その木刀は世界を救う

矢口 みつぐ

二重の壁に守られた、2万人の住民が住む要塞都市。

その中心にある白銀に輝く巨大な城。

その王座の間。玉座の後ろの壁面に、一振りの木刀が飾られている。

国宝。その名は「洞爺湖」。

かつてこの国に降臨した転生者がその木刀を振るい、

魔王を倒したと伝えられている剣である。


王国内で木刀を手に数多くの伝説を残した転生者は、

後に「勇者」として語られることになる。

これはそんな異世界転生者の話━━━━━━━━。




202X年 東京。

年の瀬も近づいた雪が降る冬。

予約をしていた書店で新刊の異世界転生物の書籍を購入したサラリーマンの根津マチオは家路を急いでいた。

29歳未婚。彼女無し。実家暮らし。

最近は、異世界転生物のアニメや漫画、小説にはまっていた。


道には雪が積もりはじめている。

歩道橋を駆け上り、下り階段に足を掛けたところで、不意に雪に足を取られた。

「え?」

足が大きく跳ね上げられ、その直後、後頭部に鈍い痛みが数回走る。

・・・・・・

そして意識が遠のく。


「よう。マチオ。お土産だぞ。」

にこやかに微笑む老人。

「じいちゃん。おかえり~!」

じいちゃんは紙に包まれた長い物を手渡す。

オレはワクワクしながら包みをビリビリ破ると、中からお土産を取り出す。

木刀・・・?

現代において、お土産に木刀という選択肢は微妙以外の何物でもない。

オレは「洞爺湖」と焼き印がされた木刀を手に持ち、顔を引きつらせながら答えた。

「じいちゃん・・・あ、ありがとう・・・。」


これ走馬灯ってやつ?

あの木刀って、じいちゃんの仏壇の横で埃被ってるやつだよね。

なんでじいちゃんの事を思い出すの。


ここで意識がぷっつりと途切れた。


・・・・・

・・・・・

・・・・・


目が覚めると、雲一つない真っ青な空が目の前に広がっていた。

体をゆっくりと起こし周りを見渡すと、

それほど大きくない小川の傍にいることが分かった。

その周囲は森。

「ここ、何処・・・???」

買った書籍を早く読みたいがために、走って会社から帰る途中に、足を滑らせて歩道橋の階段から滑り落ちたまでは覚えているが、

周りの景色は、家の近所とは似ても似つかない、全く知らない風景であった。

しかもポカポカと暖かい。


「・・・これって、もしかして、異世界転生ってやつ・・・?」

マチオは頬を思いっきりつねる。

イテテテテテ。

異世界転生物の小説や漫画は好んで見ていたが、まさか自分が当事者になるとは。

今頃現世ではオレの葬式でもやってるのだろうか。

せめて買った本を読んでから死にたかった。


「ステータスオープン」

転生物でよくある、ステータスを確認する文言を口にした。

特に何も表示されない。が、

チリ。チリ。チリ・・・。

と頭の中でノイズのような音が鳴っているような気がする。

「まぁ、小説や漫画みたいにはいかないか。」

そうつぶやき、立ち上がろうとした時、目の前に文字が浮き出た。


初期設定完了


その文字はすぐに消え、表示が切り替わった。


「お。」


名前:マチオ

職業:農民

レベル:1

HP:10

MP:10

STR:5

DEX:5

SPD:3

魔法:なし

スキル:なし

武器:木の剣(攻撃力:1)

防具:布の服(防御力:1)

   布のズボン(防御力:1)

   布の靴(防御力:1)


「お。出た。

 でも、なんなんだ、このステータス。笑うしかないな。」

魔法無し。スキル無し。レベルは1。

ドラ〇エなら、街の周りでスライム狩りをしないといけない状態だ。

どうあがいても、転生して俺TUEEEEEEEEという感じではない。

え?木の剣?

マチオは足元を見ると、そこには1振りの木刀が転がっていた。

”洞爺湖”と焼き印がある。

「・・・じいちゃん・・・。」

マチオは木刀を手に取る。

少し、うるっときた。


木の剣(攻撃力:1)


・・・・・・・・・・・・

「じいちゃん・・・。くれるならもっといい物があっただろう?(泣)」


マチオは小川で自分を見てみた。

顔、髪型は生前と変わらないが、洋服は生前に着ていた背広ではなく、

ファンタジーの世界で農民が良く来ているような作業服のようなものを着ていた。


「ま。悩んでてもしょうがない。

 せっかく異世界に来れたんだから、楽しく生きるとしようか。


 とりあえず、人がいる所を探そう。」


マチオは唯一の持ち物である木刀を肩に担ぐと、小川の下流に向けて歩き始めた。

見たことがない色の鳥。

尻尾が2本あるリスの様な生き物。

何かよくわからない昆虫。

ここが異世界であることを実感させられた。

体感で小一時間程度小川に沿って歩くと、直径10m程の小さな泉に辿り着いた。

小川の水も綺麗であったが、泉は底から水が沸いており、

一層きれいな水をたたえていた。


喉が渇いていたマチオは、水を飲もうと泉に近づいた。

「おっと。」

小石に躓いたマチオは、思わず地面に両手を付いた。

手から離れた木刀がくるくると回転しながら、


ポチャ


と音を立てて泉の真ん中付近に落ちた。

「あ。」

木刀が泉の真ん中でプカプカと浮いている。


攻撃力:1の木刀には特に何の利用価値もなかったが、

前世から一緒に来た唯一の持ち物であることもあり、手放すのは心苦しいと思った。

しかも、じいちゃんの形見だし。

水が澄んでおり、深さは分からないが、中心部分はそれなりに深そうに見て取れた。


濡れるのは嫌であったが、意を決して、靴を脱ぎ、泉に足を踏み入れる。

想像以上に冷たい。

マチオは思わず身震いした。


その時、泉全体が明るく光り、木刀を中心に渦巻きが発生し、

木刀はクルクルと回転しながら、渦巻きに飲み込まれ視界から消えた。


「え~~」


より一層泉が明るく光り、マチオは思わず目を腕で隠す。

ゴゴゴゴゴゴ

泉から音がする。

マチオはゆっくりと腕を外すと、泉の中央に後光が差す金髪の白衣の女性が浮かんでいた。

絵画の中から出てきたような、天使のような美貌の女性である。


「こんにちわ。」

女性がにこやかにマチオに話しかける。


「こんにちわ。」

マチオも思わず挨拶を返す。


暫しの沈黙。2人の間に少々気まずい雰囲気の空気が流れる。


「あのー。」2人が同時に声を出す。

「あ、どうぞ。」マチオが手を差し出す。


「・・・えっとですね。私、女神です。」

神々しく後光が差す女性が言う。

「はぁ。」

女神って神様だよね。もっと堅苦しいもんじゃないの。とツッコミを入れたくなる気持ちを抑えて言葉を続けた。

「で、女神様がどうしてここに?」


「あのですね。実は転生してこちらの世界に来られた方には、

 私たちから高いステータスと特別なスキルとか魔法とかギフトを差し上げているん

 ですよね。」

「はぁ。」

女神が頭を掻きながら続ける。

「なんですが。あなたの場合、なんというか、ちょっと手違いがありまして、

 転生の受け入れ手続きをするときに、

 ギフトを差し上げることが漏れちゃってまして・・・。」

女神がてへぺろと笑う。

「で、すみませんが、今更ながらというか。何というか。。。」


あー。だから一般市民よりも弱そうなステータスだったんだ。

マチオは妙に納得した。


「なので、そんなあなたにギフトチャンスで~~~す!。」

そういうと、手のひらを上に両手を横に広げる。

両手が光ったかと思えば、光の中に剣が現れた。

右手に木刀・・・。

「のあっ?!」

女神の右手に木刀が現れると、女神は激しくバランスを崩し、ボチャンと横倒しに泉に落ちる。

一瞬、泉には静寂が戻るが、再びゴゴゴゴゴと音がし、泉から右手に木刀をしっかり持った女神がせり上がってくる。

右手がプルプルと振るえている。

「な、なんなんですか?この木の剣は。

 こんな重い木の剣は見たことも聞いたことないです・・・。」


・・・あれ?そんな重かったっけ?

普通の木刀の重さぐらいだと思うけど・・・


「ま、まぁいいでしょう。」

そう言うと、左手に黄金に輝く宝石がちりばめられた超が付くほど豪華な大剣が現れた。


「あなたが泉に落とした剣はどちらですかぁ?」


「木刀です。」

マチオは即答する。


「そんな正直者のあなたには、この黄金の剣を与えます。やったね!」

女神が黄金の剣をマチオに差し出す。


「いりません。」


「え?」


「木刀を返してください。」


「え?。

 ・・・・・・

 この黄金の剣は、あなたのステータスを大幅に向上させて、

 山をも切り裂き、魔法を全て弾き返す事ができる最強の剣ですよ?」


「木刀、大事なんで。木刀で。」


「いやいや。この剣をもし売るとしたら、

 国一つ軽く買えるくらい高いんですけど。」


「木刀で。じいちゃんの形見なんで。」


暫しの沈黙。2人の間に再度少々気まずい雰囲気の空気が流れる。


「黄金の剣なら、あなたの低いステータスを補完するに十分だと思ったのですけど。

 本当にいいんですか?」


「はい。木刀で。」


「はぁ。しょうがないですね・・・。

 では、せめてものお詫びに木刀に私の加護を付けておきます。

 黄金の剣には遠く及びませんが・・・。」

女神の手の上で木刀が七色に光り、それぞれの色が木刀に吸収された。

「はうっ!」

女神が何かしらダメージを受けてのけぞる。

「・・・何か、胸とお尻にぞわぞわとした感じが・・・。」

そして、光が収まっていき、いつもの木刀に戻った。


「・・・まぁ、いいでしょう。こちらを。」

女神が額の汗を拭いながらプルプルと震える右手に持った木刀を差し出す。

マチオは木刀を受け取り、女神に頭を下げた。


「あのぉ。女神様。」

「はい。なんでしょう?」

「なんで、オレ転生したんでしょうか?」

「う~ん。なんででしょう。

 転生者の選別は、創造神様・・・あ、私の上司ですね。がするんですが、

 私たち女神には全く理由を知らされないんですよね。

 なので。

 わかりません。」

女神がてへぺろと笑った。


「じゃあ、そろそろお時間ですので。」

女神がそう言うと、女神の周りの光がより一層強くなり、

空に向かって光の帯が伸びた。

「機会があれば、またお会いしましょう。」

女神は手を振りながら光の中を少しずつ上昇していき、

やがてマチオから見えなくなった。

そして泉から光が消え、先程までの静かな泉に戻った。


「ステータスオープン」


名前:マチオ

職業:農民

レベル:1

HP:10

MP:10

STR:5

DEX:5

SPD:3

魔法:なし

スキル:なし

武器:木の剣(攻撃力:1+※▼☆)

防具:布の服(防御力:1)

   布のズボン(防御力:1)

   布の靴(防御力:1)


残念女神様。なんか表示がバグってるんですけど(泣)。

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