第40話
「そっかぁ~、そんなことになってたんだね~」
放課後、『精神高揚部』に行く途中に、灰銀には事の顛末についてはなした。一緒に尾行した仲だし、隠し事をするのも悪い。一言一句は伝えてないけど。
灰銀は別にして、あの後LINEで部室に来るようにと命令されたので、仕方なくここまで来た。
「私、ひそかに冬歩ちゃんの作品を読んで天才だと思ってたんだけど、それは言わない方がいいよね?」
「いや、どうだろ。春樹以外に言われる天才は嬉しいって言ってたぞ?」
「瑪瑙君は分かってないなぁ。有象無象に天才って言われて嬉しくないわけがないでしょ?」
「だからそう言ってるじゃん」
「分かってない分かってない、何も分かってないよ、瑪瑙君」
やれやれと俺に呆れている。別に天才の気持ちなんて理解しようと思わない。そうこうしているうちに部室だ。そして、扉に手をかけると、昨日のことが思い出されて固まった。
「どしたん?」
「……いや、なんでもない」
昨日は少し俺も様子がおかしかった。舞い上がって変なことを言った気がする。冬歩は俺が何かしたとしても特に何か意識するわけではないだろう。平常心で開けたつもりだったが、いつもより少しだけドアを開ける音が強かった。
「あら、いらっしゃい。唯煌さん」
「おいっす~、冬歩ちゃん。今日もいい寝取り日和だね」
「なんだその挨拶」
それを言うならこんなところに来てないで金城を寝取って来いよ。
すると、冬歩が俺の方を見てきてため息をついた。
「貴方もいたのね」
「冬歩が呼んだんだろ?」
「そ、そうね。そうだったわ。ごめんなさい」
……え?罵倒は?
冬歩の頬が若干赤いし、俺と微妙に目が合わない。なんというかくすぐったい雰囲気だ。いたたまれなくなって灰銀を見るとジト目で灰銀が俺たちを見ていた。
「なんだよ……?」
「べっつに~それより、二人で何かあったの?」
「特に何もなかったのけれど……どうしてそう思うのかしら?」
「瑪瑙君と冬歩ちゃんの距離が近づいてる気がするんだよね~特に心の距離が」
俺と冬歩の心の距離は永遠に埋まることはない。節穴アイドルにこれ以上余計なことを言われても困るので、俺は話を変えることにした。
「気のせいだろ。それより、冬歩に何か用事があるんだろ?」
「ん?ああ、そうだった!冬歩ちゃんに渡したいものがあったんだよ」
「何かしら?」
灰銀が鞄からプリントの山を取り出した。アレは原稿用紙か……?
「冬歩ちゃんに倣って、文章を書いてみました!これを読んで元気を出して!」
まさか手書きであの量の文章を書いたのか……?
今の時代はweb小説がメインだ。原稿に手書きで文字を書くなんて手間も時間もかかりすぎる。逆に言えばそれだけの労力を惜しまないほど冬歩を心配していたということだ。そういう意味では灰銀の気持ちは既に伝わっている。冬歩が灰銀の原稿用紙の山を大事そうにに抱えると微笑んだ。
「唯煌さん、ありがとう。大切に読ませていただくわ」
「うん!感想もしっかり教えてね?」
「ええ」
冬歩がさっそく一枚目の原稿用紙に目を通した。
「俺も読ませてくれよ」
「いいよ~、冬歩ちゃんの後でね」
灰銀の小説には興味がある。どんなものを書いたのだろうか。十分ほど経ったところで冬歩の原稿用紙を捲る音が止まった。そして、面を上げると、灰銀を見た。
「……ねぇ、唯煌さん」
「およ?もう読み終わったの?」
「ええ。とてもおもしろくて、興味深い文章だったわ。本当に初めてなのよね?」
「うん、そうだよ。参ったな~、私、小説の才能もあるのか。困っちゃうね、瑪瑙君?」
「なぜ俺を見る?」
「さぁ、なんででしょうね」
灰銀の意味わからん行動はさておき、冬歩が褒めるということは本当に面白いのだろう。実は俺も『魚屋通いの猫』さんに倣って文を書いたことがある。それを冬歩に見てもらったら、酷評の一言だった。あの時のことはもう思い出したくない。
「どこかの誰かさんが書いた処女作に比べたら雲泥の差ね」
「言うなよ」
冬歩は俺の心でも読めるのかってくらい絶妙なタイミングで暴露してくるな。
「え!?瑪瑙君も小説書いたの!?」
「昔書いたけど、もう消した」
黒歴史だし。
「つまんね~読みたかったなぁ」
「灰銀さん。俺にだって見られたくない物くらいはあるんだよ」
プライバシーって大事なことだよ。
「残ってるわよ?」
「「え?」」
「こんなこともあろうかと、瑪瑙の処女作は残してあるのよ」
なん……だと?
「確かタイトルは【天狼にシリウス】だったかしら?純文学を装った厨二の駄文ね」
「ダッセぇwww天狼もシリウスも同じ意味じゃんwww」
「なんで分かるんだよ!?というかマジで消してくれ!?」
天狼は中国語でシリウスという意味だ。天狼は何となく格好良い。シリウスという名前もなんとなく格好いい。だから、それをタイトルで書いたら、一生の黒歴史になった。
ちなみに、冬歩から琥珀経由で家族にバレました。マジで死にたかったです。
「は~、面白かった。後で送ってね?」
「ええ。任せて頂戴」
「後生だからやめてくれませんか……?」
机に頭を付けたが、全く止まる様子がない。俺は静かに諦めた。
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