第28話
夕食を食った後、部屋でのんびりしていたら、LINEにメッセージが入っていた。
春樹『悪い、今から会えるか?』
俺『はいよ。いつもの公園でいいよな?』
春樹『すまん』
こうなることは予想できていた。出かけてくる旨を家族に説明して、夜の街中を走っていった。
◇
近所の公園にはそれなりの遊具が揃っている。昨今は危険な遊具が撤去される傾向にあるが、そんな時代に取り残されて遊具のバリエーションは多い。
サッカーのゴールもあるから、近所のサッカー好きの奴らが集まることが多かった。
ブランコに座っている春樹を見つけた。物憂げな表情をして揺られていたが、俺を見ると、弱々しい表情で手を振ってきた。
「悪いな、瑪瑙」
「全くだ。それで、何の用だ?」
「……冬歩にプロポーズされた。家族の前で」
事前に言われていたし、何も驚きはない。むしろ、それ以外のことを言われていたらズッコケていた。
「それで?」
「彼女がいるって言って断った。当たり前だろ?」
「そうか」
まぁそうだよな。
「……驚いてないのを見ると、瑪瑙は知ってたんだよな?その、冬歩が俺のことを、兄妹としてではなく、異性として好きだってことを」
「まぁな」
春樹は手で顔を覆った。
「なんだよ、俺。めっちゃ馬鹿みたいじゃん。冬歩は瑪瑙のことが好きなのとばかり……」
「だから、勘違いだって、何度も説明したろ?俺は百歩譲っていいけど、そうやってずっと勘違いされてきた冬歩に少しだけ同情するよ。少しだけどな」
「そうだよな……」
ここまで反省してる春樹を見ると、これ以上責めることはできない。ただ、それでも冬歩の気持ちを考えると、責めたくもなる。
「甘音から聞いたけど、瑪瑙は俺と甘音をくっつけるために頑張ってくれたんだろ?」
甘音というのは、叶甘音のことだ。サッカー部の一年生マネージャー。教室に春樹を呼びにきた子だ。
「俺は親友として知ってる春樹の情報を伝えただけで、春樹を惚れさせたのは叶さんが頑張ったからだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「……冬歩の気持ちは知ってて、甘音を手伝ったんだよな?」
「……当たり前だろ?」
その質問には俺もイラついた。声に棘が含まれてしまった。
「そうだよな。今の質問は、俺が悪かった」
一か月ほど前、俺の元に知らない後輩が来たから驚いた。春樹はモテるから、俺には春樹の親友という立場を利用したくて近づいてくる人間がいる。叶もその一人だと思っていたが、軽そうな見た目に反して予想以上にガッツがあった。だから、少しだけ手伝ったというだけだ。
「なんだよ、春樹。まさか、叶さんと付き合ったことを後悔してるとかじゃないよな?」
「それこそまさかだろ。あんないい娘、他にいねぇよ。今も、めっちゃ助けられてる」
ナチュラルに惚気てきやがった。まぁそのぐらいでいい。それでこそ俺も春樹の情報を売った甲斐がある。
「冬歩に大事な話があるって言われてたから部活が終わったらすぐに家に帰ったんだ。そしたら、リビングに家族全員が揃っててな。そんで重々しい雰囲気の中で、いきなり告白された」
「そうか」
「最初、何をされてるのか分からなかった。冗談だと思ってたらな、婚約指輪まで出されたよ。そこでようやく本気だってわかったよ」
鈍感王にはそれくらいやらなければ分からないだろう。冬歩もそのあたりは織り込み済みだったと思う。
「断るのが本気で申し訳なかったよ……マジで」
「春樹……」
春樹が下を向きながらブランコを揺らし始めた。
「冬歩はさ、めっちゃいい子だろ?誰にでも優しいし、わがままも言わないし。一人っ子だった俺には最高の妹ができたって喜んださ」
「……そうだな」
冬歩は基本的に春樹の前では猫を被ってるから、そう見えるのだろう。色々暴露してやりたいが、ぐっとこらえた。
「俺が断った時さ、冬歩が初めて泣きながら我儘を言って来たんだ。『私と一緒に居てよ!』ってな」
その光景は簡単に思い浮かぶ。冬歩はそれだけ春樹が好きだった。
「なぁ……俺はどうしたらいいんだ?」
縋るような思いで俺を見てきた。今回の問題について俺がでしゃばることはできない。これは冬歩と春樹の心の問題だ。
そもそも、春樹が冬歩を妹としてしか見ていないことなんて俺は知っていた。仮に春樹が独り身だったとしても、断っただろう。
ただ、春樹は性格が良すぎる。自分のせいで泣いている妹を放っとけないのだ。だからこそ俺は言わなければならない。恨まれたとしてもだ。
「春樹がやれることなんて一つもねぇよ」
「え?」
呆けている春樹に俺は正論を繰り出す。
「じゃあ、お前は何を言うんだ?『冬歩のことは妹としか見てないけど、元気出せ』ってか?それこそ冬歩が惨めで仕方がねぇよ」
反論は許さない。俺はそのまま続ける。
「それにその態度は叶さんに失礼だ。彼女がいるって断ったんだったら、冬歩の前であったとしても、堂々とイチャついてればいいんだよ。泣かれたとしてもな」
「鬼畜すぎるだろ……」
「さっきも言ったろ?お前にやれることは一つもねぇって話だ。分かったか?分かったらおしまいだ」
俺は無理やり話を終わらせる。これ以上話を長引かせる意味もない。春樹は前だけ見ていればいい。お前に期待している人間はたくさんいるんだ。俺も含めてな。
「分かったよ……いつも悪いな」
「全くだ。これを借りだと思うなら、俺をサッカー部に誘うのはやめろよな?」
「ごめん、それは無理」
「なんでやねん」
俺の勧誘なんてする暇があるなら、部活の後輩を鍛えてやれよ……
多少は元気も出たようだし、帰るかな。夕飯後だし、流石にサッカーをするのはしんどい。
「それじゃあ俺は帰るわ」
「ああ、悪いな。また、学校で」
春樹に見送られながら、俺は家路につこうとした。
「なぁ、瑪瑙!」
「ん?」
春樹に呼ばれて振り返る。
「冬歩を頼んだ」
「……分かってるよ」
気は進まないけどな。
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