クエーサー

山野誠

1.これが僕の日常であり生きがい

 世界は少しだけ面白くて、それを理解できる自分も少しだけ面白いから、とことん追求するのだ。そうすると目新しさはなくなって、飽きる。それの繰り返し。全てに満足してしまったら生きる意味はないのかもしれない。だから探し続ける。あんなものに辿り着くとは思ってなかったけど。



「ねえ。これって面白いの?」

「僕は好きかな。少なくとも世間では市民権を獲得している娯楽だと思うよ」


 神経衰弱はメジャーなカードゲームのシステムと言えるだろう。僕は勉強机に広げたカードを凝視しながら、常広と向かい合って座っている。現在中盤戦、見えるのは全て同じ図柄の紙切れなのだが、それでも凝視する必要があるのは、僕が該当のカードを眺めていないと位置関係があやふやになってしまうレベルの記憶力の持ち主だからである。彼は違うみたいだけど。


「そうなんだ。めくったよ。はい、なーすけの番」


 数戦交えて分かったこと。相手は一般的な神経衰弱の攻略法は使ってこない。最初は適当にめくり、ターンが経過してペアが揃いそうなら積極的に狙っていき、どんどん潰して記憶容量をその都度空けていく。これが僕の考える普通の戦法だ。しかしながら彼は序盤のインプットを中盤まで行っており、揃えたペアはなし。つまり、ある一定のところまで数字を把握してから、終盤一ターンで全てめくって見せようという魂胆である。片手で数えられる程度のペアしか覚えられない僕では、理解はできても参考にはならない。理論上は可能です、というやつだ。


「えーと、まずこれで、あ、違う一個となりじゃん。じゃあ一か八か」


 順当に外れる。この枚数では適当にめくった二枚のカードが同じ数字である可能性は低い。


「初出のカードが二枚ね。次のターンそこ見ようと思ってたんだー。手間が省けたよ」

「結果的に常広が二回見たのと同じだな」

「そうだね。おかげで勝ちが確定した」


 その生物学的男としては白く細い両手で機械的に二枚ずつカードをめくっていき、数十枚残っていたはずの同じ図柄は気付けばきれいさっぱり裏返しになっていた。


「なーすけが面白い戦法を使っていたから、少し危なかったよー」


 ゲーム中の真剣な表情からは想像もできない、その異質な発言が霞むほどに無邪気な笑顔だ。


「この組数全部当てられたら勝ち目はないと思うけどな」


 僕は限界に近い集中力を使用した精神的疲労から、指を組んだ両手を天に掲げ、解放した。


「そっちの確率が上振れれば分からなかったよー。それでいえば自分の最後の二組が当たったのはラッキーだね。把握していない部分だから完全に運次第ってところだったけど、三分の一を引き当てたわけだ。まあそこは外れても勝てる算段ではあったけどね」


 この野郎。戦いの中で余興を作る余裕があったみたいだ。危なかったっていうのも縛りプレイだからではないか。もちろん前々から、なんなら初めて話したときから分かっていたが、僕とは脳の作りが違いすぎる。本来なら遠いという感情しか湧いてこないのだが、僕は一丁前に劣等感を抱いている。二人とも異端ではあるが天才は一人だからだ。それが彼との関わりが続いている一つの要因でもあるのだが。


「それで、その余興の意味は?」

「この確率ゲームに対するアンチテーゼだよ。普通に戦えば運に依存しないと勝てないからね。まあ今回は特殊な戦法をとられていたからあまり意味がないかも」


 相変わらず満足げに語るな。もはや何が普通でなにが普通でないかなんてこの男と関わっていてはどうでもよくなってくる。結局普通というのはある事柄に対する個人の価値観なのであって、必ずしも正解ではない。しかし、多数派を基準に世界が回っているから、それがマナーとか倫理観とかいうものになるわけだ。世の商品は大体右利き用に作られているのも似たような話である。反対に少数派は不遇だと思う。多数派からは理解されない。そして自分が理解できないものに触れたいと思う人間は少数派だから結局はまとめて変な人として扱われる。僕のようにそれが理解できていればいいのだ。普通を理解した上で異端であるから擬態ができる。そうでなければ辛い。もしくはそれを知らない。


「それにしても分からないなあ。何が面白いのこれー。百パーセント運のゲームじゃゲームとして成り立ってない気がする。実力が絡まないからね。うーん、やっぱこういうのが理解できない自分って頭が悪いのかなあ」


 彼はそれを知らない。断じて頭が悪いわけではない。ただ、無知なのだ。


「常広の言う百パーセント運っていうのは全てのカードを記憶できるという前提があった上での話だろう?大多数の人はそれほど覚えていられないから、僕と同じような戦法をとるんだよ。もちろん運ゲーの要素もあるけど、記憶力のゲームという側面が強いかな。そして、運が絡むゲームは実力で差がつきにくいから誰とでも対戦できる」

「あーそういうことかー。理解はできるけど納得はできないかな。それにしても、今日のはこの前やった将棋とは全然違う遊びだねー。自分にはあっちのほうが合ってるよ」


 将棋のときは今日以上に酷かった。まさかルール説明の一戦目で負けるなんて思ってもみなかったし、二戦目は教えてもないのに定跡とほぼ同じ動きをしていた。角換わりしか覚えていない僕じゃ相手になるわけがなかったのだ。興味がありそうだから奨励会と棋士編入試験の話をしてみたが、縛りの中に身を投じたくないという。その点に関しては僕も同意する。常広は縛りを使用、もしくは構築がしたい。僕は縛りなんかくそくらえ、だ。だから何かを強要されることを心底嫌っている。


「ま、今回ははずれだな。そもそもこれは複数人で一喜一憂するゲームだから、二人じゃ面白さを全て引き出せない。明日は二人が前提の、そうだな、スピードでもやろう」

「複数人前提のゲームを複数人でやればいいんじゃないの?」

「常広は一人でもこの場に誰かを招けるのか?」

「うーん現実的ではないかな」

「僕も同じだ」


 確かに遊びに誘えば来てくれそうな友人は少数いる。だが常広の名前を出した時点で全員微妙な顔をするだろう。そして全校生徒に範囲を広げれば一部の物好きと校内で悪名高い常広を知らない無知、つまり変人は来てくれるだろうが、それでも半時も経たずに帰るだろう。事実、この二年間で僕が介入せずとも複数人が無意識の返り討ちに遭っている。


「なーすけのおかげで大分世界が分かってきたけど、それ以上に分からないことが増えてねー、特に人間が群れることに関しては理解が及ばないよ。思想の押し付け合いなんかを見ると吐き気がするね」


 常広はカードを集めながら疑問を話す。


「そうだなあ、これは僕の考えだから客観的事実ではないけど、世の中の大多数は他人に期待してるんじゃないかな。だから相手が自分にとって正しいと思う道に進んでほしくてアドバイスをする。逆もしかりだ。そしてそれが双方向に向くと思想の押し付け合い、所謂口論になる」


 僕にもあまり納得できない考え方である。


「じゃあなーすけは自分に期待してるの?」


 素朴な疑問、という感じだ。


「常広の事?自分って一人称、たまに分かりにくいな。うーん期待はしてないよ。言語化している部分じゃないから曖昧だけど、絡み合った複雑な感情なんだろうな」


 多分例外的な感情を抱いている。それを言語化すると自分の理論が崩れる気がするから、曖昧にしているのだ。


「そうなんだ。本人が言語化できない事象を言語化できるわけないけど、少なくとも期待は感じないなー。なーすけがやっているのは押しつけじゃなくて提示だからね。群れる理由も少し分かったよ。自分の思考に近しい人間同士で固まっているわけだねー。それなら尚更群れる意味が理解できないけど」


 常広が言いたいのは、同じ考え同士で集まっても発展性がないから一人でいるのと変わらない、ということだ。


「自分と同じ考えを共有することで自分は正しい、っていうのを強調したいんだと思う。僕は好きだなあ共感。まあ正当化じゃなくて思想の放出としてだけど。」

「やっぱり面白いなー、なーすけが芸術分野に強いのはそういう考え方があるからこそなんだろうなー」

「そこまで分かるなら常広はバカじゃないよ」


 話がある程度まとまったところで、空間を破壊する音が聞こえた。


「おーい、お二人さん。そろそろ下校時間だよ」


 変人がいる教室に人が寄り付くことはほとんどないが、唯一完全下校時間前に先生が訪ねてくる。気づけば外はすっかり漆黒に染まっていて、時間の経過を一遍に感じた。

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