7. 迷子の帰宅
身を硬くして、ホァが今にも泣き出しそうに浅い呼吸を繰り返している。その小さく頼りない子供の肩をぎゅっと抱いて、クォンは駆けていきそうなのを押さえる。
温かくも冷たくもない肩。生きているようで、生きていない身体。
離れた戸口に灯りが浮かんで、ユエが出てきた。男が一緒だ。途端にホァが暴れ出した。
「とっと!! とっとぉお!! とぉっとぉーー!!
「まだです。ホァちゃん。まだ合図が」
「やだぁ! とっといるんだもん! とっとぉ!」
ホァの悲痛な声に、父親には届かない声に、ユエの胸が締め付けられる。
「……では、呼びます」
緊張した面持ちの父親に声をかけ、ユエは提灯を高く掲げて、ゆるゆると振った。
クォンの手から、ホァが脱兎のように駆け出す。
揺れる提灯の灯りは影を揺らす。ぼんやりと頼りない、曖昧な影。その曖昧さに宿るモノがある。そのモノから引き出す魔法は、曖昧な存在をこちら側へ引き込むことができる。
「おいでませ、
影が歪む。走り寄るホァの足元から絡みついた影は、瞬時に少女を覆って、色づく。ホァの色に。子供の細い黒髪に。つやつやしたドングリのような肌に。黄色い
幽霊という、こちら側とあちら側の狭間にある曖昧な存在に、魔法が与える仮の実体。
「あああああ、おお、あああああ!!」
父親が言葉にならない声を上げて膝をつく。その首に迷子の子供がしがみついた。
「ひああああん! うわあああああん! ふあああああん!!」
「ホァ、ホァ、ごめんな。ごめんな! とっとが悪かった、ごめんなぁ!!」
夜中に抱き合って泣き合う親子の姿に、ユエは目頭をぬぐった。傍らに来た夫の手を握る。感情に溺れてはいけない。勇気が欲しい。嘘は、つきとおさねばならない。
手を離して親子の傍らに膝をつき、迷子の頭をそっと撫でてやった。熱くも冷たくもなかった。
「ホァ、もう大丈夫だよ」
声が上ずりそうになる。唾を飲む。目を腫らして見つめて来た子に、最期の言葉を伝える。
「モノの怪なんていない。きみのお使いは、これでおしまいだ」
「おしまい……?」
泣き顔が、ふっ、と消えた。ホァをこの世にとどまらせる縛りがなくなった。
ユエは感じる。ホァにかけた魔法の感覚が遠くなる。曖昧なものを引っ張りこむ
「とっと、おら、眠いよ。たくさん歩いたんだもん。疲れたよぅ」
寝入る子供の声がする。魔法の実体が薄れて消えていく。
「おう。おう。寝ちまっていいよ。安心しな、とっとが寝床まで、抱っこして連れてってやるからな。なぁ、ホァ、お前ちっちゃいのに」
父親と、ユエと、リールーと、クォン。その場にいる誰もが、同じ言葉をつぶやいた。
「よくがんばった」
* * *
泊まっていけ、という父親の申し出を、ユエは固辞した。
クォンにも、なによりモンチャンにも負担がかかるのを承知で村から離れ、そこで一晩を明かすことにした。
「ユエさん、大丈夫ですか?」
荷台に横たわり、夫の胸に顔を埋めたユエは、無言で何度も頷く。どの感情なのかわからない涙が、とめどなくあふれた。
「あした、ぜんぶ話すね。わたしがついた嘘のことも」
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