わたしは逃亡者
北前 憂
第0話
目を覚ますと、自分の部屋ではなかった。
そうか、ゆうべは隣人の部屋で飲んでそのまま寝てしまったのか。
部屋を見回すと、ここの主、おじさんもまだ寝てるようだ。
昨日はだいぶ深酒してしまったからな。
今何時だろう、とボクは薄暗い部屋の中を手探りする。
ベチャっと冷たいものが手に触れた。
いけね。何かこぼしたのか。酒かなビールかなと、匂いをかごうと手を鼻に近づける。
鉄のような匂い?なんの液体だろう。
まだボーっとしながら、電気のスイッチを探す。同じ作りのアパートだからそれはすぐに見つかった。
電気が灯った瞬間、ボクは大声を上げた。
寝ている隣人の頭部から床にかけて、おびただしい量の真っ赤な液体が流れている。
さっき手に触れた何かを確かめぎょっとした。
ベチャっとした液体は、彼の血だったのだ。
「ひいっ」と声を上げて、流し台で必死に手を洗い流す。
どうなってるのか、何が起こったのか分から
ない。
彼は死んでいるのかも知れないが、そこに近づく勇気は無かった。
おそらく死体だ。そのすぐ傍らにゴルフクラ
ブが落ちている。これで殴られたのか。
触って確かめるまでもなく、それはボクの物だと分かった。この隣人はゴルフはしない。それに……。
うっすらと記憶が蘇ってくる。
ゴルフの話になり、彼も昔はよくコースを廻ったと話していた。そこでボクは自分の部屋から安物のゴルフセットを持って来たんだ。
クラブをみて「安モンだ」と最初はケチをつけられたが、いい道具を使えば上手になる訳じゃない。とにかく打ち込んで自分のクセを理解して、変えるべき所を変える事が大事だ、と話していた気がする。
それから、それからどうだった?
二人ともかなり飲んでいた。説教されたり愚痴をこぼされるのは慣れていた。
でも、とっても許せない言葉を聞いたような気もする。
それでボクは。ボクが…殴ったのだろうか。
飲みすぎて記憶を失くすことはあった。だから妻にも厳重に管理されていたのだ。
この初めての土地で単身赴任するまでは。
ボクは呆然として、何をどうすればいいのか分からないまま、フラフラと玄関に向かって外に出た。
カーテンが締め切ってあったんだろう。外はまだ、少し明るかった。
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