第11話 運命はそう簡単に変えられない

 四属性の反応が出ない生徒は”透明”と判別される。

 どの属性も得意ではない、落ちこぼれの烙印。


(ああ、クリスティーナ! 僕、このシーン何週もしたからとっても辛いの分かるよお)


 フェリックスは”透明”と判別され、絶望しているクリスティーナの表情を見て同情する。

 クリスティーナが”透明”と判別されるのは、彼女が”光属性”を宿した特別な少女だからだ。

 四属性を判別するこの授業では、クリスティーナの本当の能力を見つけることができず、落ちこぼれと評価される。

 ゲームではここでオープニングが流れ、本編が始まる。

 フェリックスの場合、すべてのエンディングを見るため、このシーンは十回、体験している。

 何度見ても辛い出来事だ。


「えっ、私たちのクラスに”透明”がいるの?」

「透明ってどの属性も得意じゃない人のことを指すんでしょ?」

「クリスティーナって編入生じゃん。試験で判らなかったわけ?」


 クリスティーナが”透明”と評価されると、彼女のクラスメイトがひそひそと噂話をする。


(得意属性が一つもないっていうのは……、生きづらいっていう世界観だったよな)


 各得意属性で進路や就職先が決まるこの世界では、”透明”は無価値と評価されたも同然。


「私が、透明だなんて……」

「クリスティーナさん。結果はともあれ、席に戻ってください」


 落ち込んでいるクリスティーナにリドリーが事務的に声をかける。

 クリスティーナはとぼとぼとした足取りで、自分の席に戻った。

 その後は淡々と得意属性の判別が行われ、クリスティーナ以外のクラスメイトはそれぞれの得意属性を見つけることになる。


(僕なら……、クリスティーナを救える)


 絶望しているクリスティーナを見て、フェリックスは思った。

 自分だったら、攻略キャラクターよりも早く、クリスティーナに真実を教えてあげられる。


(ストーリーを大きく変えてしまうことになるけど……、どうでもいい)


 フェリックスはクリスティーナに真実を伝えることを決意した。



 授業終わり、フェリックスとリドリーが教室から出た。

 フェリックスは少し廊下を歩いたところで、立ち止まり、二年B組の教室をじっと見つめる。

 いつ、クリスティーナに真実を伝えようか、ということ。

 それと、“透明”と判別されたことで、クラスで酷い目に遭ってないか気がかりだった。


「気になりますか?」

「はい。様子を見てきます」


 フェリックスはリドリーと別れ、二年B組の教室に戻った。


 ガチャ。


 フェリックスが教室のドアを開けると、悲惨な光景が目の前に広がっていた。

 一部のクラスメイトたちがクリスティーナを取り囲んでいたのだ。

 渦中のクリスティーナは怯え切った表情を浮かべており、彼女の制服は水で濡れ、スカートの裾は刃物のようなもので切り裂かれていた。誰かが風魔法を使ったのだろう。

 クリスティーナがクラスメイトたちに虐められている。

 この世界で有名校の一つである、チェルンスター魔法学園に”透明”の編入生がまぎれているのは、学園のブランドに関わる。

 彼らが落ちこぼれのクリスティーナを虐めのターゲットにするのは自然な流れだ。

 フェリックスに怒りの感情が込み上げる。

 “透明”と判別された途端、クリスティーナに危害を加える集団に。

 それを止めず、見て見ぬふりをする集団に。


「そこの君たち、クリスティーナから離れなさい」

「えっと、先生。これは……、そうっ、『みんなの得意属性を見せて欲しい』ってクリスティーナが――」

「離れろ」


 感情的にはなってはいけない。

 教師として注意をしないと、と一度は冷静になったものの、言い訳をしようとする生徒が現れた途端、我慢が出来なくなり、乱暴な口調になる。

 フェリックスが激怒しているのだと察した生徒たちは、すぐにクリスティーナから離れた。


「クリスティーナさん」


 フェリックスはクリスティーナに声をかけた。


「フェリックス先生……」

「寒いでしょう、すぐ制服を乾かしますからね」


 フェリックスは恐怖と濡れた制服で震えているクリスティーナに優しく声をかける。


「ファイアオーラ」


 フェリックスはクリスティーナに火の魔力を纏わせる。

 濡れたクリスティーナの制服がみるみる乾き、身体の震えも落ち着いてゆく。


「あ、ありがとうございます……」

「替えの制服については――」

「いえ、自分で縫います。ここの制服を買うお金がないので……」

「そうですか」


 チェルンスター魔法学園は貴族か商人の子供が通う裕福な学校。

 そのため、新品の制服を買い直すとなると、家族の支援がない平民のクリスティーナでは厳しい。

 二学年から編入した平民の少女、というだけでも不利な立場なのに、それに“透明”という要素が加われば、虐めの対象になってしまうだろう。

 ゲームではそういう描写は無かったが、攻略対象キャラが現れるまで、クリスティーナはいつもひとりぼっちだった。


(クリスティーナのクラスメイトはこれからも彼女を虐めるだろうけど……)


 フェリックスはおどおどした表情のクリスティーナをみつめる。


(僕だけはクリスティーナの味方でいなきゃ!)


 フェリックスはクリスティーナに微笑み、話しかける。


「残念な結果だったと思うけど……、君には秘められた能力があるかもしれない。だから――」

「そんな無責任な言葉かけないでください!」

「えっ」


 励ましの言葉をかけたはずなのに、フェリックスはクリスティーナに拒絶される。

 予想外の展開にフェリックスは唖然とし、言葉が出なかった。

 クリスティーナが反抗的な目でフェリックスを睨んでいる。


「火の魔法が得意なフェリックス先生に、私の気持ちなんて分からないよ!!」

「クリスティーナさん、僕の話を――」

「”透明”と判別された魔術師が有名になった話……、一つもないじゃない!!」


 フェリックスはクリスティーナの気持ちを静めようとしたが、無駄だった。

 クリスティーナの言う通り、”透明”と判別された魔術師は魔力を持たない者と同等に扱われる。

 魔力を持たない者は、将来、肉体労働の職にしか就くことができず、安い賃金で一生を終える。

 火の得意属性を持ち、マクシミリアン公爵家の次期後継者であるフェリックスに同情されても、ただの嫌味にしかならないのだ。

 クリスティーナは悲痛な胸の内をフェリックスにぶつける。


「この学校に編入するために、毎日、毎日、毎日、寝る間も惜しんで勉強したのに、全部水の泡!!」

「クリスティーナさんの努力は、無駄なことではありません」

「無駄だよ! だって、私……、“透明”なんだもん! 魔法の事を沢山勉強しても、魔法の才能がないんだったら、意味がないじゃない!」

「前例がなくても、クリスティーナさんが作ってゆけば――」

「うるさいっ」


 パチン。


 不安を落ち着かせようと、フェリックスがクリスティーナの肩に触れた時だった。

 フェリックスの頬がジンジンと痛む。

 頬をクリスティーナに叩かれたのだと、フェリックスは遅れて気づく。


「あっ……」


 フェリックスの頬を叩いた音で、クリスティーナが正気に戻った。

 直後、クリスティーナの瞳に大粒の涙がこぼれる。


「お父さん、お母さん……、不出来な娘でごめんなさい」


 クリスティーナは涙を流しながら、フェリックスではなく、自身の両親に謝罪の言葉を漏らす。

 彼女は貧しい家族を養いたい一心で勉強し、チェルンスター魔法学園への編入資格を手に入れた。

 その努力はフェリックスがよく理解している。


(だめだ。今の僕ではクリスティーナを救えない)


 前の自分だったら、才能も財力もない普通の学生の優しい言葉だったら、クリスティーナも耳を傾けてくれたかもしれない。

 でも、今のフェリックスでは何を話しても、クリスティーナの感情を煽るだけだ。


「ごめん……」


 フェリックスはぼそっと謝罪の言葉をクリスティーナに告げた後、二年B組の教室を出て行った。



 フェリックスはリドリーが待っている職員室へ向かう途中、一人考え事をしていた。


(この先、クリスティーナはこの先、たくさん辛い目に遭う)


 クラスメイトたちに”透明”だと嘲笑われ、悪役令嬢のミランダに執拗に虐められ、実技の成績だっていつもギリギリだ。攻略キャラのサポートがなければ、退学になってしまうかもしれない。

 今はゲームの通りに進んでいるが、次もその様に進んでくれるとは限らない。

 アルフォンスや攻略キャラたちが、クリスティーナのために動かなかったら。

 ゲームのようなエンディングに進まなかったら。


(どうしよう……)


 フェリックスは胸が不安な気持ちでいっぱいになる。

 ここは【恋と魔法のコンチェルン】の世界観そのものだが、ゲームではない。

 フェリックス・マクシミリアンのように、ゲームの枠から外れてしまったモブキャラが存在しているのだ。

 主人公であるクリスティーナも例外ではないだろう。

 もし、クリスティーナが光属性に目覚めず、チェルンスター魔法学園を退学することになったら――。


「おいっ」

「うわ!!」

「なにぼーっと歩いてる。階段から足を踏み外すぞ」

「あ……」


 ぐいっと誰かに服を引っ張られた。

 首を動かすと、すぐ隣には眉をしかめたアルフォンスの顔があった。

 目の前は階段で、アルフォンスに声をかけられなかったら彼の言う通りになっていただろう。

 大怪我になっていたかもしれない。


「あ、ありがとうございます」

「……歩きながら物事を考えるな。そういう時は立ち止まって考えろ」


 お礼の言葉をかけると、アルフォンスはフェリックスに注意したのち、足早に階段を降りていった。

 フェリックスはじっと、アルフォンスが降りた階段を見つめる。


(僕ではクリスティーナを救えない。でも、誰かのルートに誘導することは……、できるのでは?)


 フェリックスは閃いた。

 クリスティーナと攻略対象キャラをくっつけるキューピットのような存在になればいいのではないかと。

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