伝染病

橘暮四

1.煙

 レナさんのことを初めて見たのは、軽音サークルの新歓のときだった。新歓ライブも半ばを過ぎた頃、慣れないライブハウスに気疲れして、新鮮な空気を吸おうと思って外に出た。そして階段を上った先の喫煙所に、レナさんはいた。

 彼女はひとりだった。ポケットから煙草の箱を取り出し、すらりと細い指でそのうちの一本を取り出す。胸の辺りまで伸びる黒檀のような髪を掻くと、白くて小さな耳が見えた。ピアスがちらりと光って、彼女がライターの火をつけたことに気がついた。焦げた匂いがそこに燻った。彼女は煙を吐き出し、やや上方を見上げた。次第に霧散して消えていく煙を眺めているようだった。そんな横顔に覗いた彼女の瞳には、言い知れぬ憂鬱が潜んでいるように見えた。彼女は自身の中にあるそれを、煙を吸って吐くことで発散させているようだった。それだから、煙を見上げる彼女の瞳は切だった。

 ふと、彼女が階段の下、こちらに顔を向けた。自分が見られていることに気がついたようだった。彼女の顔の正面を見てようやく、さっきこのひとが、ライブに出演していたひとであるのに気がついた。しかも、大好きなバンドのコピーバンドとして。

 一方彼女は、自分が新入生の前で煙草を吸っているということに気がついたのか、急いで灰皿にそれを捨てた。ジュッと短い悲鳴が鳴った。そして彼女は、照れたように頬を赤らめて笑ってみせた。困ったような笑顔だった。ライブ中の、そしてさっき煙草を吸っていたときの表情とのギャップに、心臓は小さく跳ねた。

 ああ、このひと好きだ。

 私はあの時点で、そう思った。

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