第5話 道具と心の声

次の日の朝、紗希はいつもより早く目が覚めた。昨日の神社修繕で得た緑色の宝石が、彼女の手の中でキラキラと輝いている。それを見つめながら、少しずつ自分がこの世界で何かを作り上げているという実感が湧いてきた。


「今日も頑張ろう……!」


まだ言葉にはぎこちなさが残るが、紗希の表情には決意が浮かんでいた。


作業場に着くと、源蔵が木の台に並べられた工具を手入れしていた。


「おはよう、紗希。今日は新しい道具の使い方を教えるぞ。」


紗希は小さくうなずき、源蔵のそばに座った。目の前には、ノミ、カンナ、鋸、木槌などがずらりと並んでいる。それぞれ使い込まれており、手入れが行き届いているのがわかった。


「道具ってのはな、ただの道具じゃない。職人にとっちゃ相棒みたいなもんだ。手入れを怠れば仕事も雑になるし、逆にちゃんと使えば、木も答えてくれる。」


「木が……答える……?」


紗希は首をかしげる。木が答えるという感覚がまだつかめなかった。


「まぁ、百聞は一見にしかずだ。実際にやってみろ。」


源蔵が手渡したのはカンナだった。紗希は恐る恐るカンナを木材に当てて引いてみる。しかし、動きがぎこちなく、木の表面がデコボコになってしまう。


「力の入れ方が偏ってるな。肩の力を抜いて、木の流れに合わせるんだ。」


源蔵が後ろから手を添え、ゆっくりと動かしてくれる。その感触に、紗希は「木が生きている」という言葉の意味を少しだけ理解した気がした。


午前中、紗希は何度もカンナを使い続けた。失敗するたびに源蔵がアドバイスをくれ、少しずつ手が慣れていく。


昼食を挟んで午後には、源蔵が別の道具を手渡してきた。それは、彼の持つ道具の中でも特別な輝きを放つノミだった。


「これは俺が長年使い込んできたノミだ。特別な木を削るときにしか使わないが、今日からお前にも貸してやる。大事に使えよ。」


「私に……これを……?」


紗希は驚きとともに、胸に暖かい何かを感じた。初めて任される特別な道具。源蔵の信頼が少しずつ自分に向いていることを実感した。


「そのノミは普通の木材じゃなく、特別な彫刻を作るときに使う。今日は、それを使って模様を彫ってみろ。」


紗希は慎重にノミを手に取り、小さな木材に向き合った。緊張で手が震えたが、源蔵の言葉を思い出し、肩の力を抜いてゆっくりと彫り始める。


夕方になる頃、紗希の木材には、ぎこちないながらも小さな花の模様が浮かび上がっていた。粗削りではあったが、紗希にとっては大きな一歩だった。


「いいじゃないか。最初にしては上出来だ。」


「ほ、本当に……?」


「ああ。道具が応えてくれるってのは、こういうことだ。お前の手の動きが木と道具に伝わり、形になる。それが職人の第一歩だ。」


源蔵の言葉に、紗希は小さく笑みを浮かべた。自分が何かを形にできる喜びが、胸の中でじんわりと広がっていた。


その日の帰り道、紗希はピロンに話しかけた。


「道具って……すごい……ね……。ただのものじゃない……。」


「だろ?でも、それを使いこなせるのは紗希の手だよ!ピロンもびっくりした!」


ピロンの言葉に、紗希は少しだけ自信がついたように感じた。家に帰り、机の上に置かれた青と緑の宝石を見つめながら、彼女は思った。


「少しずつ……進めてる……私にも……できる……」


こうして紗希は、道具と木に向き合う日々の中で、自分の可能性を信じ始めていた。まだ小さな一歩だが、それは彼女にとって大きな成長の兆しだった。

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