第26話 学校に不要なものは没収です

月に一度の教職会議。


「――というわけで、今後も二年B組のクリスティーナ・ベルンの様子をみてゆこうと思います」


 フェリックスはこれまでの出来事を三分ほどにまとめ、教師陣に報告した。

 授業中、ミランダ・ソーンクラウンと決闘し、彼女の方針を変えたこと。

 ”透明”と判別されたクリスティーナがミランダと共に魔法の特訓をしたところ、四属性を操れる稀有な存在であることが判明したこと。

 クリスティーナはマインとの決闘で、透明とハンデがありながらも創造魔法を唱え、勝利したこと。

 それらから、クリスティーナには他の”透明”とは違う、魔法の才能があるとフェリックスは感じている。

 今後も副担任としてクリスティーナの様子をみてゆきたいと、締めくくる。


「うむ。フェリックス君の評価は皆に訊いておるぞ。順調のようじゃな。リドリーやアルフォンスを頼って、更なる成長をするとよい」

「ありがとうございます。校長」


 フェリックスの報告を訊いた校長の総評は良かった。

 期待されているのが分かる。

 この調子で頑張ろうとフェリックスは思った。



「さて、大事な話をしようかの」


 フェリックス、一、二、三学年という順で報告を終える。

 いつもであれば、これで教職会議が終わりなのだが、校長の話が続く。

 校長は杖を振り、教室の外に会話が漏れぬよう遮断する。


「えっ、こ、これは……」


 厳密な体制に、フェリックスは動揺する。


「生徒に漏れたくないような秘密の話ですね」


 リドリーがフェリックスに補足する。


「こういうときは――、大事件が起こるんですよ! 一体なんでしょうね〜」


 リドリーはワクワクした気持ちで校長の話を待っている。

 彼女がワクワクする時は、大体トラブルが起きる時だ。

 フェリックスは共に仕事をして、リドリーの性格を理解してきた。


「最近、生徒の間で”クローバー”が出回っておる。普通のものも問題じゃが……、五葉が出回っているようなのじゃ」

「な、なんと!!」


 校長の言葉で場の空気がざわつくのをフェリックスは感じた。

 ”五葉”という単語に、皆が反応している。

 トラブルを訊くのが好きなリドリーでさえ、笑みを失い、真摯に校長の話に耳を傾けている。


(クローバー? 五葉? それって……、何?)


 フェリックスには聞き慣れぬ単語ばかりで、校長たちの話についてこれない。

 だが、校長の話と周りの緊張感から、生徒が学校に不要なものを持ち込んでいて、五葉のクローバーというものは、とんでもない代物であることはフェリックスでも理解できた。


(うーん、タバコ……、それ以上だと禁止薬物かな)


 フェリックスは元いた世界のものに変換して考える。

 クローバーがタバコ、五葉のクローバーが禁止薬物であれば、この緊張感になるだろう。


「それでじゃ……、明日、全生徒を対象とした荷物検査をする」


 荷物検査。

 クローバーのことはよく知らないが、荷物検査には覚えがある。


(クリスティーナが抜き打ちの荷物検査で引っかかるイベントがあった……、はず)


 フェリックスの記憶では、クリスティーナの荷物からとんでもないものが出てきて、大騒ぎになったイベントがある。

 長時間徹夜していたため、とんでもないものとしか認識が無かったが、それがクローバーで間違いないだろう。


「よいか? このことは、生徒に漏れてはならんぞ」

「「はいっ」」


 フェリックスを含む、教職員全員が返事をする。

 生徒にこの情報が漏れては、元も子もない。


「荷物検査は明日の朝のホームルームにて一斉に行う。容赦せんように」


 校長は荷物検査をするタイミングまで指示してきた。


「では、解散!! 明日、よろしく頼むの」


 この一言で、教職会議が終わった。



 翌日。

 二年B組の教室。


「はい! これから荷物検査を行います!!」


 リドリーは朝のホームルームにて、生徒に告げる。

 生徒たちの嫌な顔と、悲痛の声が教室内に響く。


(僕も、学生の頃、嫌だったなあ)


 フェリックスはその様子を教師側として見守る。


「はい、荷物を私とフェリックス君の前に出して!」


 文句をいう生徒たちを無視し、リドリーは荷物を出すよう要求する。

 生徒たちは渋々荷物をリドリーとフェリックスの前に差し出す。


(確率は二分の一)


 フェリックスは生徒の荷物を確認しつつ、後方の列を気にする。

 クリスティーナは――。


(よし、僕の列にいる!)


 フェリックスはそれを確認し、心の中で喜ぶ。

 クリスティーナの荷物の中に五葉のクローバーがあるのなら、教師のフェリックスが発見し、黙って抜き取れば騒ぎにならない。

 クリスティーナの番になるまで、他の生徒の荷物検査をするだけだ。


(教科書、参考書、紙と筆記具用の杖、インク――)


 ほとんどの生徒は授業の用具とハンカチ、保湿クリームなどのエチケット用品が入っている。


「これは没収です!」


 隣の列で荷物検査をしているリドリーが生徒の私物を没収する。

 チラッと隣の様子を見ると、ボードゲームが見えた。

 きっと、昼休憩か放課後に皆でやる予定だったのだろう。

 五葉のクローバーと比べれば、可愛いものだとフェリックスは思った。


(あっ……)


 フェリックスのところでも没収品がぽつぽつと出てきた。

 男子生徒はボードゲームやカードゲームなどの娯楽品、女生徒はネイルや香水、目元を輝かせるパウダーなどコスメ用品が多かった。

 チェルンスター魔法学園でも、没収品は前世と対して変わらないようだ。


「フェリックス先生、お願いします」


 そして、クリスティーナの番がきた。


(五葉のクローバーが入っていると分かると、緊張するな)


 実物を見たことはないが、”葉”と言われているのだから、乾いた植物片が五葉のクローバーに違いない。

 フェリックスはクリスティーナのバックに手を突っ込み、彼女の荷物を一つ一つテーブルに並べる。

 教科書、参考書――。

 順調に取り出し、フェリックスはクリスティーナのバックに入っている最後の私物を取り出す。


「クリスティーナさん……、これは?」

「あっ!? そ、それは……!!」


 クリスティーナが慌てだす。

 フェリックスが取り出したのは綿が詰められた布切れたち。


「す、すみません……。休み時間の合間に人形を作ろうと思い、学校に持ってきました」


 クリスティーナは恥じらいながら、フェリックスに正直に告げる。

 ボタンがほつれたときのための裁縫用具にしては大きいなと思いきや、休み時間の合間に人形を作ろうとしていたとは。


「それは学生寮に帰ってからやればいいことでしょう。私物として没収します!」


 人形作りとか、クリスティーナは手先が器用だなと、内心関心しつつも、フェリックスは教師として彼女の私物を没収した。


「そ、そんなあ……」


 クリスティーナはフェリックスの言葉に涙目だった。


「没収したものは、放課後返却するから」

「……はい」


 元気のないクリスティーナの返事が返ってきた。

 フェリックスは取り出された教科書たちをバックに入れ、トボトボと席へ戻るクリスティーナの後姿を見つめる。


(あれ?)


 フェリックスはクリスティーナが人形作りという可愛らしい趣味があったことに、気を取られていた。


(クリスティーナのバックには五葉のクローバーが入ってなかった……)


 見つけたら秘密裏に抜き取る。

 そう決めていたのに、クリスティーナのバックには五葉のクローバーが入っていなかった。

 ゲームではここで大騒ぎになって、クリスティーナが退学寸前のピンチに陥るはずなのに。

 没収したのは五葉のクローバーではなく、製作途中の人形。


(僕の気のせい……?)


 フェリックスの記憶も完全ではない。

 夢日記で該当するイベントがあったか、確認したほうがいいかもしれない。


(ま、まあ! クリスティーナに危機はなかったわけだし!!)


 フェリックスにとって疑問に残る結果となったが、クリスティーナに影響していないからいいかと、楽観的にとらえた。


 そして、生徒全員の荷物検査が終わった。


「没収したものは、放課後返却いたします。これを機に娯楽品を学校に持ち込まないように」


 リドリーが生徒たちに注意をし、朝のホームルームが終わった。

 フェリックスとリドリーは木箱に詰められた没収品を持ち、二年B組の教室を出る。


「……私たちのクラスには、クローバーすらありませんでしたね」

「そうですね」


 教室を出てすぐ、リドリーが小さな声で話しかけてきた。

 抜き打ちで荷物検査を行った目的は、五葉のクローバーの捜索である。

 結果、二年B組は五葉どころか、クローバーすら見つからなかった。


「他のクラスはどうだったんですかね?」

「そろそろ――」


 フェリックスが他のクラスの結果がどうだったか、リドリーに問いかけたところで、耳がキンッとした。

 これは通信魔法がかかった時に起こる現象である。


「三年A組を担当したアルフォンスです」


 アルフォンスは三年A組の副担任だ。

 三年A組を担当する教師は、本日、高熱で病欠しているため、彼一人で荷物検査を行っていた。


「生徒のバックの中から、五葉のクローバーが見つかりました」

「っ!?」


 アルフォンスの発言に、フェリックスとリドリーが驚愕した。

 おそらく、全教員が同様の反応をしているだろう。


「所持していたのは――」


 アルフォンスは、所持者の名を述べる。


「ミランダ・ソーンクラウン」

(えっ、ミランダ!?)


 フェリックスはアルフォンスの発言に耳を疑う。

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