第30話
「ねぇねぇ!パターンAとパターンBのどっちだと思う?」
「ちょっと、何言ってるか分からない」
放課後、灰銀と一緒に『精神高揚部』に行くことになった。いきなり意味不明なことを言うのは灰銀の十八番だ。
「昨日LINEで言ったでしょ?パターンAは金城君を諦めて瑪瑙君で妥協しろってこと。パターンBは瑪瑙君が私に告白するのを待つ。それで、瑪瑙君で妥協しろって意味だよ」
「喧嘩なら買うぞ?今なら爆買いだ」
どっちにしろ俺が妥協されてるじゃねぇか。ちなみに『枯れた俺とアタオカお姫様~国民的アイドルがフラれていたので慰めたら、友人から始めることになりました~』はめっちゃ面白かったです。『魚屋通いの猫』さんに大感謝です。
「それにしても……」
気になるのは灰銀の見た目だ。今日は銀髪をツーサイドアップにしている。ツインテールとの違いはよく分からんが、クラスの男子たちが騒いでいたからそうなのだろう。有識者っぽかったし間違いない。
「およ?どうかしたかい?」
この連絡路を抜ければ、『精神高揚部』の部室だ。このまま下駄箱に直行したいが、冬歩には俺の家はバレてるし、逃げても捕まる。どうせ嫌なことがあるなら、灰銀がいた方がいいだろう。少なくとも昨日できた知り合いの前で暴れるなんてことはないはずだ。うん、ないといいな。
「め、瑪瑙君。女の子をあんまりじっと見るもんじゃねぇぜ?」
「あ、ごめん」
最悪、灰銀を人柱にして逃げようと考えていたら、ボーっとしてしまった。反省だ。
「分かるぜ。瑪瑙君。君の気持ちは」
「え?」
まさか、俺が嫌でここまで来ていることを悟ってくれたのか。もし、そうだとしたら良い奴過ぎる。灰銀の株はようやくストップ安から抜け出せるかもしれない。
「私のツインテールに見惚れてたんだろ?」
「灰銀ショックです。株価は暴落しました」
「どういう意味じゃ!?」
良かった。灰銀のヒドインぶりを見て少しだけ和んだ。後、男子たちよ。灰銀の髪型はツインテールらしいです。
ギャーギャー喚く灰銀をなだめていたら、『精神高揚部』の部室が見えた。嫌な用事はさっさと終わらせるに限る。ただし、命の危険があると思った時は速やかに逃げようと思う。
とりあえず怖いのは、ドアを開けた途端にナイフを落とされることだ。
俺は恐る恐る扉を開けた。
「あら、遅かったじゃない」
「あ、ああ」
冬歩は昨日の定位置でノートパソコンを開いていた。執筆でもしているのだろう。
とりあえず罠はなかった。すぐに俺を殺す意思はないようで一安心だ。
「やっほー、冬歩ちゃん!昨日の告白はうまくいったのかな?」
ピシッ
いきなり地雷原を踏みぬきやがったよ、このダメドル。そういえば、結果について何も教えていなかった。これは完全に俺の落ち度だ。
「え、あ」
冬歩の雰囲気を察して自分がやらかしたことに気が付いたらしい。もう遅いよ。
「だ、大丈夫だよ!フラれちゃったのだって、瑪瑙君が悪いんだよ。冬歩ちゃんを放っておいて、別の女を応援するとか死刑だよね。全くもう」
「もう静かにしてくれ!これやるから黙ってろ!」
「ぐも!?」
俺は昼に購買で購入したあんパンを灰銀の口に突っ込む。帰ってからのお楽しみと取っておいたが、これ以上、この女に喋らせるわけにはいかない。
「言いたいことはそれだけかしら?」
冬歩から殺気が発せられてゆらりと立ち上がった。俺は恐怖ですぐに戦線離脱の準備をする。
そんな俺を見た冬歩は一度ため息をつくと座った。
「とりあえず座りなさい。呼び出したのは私の方だもの」
「あ、ああ」
言われるがまま、椅子に座る。冬歩はノートパソコンを開いて、光速のブラインドタッチを再開した。
なぜだろう。この音が今はとても怖い。死刑前の鐘みたいだ。このまま黙ったままなのは俺の精神衛生上良くない。一応、気になることもあったし、聞いておこう。
「その様子だと小説はやめないのか……?」
「ええ。むしろ書きたいアイデアが溢れて止まらないわ。これを言語化しないと気持ち悪くて仕方がないのよ」
「そうか……」
ひとまず『魚屋通いの猫』さんが引退しなくてよかった。一ファンとしてはそれが気が気でなかった。
「タイトルはそうね、『年下彼女にフラれた俺は美人ラノベ作家の義妹にダメ人間にされる』かしらね」
コメントしづれぇ……
というか、叶も参戦か。本人が見たら大喧嘩になりそうだから、絶対に見せられない。書籍化しないことを切に願う。
「その同情するような視線をやめてもらえるかしら?気味が悪いわ」
「あ、ああ。悪い」
「そもそも、私はフラれてないわ。そこを勘違いしないでくれるかしら?」
そんな禍々しい小説を書いておいて何を言ってるんだ……
まぁこういう時は吐き出させるのが大事か。
「というよりも私が舞い上がりすぎたのがいけないの。まずは交際宣言をするべきだったわ。結婚指輪なんて見せられても重くて引いちゃうでしょう?」
「まぁ確かに」
昨日、十年間も一緒に居るんだから実質同棲でしょ?みたいなことを言ってたと思うが口にはしない。
「兄さんは今、冷静じゃないのよ。また日を改めて、告白するわ」
「それもいいかもな」
いきなりプロポーズされたら確かに混乱する。それならハードルを下げるというのはいいことだ。ただ、前提として、彼女がいるということを忘れないでほしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます