虹の向こうにあなたがいる

広之新

第1話 社長令嬢

 まぶしいばかりに当てられたライトが舞台を照らし出した。そこに最新ファッションを身に着けた華麗なモデルたちが観客にアピールしていた。ビートに乗った音楽が響き渡り、色とりどりの花のような衣装が舞う、この華やかな会場は熱気に包まれていた。


「さあ、最後の締めくくりはこのショーを企画したSARAブランドのプロデューサー、斉藤沙羅さんです!」


 MCの声が響き渡った。その舞台袖にショーをずっと凝視していた彼女がいた。


「ああ、緊張で心臓が飛び出そう・・・」


 彼女はそうつぶやくと首に下げたペンダントを手に取った。その飾りの部分を触ると一粒のごく小さい種が出てきた。沙羅はそれをぐっと飲み込んだ。


「少し、落ち着いた。じゃあ、行くわね! お兄さん、見てて! 沙羅はやるわ!」


 沙羅は周囲のスタッフに声をかけてステージに出て行った。もう先ほどの緊張していた姿はない。彼女は堂々と観客の前に立った。スポットライトを浴びて浮かび上がったその姿は神々しく、美しくあった。


「すばらしい!」

「ブラボー!」


 歓声と大きな拍手が沸き起こった。それに彼女はこぼれんばかりの笑顔を向けて、両手を振って答えた。ステージを照らすライトが交差し、背景のガラスに反射してステージを虹色に染めていた。


「皆さま。今日はようこそ・・・」


 会場に沙羅の声が響き渡った。カメラマンはフラッシュをたいて、観客はその姿を目に焼き付けていた。



 SARAブランドのファッションショーは大成功で幕を閉じた。沙羅は多くのスタッフに温かく迎えられた。そしてその奥にもう一人、彼女を待つ者がいた。それはバラの大きな花束を持ち、やさしく微笑みかけている30前の男性だった。


「沙羅さん! おめでとう! 素晴らしかったよ!」

「ありがとう! 雄一さん!」


 沙羅は花束を受け取った。


「お祝いをしたいな!」

「ええ、いいわよ!」

「じゃあ、いつもところで。待っているよ」


 雄一はそう言ってまた微笑むと、沙羅に手を振って出て行った。


 ◇


 その夜、斉藤家ではホームパーティーが開かれていた。そこは高級住宅地の高台にあり、ひときわ立派な洋館で真っ白な壁が人目を惹いていた。その豪邸に関係者はじめ、多くの人たちが集まっていた。

 その多くの客を前にして株式会社サイホーの社長、斉藤宗吾は壇上に立って来客にあいさつしていた。


「この斎藤縫製会社を創業して30年、会社名をサイホーと変え、アパレルメーカーとしてSARAブランドを生み出しました。この成功は・・・」


 最前列には妻の斎藤祥子、副社長で義弟の露山勝次、そして専務の山中信二も並んでいた。


 あいさつが終わり、演壇から降りてきた宗吾に山中がすぐにお祝いを述べた。


「社長、ご成功、おめでとうございます!」


「ああ、沙羅はよくやった。これでわが社は一大アパレルメーカーとして前に進める」

「ええ。市場を席巻して、後は世界ですよ!」


 山中は興奮していた。創業時から苦楽を共にしている彼にとって自分のことのようにうれしかった。続いて勝次が宗吾に声をかけた。


「社長。よかったですね。ステージを拝見していました。素晴らしかったです」

「勝次もステージを見てくれたか! どうだ! あの盛況ぶりを。これでSARAブランドは成功する。わが社は安泰だ」

「それはよろしいようで・・・」


 勝次は笑顔だった。だがそれは不自然な作り笑いだった。彼はそれだけ言ってすぐに会場を後にした。


 本来ならこの後、SARAブランドの責任者の沙羅があいさつするはずなのだが・・・宗吾は辺りを見渡して祥子に尋ねた。


「ところで沙羅は? 皆さんにあいさつしないと・・・」


 その場に沙羅はいなかった。


「雄一さんと約束があると言って・・・」

「今夜の主役というのに・・・」

「雄一さんはIT関係の仕事で忙しいし、あまり会えないようだから・・・」

「まあ、仕方がないな。でもこれからは会社の顔として、ゆくゆくは私の後を継いでもらわねばならないからな」

「あなた。あまり焚き付けないで。沙羅にもいろいろあるのだから」

「そうだったな」


 宗吾はため息をついた。


「雄一君には感謝しないとな。落ち込んでいた沙羅を元気にしてくれたのだから」


 ◇


 沙羅はホテルのラウンジで雄一と祝杯を挙げていた。


「おめでとう! 素晴らしいショーだった」

「ありがとう! これで自信がついた。もっともっとがんばるわ!」


 沙羅はカクテルを一口飲んだ。


「母はずっと家庭にいて会社の仕事はしなかった。私にもそうさせようと・・・。でも私は違うの。私は仕事をバリバリしたいと思うの」

「いいことだと思うよ。でもお母さんは家にいてお父さんをずっと支えていたんだよ。お母さんの料理はうまかったよ。」

「ただの家庭料理よ。小さい頃、私に教えようとしたけど逃げ出したのよ。ははは・・・」


 沙羅は笑ってカクテルを飲み干した。


「もう1杯、頼もう」

「いえ、いいの。もう帰るから」

「そう?」

「ええ。ちょっと明日、早紀と三下山に行く約束をしているの」

「明日なのかい?」


 雄一は少し驚いているようだった。


「ええ。兄に報告したい・・・そんなところかしら」

「そうか・・・それなら明日、山まで送ろう」

「え? いいの。仕事が忙しんじゃ・・・」

「大丈夫だ。じゃあ、明日・・・」

「家で待っている」


 沙羅は席を立ちあがって帰って行った。その後姿を見ながら雄一はスマホをチェックした。


「明日は・・・大丈夫だとは思うが・・・」


 彼はそうつぶやいて窓の外を眺めていた。


 ◇


 よく晴れた朝だった。洋館の前に一台の黒塗りの高級車が停まった。運転する雄一が待っているとしばらくして出てきた。


「お待たせしました」


 沙羅は助手席に乗り込んだ。そしてもう一人、後席に若い女性が乗り込んだ。沙羅の友人の早紀だった。


「お邪魔します」


 雄一が振り向いて頭を下げた。


「はじめまして。野村雄一です」

「なに言ってるの? 早紀は前にも会ったでしょう。忘れたの?」


 沙羅があきれて言った。


「そうだったかな? 忘れていたよ」

「いいんですよ。沙羅のことしか見えてないんでしょう?」


 早紀はそう言って笑った。


「そうかも。ははは」


 雄一が笑いながら車を走らせた。


「どうしても今日、登らないといけないのかい?」

「ええ。でもどうして?」

「いや、少し心配でね」

「大丈夫よ」

「コースから外れたらだめだよ。三下山でも危ないところはあるから」


 車は登山口に着いた。そのそばには山の管理事務所がある。沙羅と早紀は車を降りてリュックを背負った。


「ありがとう。帰ったら連絡するね」

「ああ。2人とも気を付けて」


 雄一はそう言って車を方向転換した。その時、沙羅には、フロントガラス越しに見える雄一が「虹が・・・」とつぶやいたように見えた。空を見上げて見てもそこに虹はない。


(何か言いたかったのかな?)


 沙羅が首をかしげていると、早紀が声をかけてきた。


「雄一さん。相変わらずいい人ね。」

「え、ええ・・・」


 沙羅は生返事をした。雄一がつぶやいた「虹」が気になっていたのだ。それに雄一の様子がいつもと違うような・・・。考えこんでいる沙羅だったが、早紀に腕を引っ張られてはっとした。


「さあ、行こう。絶景の山頂に!」

「ええ、そうね! 行こう!」


 沙羅は気がかりなことを忘れるかのように元気に歩き始めた。

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2024年11月30日 12:00
2024年12月1日 12:00
2024年12月2日 12:00

虹の向こうにあなたがいる 広之新 @hironosin

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