“輝く者”とカンパニュラ
狐
第1話
「2000万!」
「2500万」
「4000万!!」
怒声めいた熱狂の声が広い会場に響く。暗幕の隙間から覗く熱気は会場全体に更なる熱を生み、仮面を着けた競売人が木槌を叩いて声を張り上げた。
「“燃える心臓”、4000万で落札です! 海の向こうの王族が身に着けていた一点モノのルビー、40カラット!!」
万雷の拍手が鳴り止むと、次の商品が運ばれていく。数百年前の画家が描いたとされる絵、巨大な獣の剥製、宝剣、そして人間。それを求める富豪たちにとって、どんなルートで流れてきたかは重要ではない。それが悪逆の果てに奪われたものであっても。
入札を待つ“商品”の一団は一ヶ所に集まり、各々が最後の自由時間を過ごす。頭を抱えて項垂れる者、怒りから暴れて警備兵に取り押さえられる者、絶望で乾いた笑いを漏らす者。奴隷たる彼らが、今後自由な暮らしをすることは決して無いだろう。
その一団から少し離れた位置で、
「なぁ、
「……あぁ」
「そう固くなるなよ。高値で買われたとして、その金が俺たちに入ってくるわけじゃない。安かったら使い潰されて、高かったら少しの間だけ手厚く扱われる。それだけの事さね。どうせ人間は安く買われるんだ、今が一番幸せな時間だと思え!」
カラカラと笑う老奴に対して、ローブの青年は口許を微かに強張らせた。その表情に気付くことなく、老奴はさらに言葉を継ぐ。
「競売に参加してるヤツの顔、見えるか? 俺は“売れ残り”だからよォ、覆面をしていても誰がどういうやつか解るぜ。あの中から誰に買われるとまだマシか、教えてやるよ」
「……例えば、あの人は?」
「あの肥えたババアは、若くて美しい男を侍らすのが趣味だ。隣のやつは学者で、何かの実験に使う奴隷を探しているらしい。後ろのやつは人夫が目当て、その後ろは使用人が欲しい。少なくとも、俺なんか見向きもしないだろうな」
「じゃあ、あそこの人は?」
「アイツは……。あァ、やめとけ。この場所に来て、今の今まで一切金を出さない奴が一番厄介だ。それに、あまり良い噂も聞かねぇな」
青年が指差したのは、顧客の中でも一際若い男だ。黒に近い藍色の髪がよく馴染む、褐色の肌が特徴的だった。顔を隠すための薄いヴェール越しの瞳は金に光っているが、その表情はゾッとするほど冷たい。
「ここ何年かで頭角を表した富豪の若旦那だ。金貸しだったか、奴隷商だったか……。とにかく、金の為なら手段を選ばないって話だ。自分の稼ぎのためなら、人も殺す。そんな眼をしてるだろ?」
「……信じられない」
「時間だ、来い!」
競売人の合図に合わせ、警備兵が青年を囲む。入札の時間だ。鎖に繋がれ、檻に放り込まれる。数秒後には、歓声が飛び込んできた。
「さぁ、今宵の目玉商品はこちら! あらゆる生物の侵入を阻む荒野に潜むオアシス、“漂流地”。そこに生息する伝説の生物、ヌール・バシャルだ!」
ローブを脱がされ、青年の肌が観客に露わになる。先程の歓声と異なり、凪のような沈默が一帯を支配した。
その身体は、輝いていた。薄暗い会場に陽が差したかのような暖かい色の光を放ちながら、青年は表情を崩さない。
観客の富豪たちの視線は、発光する身体から頭部に移る。琥珀色の髪を掻き分け、額にはよく育った螺旋状の角が生えている。
「隅々までご覧ください、掛け値なしの本物です! 伝説とまで言われた“万能の秘薬”が、折れも砕けもせず皆さんの目の前に!」
生きている限り角は再生します、と叫ぶ競売人の言葉に、観客の眼の色が変わる。10年前に傷ひとつない成体の角が1億で取引されてから、ヌール・バシャルは姿を消したと思われていた。その生き残りが、生存している状態で見つかったのだ。
青年が熱狂する観客に目を遣ることはない。彼の視線の先には、ヴェール越しの金の瞳がある。
「……久しぶり、アサド」
檻の中で微かに呟きながら、青年は自らの記憶を思い起こす。10年前に初めて出会った日と、やがて訪れた別れを。
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