲の評価なんて一瞬にして手のひら返し――


 などなど考えていると、教壇側のドアがガラッと開いて、ローブをまとった先生が入ってきた。

 ローブの下には式典用の礼服を着込んでいるようだが、胸元のタイが緩んでいたりと、かなり着崩している。

 全体的にルーズな雰囲気ただよう先生だった。

 

 ……あ、言うまでもなく、この先生も男ね。

 ファック。


「諸君――ユースティティア魔法学院に入学おめでとう。俺はマギナのクラス担任になった、リド・フラジャイルだ。専門は防衛魔法実技となる、よろしく頼む」


 リド先生は、教壇に立つなり、そう自己紹介した。


「俺もこの学院のOBだ。卒業してもう十年になる……言うまでもないが、ここユースティティア魔法学院は、創生の三女神の名を冠していることからもわかるとおり、次代の魔法界を担う人材を養成するための、伝統と格式ある由緒正しき名門校だ。諸君にはその誇りと自覚をもって勉学に励んでもらいたい」


 リド先生はそう語りつつ、鋭い目つきで俺たちのことを睨み飛ばす。


「もちろん、この学院に籍を置く資格なし――そう俺たちが判断した場合は、容赦無く切り捨てることになる。そのつもりで一分一秒を尊びながら、魔法に真摯に向き合うことを期待する」

 

 先生の発言を受けて、えもしれぬ緊張感に包まれる教室。

 そして――


「……ま、堅っ苦しいのはこんくらいにして、だな」


 リド先生は首元のタイを思いきっきり緩めると、教壇に添えられていた椅子にどかっと腰を下ろし、足を組んだ。


 ……おいおい、なんだその不良な態度は。コイツがさっき自分でホザいてた学院の伝統と格式はどこいった?


「――これから三年間、同じ学舎で過ごすんだ。とりあえず、自己紹介だな。名前と経歴……あとそうだな、趣味でも得意な魔法でもなんでもいいから一言。まずは端っこのお前から」


 リド先生がそう言って、廊下側の生徒のことを指差す。


 そして始まる、イケメンの、イケメンによる、イケメンのための目眩めくるめく自己紹介タイム。

 どいつもこいつも嫌味なくらいに端正な顔立ちで、とてもじゃないが友だちになれそうにない。


 当然ながら興味のない俺は、クラスメイトの自己紹介を適当に聞き流していく。

 中には原作のメインキャラクター的なポジションのヤツもいたけど、みんな興味ないだろうし、別に説明しなくていいよね?


 ちなみにメインキャラかそうじゃないかを見分ける方法はとても簡単だ。

 

 はい、今から自己紹介するイケメンの背景に注目。

 ほら、紫色の薔薇が鬱陶しいくらいに咲き誇っているだろ?

 間違いなくヤツはメインキャラだ。


 そう、この世界では、メインキャラにフォーカスがあたるたびに、なぜかその背景には花が咲き誇るという、怪現象が発生する。

 最初は、なにそれ怖っと、いちいち戸惑っていたけど、今では慣れた。

 BL世界特有の現象である。


 ……と、教室のあちこちに花が咲き誇っているうちに、ついにその時がやってきた。

 


「次――アシュレイ・アストリッド」

「はい」


 

 きた!

 アシュレイの番!

 俺はさっきまでの投げやりな態度から一転、背筋を伸ばして、傾聴の姿勢を取る。


 アシュレイは、組み分けの儀と同様、無駄のない所作で、軽やかに立ち上がった。

 その瞬間、ふんわりとした花のような甘い香りが、俺の鼻をくずぐった。


 あふうう、いい香りだよおおおお。


 自分の隣の席に座った男が昇天寸前になっていることなどつゆ知らず、アシュレイは自己紹介を始める。

 その背景に、白い百合の花が咲き誇った。


「私は、アシュレイ・アストリッド。北方のノースフォーク出身だ——」


 男性的な口調。しかし、それとはアンバランスな小鳥がさえずるようなソプラノボイスが、優しく耳をくすぐる。


 アシュレイは名乗った後、胸下にそっと片手を添えて、周囲に向かって一礼。オフホワイトの三つ編みが、さらりと揺れた。


「得意な魔法は氷属性の《クリオ》。それと馬術。馬は、父の教えで幼少の頃から鍛えている」


 なるほど、アシュレイは馬術が得意。

 それすなわち、夜の性活において得意体位は騎乗……げふんげふん。

 素晴らしい。俺はアシュレイの馬になる準備はできている。


「趣味は、読書。それと紅茶を淹れること。ノースフォークでは、よく自分で茶葉を選んで、茶を淹れていた。もし、興味があるなら、気軽に声をかけてくれ。とっておきの一杯を振る舞おう」


 そう言って、ふ、とアシュレイが微かに笑う。

 その微笑みが、今までの凛とした空気をわずかに和らげた。


 ……くそっ、反則だ、それ!

 まず笑顔が可愛すぎるし、凛とした佇まいとのギャップも凄まじいし。

 それに、紅茶をいれるという、さりげない日常の一コマを自己紹介に含めることで、『わたし、家庭的ですけど』と自然に主張している。アシュレイは、女子力高めのあざといテクニックを無意識に使いこなしているのだ。


 飲むよ、そんなの飲むに決まってるよ。

 俺。アシュレイの出した紅茶を飲むよ。

 ジョッキでもってきてくれよ。


 それに、聞いた?

 読書も趣味だっていたじゃん。


 これは大変なことですよ。


 なぜならこれで、文学少女属性も追加されたことになるからだ。

 古今東西、ライトノベルをはじめとして、エンタメ作品に登場する文学少女は、真面目な印象とは裏腹に、むっつりスケベであることは必定。

 仮に恋人になった場合、身も心も委ねてくれて、どんなアブノーマルな要求も、頬を赤らめながらも受け入れてくれる――そう相場が決まっているのだ。オラ、ワクワクしてきたぞ。

 

「——この学院で皆と共に切磋琢磨し、多くを学び、家名に恥じぬ魔術師となるつもりだ。どうかよろしく頼む」


 アシュレイはそう言って、最後にもう一度、一礼する。

 その所作は、まるで長剣を抜いて礼をする騎士のようだった。


 教室が静まり返る。

 誰もがアシュレイの言葉と佇まいに見惚れていた。


 そして——


「……うっ、美しい……!」

「王子さまみたいだ……」


 どこからともなく、そんな感嘆の声が聞こえた。


 わかる。めっちゃわかる。

 アシュレイの凛とした空気、端正な顔立ち、静かに滲み出る気品……どれをとっても、誰もが目を奪われるのも無理はない。


 だが、それと同時に俺だけが知っている。

 この完璧なが、アシュレイ・アストリッドのすべてではないことを。


 ——強い意志を持ちながら、時に脆さを抱え、

 ——家の名を背負う宿命を受け入れながら、静かに葛藤し、

 ——そして……なにより、ひとりの少女としての、心と体を持っていることを。


 俺は思う。


 この世界で、アシュレイをメインヒロインとして見られるのは、たぶん俺だけだ。


 「……よし」


 俺は密かに拳を握る。

 やはり、アシュレイこそが、この腐りきった世界を浄化する大天使だ。

 この学院での生活がどう転ぼうと、どんな困難が待っていようと。

 アシュレイ・アストリッドという存在を、誰よりも大事にしてやると決めた。

 そして俺は絶対に君と結ばれてやる!

 

 そう、固く決心したタイミングで――


 俺はふと思い出した。

 それはこの腐った世界が俺に用意しているであろう、最低最悪の罠。


 仮に俺の目論見がうまくいって、アシュレイと結ばれたとしても、最後に訪れる最悪の展開。

 


 それこそが、原作アシュレイルートにおける、の存在であった。




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