第13話
「醜態を晒したぜ……」
灰銀は鼻水を啜りながら袖でごしごしと顔を拭く。いつもの調子を取り戻したようで何よりだ。
「誰だって泣きたくなることくらいある。気にすんなって」
女子力皆無な灰銀に俺のハンカチを渡すと、
「悪いな、ブラザー。これは『借り』だぜ?」
「借りる側が言うんかよ」
普通は貸してる俺が言うべきセリフだろうに。まぁ別に『貸し』にするつもりもない。灰銀のいつもの悪ノリだろう。
イートインスペースで泣いていた灰銀が目立ってしまったので、千寿パークの外の公園のベンチまで連れて来た。その移動中ずっと泣いていたので、あらゆる好奇の視線を受け続けた。ストーカーの手伝いをしにきただけなのに、とてつもない仕打ちだ。
まぁそんなことを愚痴っていても仕方ない。
それにしても━━━
「ん、どうかした?私をジッと見て」
「いや、なにも」
灰銀はTier4の地味子を解除した。丸眼鏡を外して、三つ編みにした髪も解けている。つまり、黒髪以外はすべていつもの灰銀に戻っていた。さっきまで地味子な灰銀と接してきていたので、俺は『ギャップ萌え』を感じてしまっている。
悔しすぎる。これはノーカンだよな?
「何か飲み物奢るよ。何がいい?」
「お~気が利くね」
そりゃあそうだ。
「負けヒドインには優しくするように育てられてきたからな」
「……誰が負けヒロインだ」
やっべ。つい本音が漏れた。正確には『負けヒ
「…君の私に対する認識を改めないといけないようだね……コーヒーブラックだ。一番苦いやつを買ってこい。いや買ってください……!」
「はいよ」
頼む側だと気付いて訂正するのは俺的に好感度が高い。間違いを認められるのは大事なことだ。おかげでジュースを奢るのに悪い気分はしない。
それにしても、灰銀はなぜ挑戦的な表情で俺にブラックを頼んだんだ?さっきの牛丼テロを見る限り、灰銀は超甘党だ。
もしかして、ブラックを飲めれば、俺が灰銀を大人の女と勘違いすると思っているのか。だとしたら、浅はかすぎるぞ……?
「一応、二つ買っておくか……」
予定外の出費だが、一番甘いやつも一緒に買っておこう。傷心中の女の子には優しくしておけと琥珀が言っていた。「傷心中ならイケメンの春樹先輩に慰めてもらいたいけどね」と言っていたような気もするけど気のせいだ。俺の記憶違いだろう。
おのれイケメンめ。
「綺麗なお姉~さん発見!」
「ん?」
無駄に響く声が灰銀の方から聞こえた。ベンチを見ると、灰銀がガラの悪い男たちに囲まれていた。
「お姉さん、綺麗だね。これから遊びに行かない」
確かに今の灰銀はアイドルオーラを垂れ流しにしている。ちょっと目を離した隙にナンパされるなんて、流石だな。
「興味ないです」
「ちょっと遊ぶだけだからさ。あ、金なら俺らが出すよ?」
「いえ、お構いなく」
「奢るって言ってるんだから、気にしなくていいよ?甲斐性はあるからさ」
「どうでもいいです」
「それじゃあ、お姉さんの好きなことしようぜ。何かしたいことある?」
「ないです」
誰だ、あの女……?
俺と話す時は十中八九ふざけるのに、そんな素振りを全く見せない。まさに氷の女王。俺との会話でもぜひ採用していただきたい。
それにしても灰銀は冷静だなぁ。
あの見た目だ。ナンパ馴れしているのだろう。これくらいなら、一人でもあしらえそうだし、ゆっくり戻ることにしたが、チャラ男の空気感が変わった。
「お姉さんの好きなことを一緒にしてあげるって言ってるんだよ?流石にその態度はなくね?」
「え、あの……」
さっきまで強気だった灰銀の態度が若干軟化した。
「少しでも、罪悪感があるなら俺たちに付き合うべきでしょ?誘う方だってキツいんだぜ?」
「いや、でも……」
雲行きが怪しくなってきた。恩着せがましい男たちを一笑に付すことはできるが、灰銀は女で、複数の男に囲まれている。俺は小走りにギアを上げた。
「ああ!面倒くせぇな!さっさとついて来いよ!」
それは恫喝だぞ?
「……はい。でも」
「マジ!?やった。それじゃあ行こうぜ。あそこに車を停めてあるんだわ」
「え?ちょ、いや……!」
灰銀が腕を掴まれていた。
え~と、嫌がる灰銀の腕を掴んで無理やり車に連れて行こうとしている。周りを確認しても誰もいない。
つまり、殺るにはいい日だってことだ。
「あの~」
「は?なんだよ……グへ!?」
灰銀の腕を掴んだ男の腹に蹴りを入れた。ボンボンと地面をバウンドして、ぴくぴくと地面で痙攣している。
「刑法999条に、『女の子に暴行を加えようとする男は死刑にして良し』……と書いてあった気がするから、合法だな。うん」
つまり、暴力を振ったとしても、俺が捕まることはない。俺の明晰な頭脳がありもしない条文を作った。
「ネム……レス君?」
灰銀が瞳に涙を浮かべながら俺を見上げた。
NTRの現場を見て傷心中の灰銀にこの仕打ちはない。冷静だったつもりだが、結構俺もキレていたらしい。
「悪いな。助けに来るのが遅れた」
男たちを横目で見ると、ぶっ飛ばした男の元に駆け寄っていた。
「マサ君!?」「駄目だ気絶してるぜ?」「なんだよ、あのバケモノ!?」「マサ君を一撃で倒せるなんて……」
一瞬、俺を見た時、チャラ男たちの瞳は恐怖で支配されていた。そして、気絶した奴をすぐに車に詰め込んで、逃げ出した。
なんだ、反撃されると思ったけど、令和のチャラ男は弱いんだな。
捨てセリフすら吐かないで逃げ出したのを見て、少しだけガッカリした。
まぁ無傷で終われたし、よしとするか。
━━━
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