第28話 ゲームは現実より奇なり

 フェリックスは一人、生徒指導室でミランダとリドリーを待っていた。

 コンコン。


「ミランダさん!!」


 ドアを開けると、元気のない表情のミランダ、彼女の背後にピタリとついているリドリーがいた。


「フェリックス先生……」


 ミランダはフェリックスの顔をみるなり、震える声で呼ぶ。

 丹精な顔が歪み、瞳には涙が溜まっている。


「フェリックス君、部屋に入れてください」

「はい。どうぞ」


 悲しむミランダを抱きしめて慰めてあげたい。

 フェリックスはそのような衝動にかられ、ミランダの腰に手を回すも、リドリーの声で我に返る。

 フェリックスは二人を生徒指導室に入れる。

 ぽすっ。

 部屋に入った途端、フェリックスはミランダに、抱きつかれる。


「わたくし、五葉のクローバーなんて……、知りません!!」


 ミランダの両腕はフェリックスの腰に回され、離れたくないという意思を感じた。

 ミランダの身体が小刻みに震えている。

 きっと、ミランダは身に覚えの無いことをアルフォンスや教頭、校長に何度もしつこく聞かれ、辛い思いをした。

 フェリックスも彼らと同じことをするのかと、怯えているのだ。


「大丈夫です。僕はミランダさんを問い詰めたりしません」


 そう思ったフェリックスはミランダの頭を撫で、ゆっくり優しく話しかける。


「フェリックス先生は、わたくしのこと……、信じてくださいますか?」

「ええ。僕はミランダさんを信じます」

「うっ、うえっ」


 フェリックスの一言で、感情の糸が切れたのか、ミランダはフェリックスの胸で大泣きした。

 フェリックスはリドリーの顔色を伺いながら、ミランダの背をポンポンと叩く。

 リドリーはそっぽ向いており、ミランダが泣き止むまではよそ見をしてくれるようだ。


「ミランダさんは何も悪くありません。一週間、静かに過ごしていたらいつも通りの生活に戻りますからね」

「うっ、ぐすん……」

「リドリー先生の言うことを守って、大人しく過ごしてください」

「わたくしは――」

「僕はミランダさんの味方です。一人抱えて辛かったですね。辛かったこと、ここでいっぱい吐き出してください」

「う、うう……」


 ミランダの身体の震えが止まった。

 嗚咽が混じった鳴き声が止まり、鼻をすする音が聞こえる。

 フェリックスがミランダとの抱擁を解くと、彼女は目を腫らし、完全無欠の美少女とはかけ離れた顔をしていた。


「こちらで涙と鼻水を拭ってください」


 フェリックスはポケットからハンカチを取り出し、ミランダに渡す。

 ミランダはそれを受け取り、涙をゴシゴシと拭いたあと、ちーんと鼻水をかんだ。


「こちらのハンカチ……、洗ってお返しいたします」


 ミランダはボソッとフェリックスに呟いた。

 令嬢らしくない仕草をフェリックスに見られて、恥ずかしいのだろう。


「あーあ、先生と生徒の恋愛はご法度なのになあ〜」

「リドリー先輩!? こ、これは――」

「ふふっ、冗談ですよ!」


 フェリックスとミランダの様子を見ていたリドリーが、ドキッとさせるようなことを言う。

 リドリーの発言に戸惑うフェリックスだったが、彼女は白い歯を見せて笑い、冗談だと告げ、フェリックスを安堵させる。


「ミランダさんは不安定な状態で、" 偶然"目の前にフェリックス君いた……、ということにします!」


 リドリーは"偶然"を強調する。

 この件は他の教師たちに黙っておくという暗示だ。


「……ありがとうございます」


 フェリックスはリドリーの気遣いに礼を言う。


「さて、そろそろ時間ですね」

「まだわたくしは――」

「フェリックス君に甘えたい、ですか?」

「っ!!」


 リドリーは懐中時計のフタを開け、時間を確認する。

 そろそろ、約束の三十分が経つ。

 ミランダはリドリーに抗議するも、本心を突かれ、口をぱくぱくと動かしている。


「ですが、フェリックス君は人気者ですからねえ」

「わ、わたくし以外にフェリックス先生を――!?」

「属性魔法の授業準備とか、テスト問題の作成とか、頼むことがたーくさんあるんです!」

「……」


 リドリーは的が外れたことを言う。

 ミランダの気持ちは分かっていたが、彼女をからかいたかったのだろう。


「ですので、ミランダさんは部屋に帰りますよ!」


 リドリーはミランダの腕を引っ張り、フェリックスから引きはがす。


「フェリックス先生……、またお会いしましょう」

「うん。またね」


 フェリックスはミランダと別れた。

 ミランダはフェリックスとの別れを惜しんでおり、最後まで悲しそうな表情を浮かべていた。


(さてと、僕も社宅へ戻ろう)


 フェリックスは生徒指導室を施錠し、鍵を職員室へ戻す。

 そして、フェリックスは荷物を持って社宅へと帰った。



「やっぱり、クリスティーナに起こることだ」


 社宅へ帰ったフェリックスは、机の引き出しから夢日記を取り出し、今回の騒動について記述されているページを探した。

 夢日記の中では、騒動に巻き込まれるのはクリスティーナで、汚名返上のために攻略キャラと共に、五葉のクローバーの出所を調査するストーリーが展開されている。

 このイベントの時点で好感度が高いキャラが選ばれ、夢日記ではアルフォンスが登場していた。


(この事件の犯人は……)


 フェリックスはもう少し先を読む。

 クリスティーナのバックの中に五葉のクローバーを紛れ込ませたのは、悪役令嬢であるミランダだった。

 動機として、クリスティーナの素行を悪くし、退学に持ち込ませたかったと書いてある。

 五葉のクローバーはミランダの兄を利用して手に入れたとも。

 ちなみに、ミランダの兄はライサンダーといい、攻略対象キャラの一人である。

 攻略がとても難しく、攻略サイトでは、周回ボーナスありきでの攻略が推奨されていた。


(じゃあ、なんでミランダのバックに五葉のクローバーが入っていたの?)


 夢日記に描かれていた騒動を読み終えたフェリックスは、首をかしげる。


「おかしい……」


 ゲーム通りの展開になったなら、荷物検査の時にフェリックスがクリスティーナのバックから五葉のクローバーを抜き取れば解決したことである。

 なのに、現実はゲームと真逆の展開になっている。

 ゲームでは犯人のミランダが、現実では被害者になっているのだ。


(ミランダを恨んでいる人がいるってこと?)


 今回の犯人の動機がゲーム時のミランダと同じであれば、そうなる。

 優等生のミランダの素行を悪くしたい、そう考える生徒は多数いる。

 特に、三学年。進路がかかっているならなおさらだ。

 だが、五葉のクローバーを使ってまで、ミランダを蹴落とそうとするのは相当だ。

 限られてくるだろう。


「う~ん、僕、推理とかからきしだしなあ」


 現状のフェリックスでは、容疑者すら出てこない。

 もっと情報がいる。


 コンコン。


「だ、誰?」


 誰かが訪ねてくるのは珍しい。

 先ほど、授業の準備、テスト問題の作成を任せたいと言っていたリドリーだろうか。

 冗談だと思っていたが、本気でフェリックスにやらせるつもりか。

 フェリックスは仕事を任されると覚悟して、ドアを開ける。


「よう」

「アルフォンス先輩……」


 訪ねてきたのは意外にもアルフォンスだった。


「今度の休み、暇か?」

「はい。何も予定はないですが――」

「そうか……」


 アルフォンスは唐突にフェリックスの休日の予定を訊いてきた。

 正直に答えると、アルフォンスは顎に手を当て、少し考えるそぶりを見せた。


「なら、休日、俺の用事に付き合ってくれないか」

「へ?」


 突如、アルフォンスから誘いの言葉をかけられる。

 フェリックスは突然のことで、アルフォンスに聞き返してしまう。


「暇なんだろ?」

「い……、行かせていただきます」


 ぐいぐい迫られ、フェリックスは渋々アルフォンスの誘いを受け入れた。


「じゃあ、次の休日の朝九時、私服で社宅前、集合な」


 アルフォンスは時間と集合場所を告げ、フェリックスから去ってゆく。


(なんで、アルフォンスとのデートイベントが僕に発生するんだよ!!)


 フェリックスは心の中で、猛抗議した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る