第10話 メインストーリーが始まる

 フェリックスはミランダの決闘に勝利した。

 その翌日。

 校舎を歩くと、生徒の視線がフェリックスに集まる。

 彼らはこそこそ何かを話しており、自分の噂をしているのだとすぐにわかった。


「”新任の先生が、決闘で無敗のミランダ嬢を打ち破ったぞ”といったところでしょうね」


 生徒たちがどんな噂をしているのだろうと、気になって仕方がないフェリックスに、彼の隣を歩いているリドリーが答えてくれた。


「ミランダ嬢は決闘に一度も負けたことがありませんから」

「一度も……」

「まあ、大体が”私の彼氏に色目使わないで!”とか”決闘に勝ったら結婚してください!”とかそういったものでしたが」


 ミランダが決闘してきた条件を聞き、フェリックスは苦笑する。

 容姿端麗だと、女性の場合、嫉妬の対象。男性の場合、恋愛対象になってしまう。

 普通の学校であれば、嫌な思いをし続けただろうが、この学校はもめごとを決闘で決着できるから、実力のあるミランダには生きやすい環境のようだ。


「次の二年B組の授業までは時間がありますから、フェリックス君は職員室でテストの採点をお願いします」

「わかりました」


 フェリックスはリドリーと別れ、職員質へ向かう。

 その間、生徒に声をかけられ、雑談に加わったりした。


(生徒に好印象。教師生活としていいスタート切れたんじゃないか)


 フェリックスはご機嫌で、職員室に入る。


「あっ」


 ちょうどアルフォンスが職員室を出るタイミングとぶつかってしまう。

 アルフォンスはリドリーがなにか言ったのか、フェリックスを無視することは無くなった。

 ただ、他の先生に比べると態度は悪く、フェリックスのことを良く思っていないことがひしひしと伝わってくる。


「いい気になるなよ」


 アルフォンスはすれ違った際に、フェリックスにしか聞こえない小さな声で告げ、職員室を出て行った。

 脇に教科書を持っていたから、きっと授業へ行ったのだろう。


(真面目でルールに遵守するところはアルフォンスの良さではあるけれど……)


 フェリックスの機嫌はアルフォンスに会ったことで急激に下がった。


(怖い、怖すぎる!)


 フェリックスはリドリーの席から、三クラス分の小テストの解答用紙を持って、自分の机に座る。

 机の引き出しから、手の平サイズの細い木製の杖を取り出し、赤いインク瓶にそれを浸す。

 この世界では鉛筆やボールペンなどはなく、筆記用の杖を使って文字を書く。


(デジタルペンみたいで、面白いな)


 タブレット端末にデジタルペンで文字を書いているようだと、フェリックスは思った。

 採点を間違えてしまった時に、修正したいと思うだけで一つ前の状態に戻ることができるからだ。

 消しゴムや修正テープいらずのため、集中が途切れることはない。

 それが可能なのは、インクに浸す際に魔力を込めているからだろう。


(それに、全然知らない問題なのに、スッと頭の中に入ってくるんだよな)


 属性魔法の授業など、フェリックスがいた世界では受けたことがない。

 それなのに、問題を目にしただけで、スッと解答がフェリックスの頭の中に浮かんでくるのだ。

 リドリーが用意してくれた模範解答を見ずとも、正解か不正解か判別がつく。


「フェリックス君、採点ありがとうございます」

「わっ、リドリー先生」


 転生する前のフェリックスは相当優秀だったんだろうなと考えていると、不意にリドリーに声をかけられた。

 一人の世界に入っていたフェリックスは、驚きのあまり、声が出てしまった。


「進捗はどうですか?」

「三人採点したら、一クラス分終わります」

「あと二クラス分ですか……。やっても授業に間に合いそうですね」


 リドリーは懐中時計のフタを開き、時刻を確認する。

 今、採点作業に入ったら、二年B組の授業に間に合うか時間計算をしていたようだ。


「もう少し、お手伝いお願いできますか?」

「もちろんです」


 その後はリドリーと共に、黙々と採点作業を進める。

 リドリーはペンの動きに迷いがなく、作業速度はフェリックスの三倍あった。

 三クラス分の採点を終えた頃には、二年B組の授業開始、三十分前だった。


「さて、次の授業なのですが……」

「生徒たちの得意属性を判別する日、ですよね」


 一学年で各属性の原理・長所を座学で学び、二学年で得意な属性を判別し、それを実技で伸ばす。

 三学年で”模擬決闘”を行い、実力をつけてゆくのがチェルンスター魔法学園の教育方針である。


「その通りです。私が何も言わずとも、授業内容を分かっているなんて……、流石、元卒業生ですね!」


 リドリーはフェリックスを褒める。

 フェリックスが答えられたのは、元卒業生だからとリドリーは認識しているが、実は違う。

 実際はゲームの知識である。


(今日、クリスティーナにとって運命の日になる)


 フェリックスは知っている。

 得意属性を判別する授業が、クリスティーナの学園生活を大きく左右することを。



「よいしょっと」


 採点作業が終わったフェリックスとリドリーは、次の授業に必要な壺を二年B組に運び入れた。

 壺には特別な液体が入っており、その反応で生徒の得意属性を判別するのだ。


「今日は皆さんの得意属性を判別します」


 リドリーが簡単に授業内容と判別する手順を告げる。


「名前を呼ばれたら、杖をこの壺の中に入れてください。魔力を注ぐと四属性にちなんだ反応が出てきます」


 判別方法はとても簡単。

 杖を壺の中に入れ、魔力を注ぐだけ。

 火であれば、沸騰したように泡がブクブクとでるし、水であれば水量が増える。

 風であれば、うず潮のような現象が発生し、土であれば液体がゼリー状に固まる。

 生徒たちは期待に満ちた表情で、杖に魔力を込める。

 自身の得意属性が分かると、大喜びしていた。


「次、クリスティーナ!」


 いよいよ、クリスティーナの番。

 リドリーがクリスティーナを呼ぶ。

 クリスティーナはクラスメイトがやっているように、杖を壺の中に入れた。


「えっ?」


 少しして、クリスティーナが怪訝そうな表情を浮かべた。


「あれ?」


 反応が何も出ない。

 フェリックスは知っていた。

 クリスティーナは得意属性を判別する授業で、なにも”出せない”ことを。


「クリスティーナさん……?」

「あの、リドリー先生! もう一回やれば……」

「いえ、何度やっても同じ結果ですよ」

「……」

「クリスティーナ、判別不能! ”透明”とする」


 リドリーがクリスティーナの判別結果を告げる。

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