武器屋のおっさん、百合にはさまる
木門ロメ
第1話 おっさん、暇をもてあそぶ
帝国中央に位置し、商業で栄える大都市ベンツェル。
交通の便に優れ、多くの人々が行き交うそこは、冒険者と呼ばれる者たちにとっても憧れの地であった。
大通りには馬車や魔導車が走り、路肩には武装した冒険者から大荷物を背負った商人まで、様々な人で賑わっている。
しかし、光あれば影ができるというのが世の常というもので。
「あー、暇だ……」
そんな、華やかな道から大きく逸れた先。入り組んだ路地のどこかにある閑散とした店──武器屋【ストレンジ】の奥で、一人の男がぼうっと天井を眺めていた。
男の名はアルム。かつては冒険者として活動し、夢を見た者の一人である。
だが、遺跡を探索し、秘境を巡り、宝の山を求めて駆けずり回ったのも今は昔。
現在は客のほとんど来ない店の番をしながら、あくびをこぼすだけの退屈な日々を過ごしていた。
手入れのされていないボサボサの茶髪に、雑に伸びた無精髭。夢を忘れた目は死んだ魚のように暗く、誰が見ても落ちぶれているといった有様だった。
「お邪魔するわね?」
「あーいらっしゃ──」
そうして、アルムが暇をもてあそんでしばらく。昼時を過ぎてしばらく経った頃に、ようやく数少ない客が訪れる。
「──って、お前かよクーシィ……」
が、開けっ放しの扉の外、その姿が視界に入った途端、アルムは顔をしかめた。
理由は至極単純。紫髪の彼女──クーシィがよく知った人間であり、決して好ましくはない相手だったからだ。
「あら、そんな顔をしていると、せっかく来てくれたお客さまを逃がしてしまうわよ?」
「うるせ、こちとら冷やかしに振る舞ってやる愛想はねえんだよ」
大きな魔女帽子に、胸元やスリットの大きく開いた紫色のドレス。手に木製の大杖を握る彼女の出で立ちは、正しくコテコテの魔術師といった格好だった。
「もう、相変わらず素直じゃないのね? 私に会えて嬉しいくせに」
そんな彼女は、自身の唇に触れながら妖艶に微笑むが、
「はっ、んなわけあるか」
対するアルムは一笑に付す。
色香の漂う彼女を前にすれば普通の男は惑わされるものだろう。
しかし、彼女の悪辣さをよく知るアルムからすれば、脂肪の塊をぶら下げただけの魔物のようなものでしかなかった。
「……その割には、目線がだいぶいやらしいのだけれど?」
「まあ、見る分にはタダだからな」
と、考えつつも、しっかりとその谷間や太ももを死んだ目で堪能していたアルムは平然とそう言いのける。
「くす、後で請求しようかしら?」
それにも余裕をもって返すクーシィに、
「悪い、よく見たが、やっぱり金を払うほどの価値はないな」
「あらひどい」
二人はこなれたやり取りを続けていく。
「そんで、なんの用だよ。まさか、本当に冷やかしじゃないだろうな?」
やがて、本題に入ろうとするアルムに、
「ええ、それなら心配しないで。今回はいい話を持ってきたから」
クーシィもまた妖しげな笑みを浮かべながら応える。
「今回は、ね。まあ、お前の持ってくる話は毎回ろくな目に遭わないからな」
「そうかしら? あなたの運が悪すぎるだけだと思うけれど」
それに、アルムは思わずジメッとした目を向けてしまう。
というのも、彼女の言ういい話はたいてい、変な事件がつきものだったからだ。
仕入先として紹介された相手が実は闇商人と繋がっていたりだとか。運び屋のバイトを持ちかけられて向かった先で、謎のヤバい女に監禁されかけたりだとか。
報酬は良かったものの、とにかくひどい目に遭わされるせいで割に合わないのである。
「まあ、それはいいとして。実は最近、私の所属するグループに新人が入ったの」
「全然よくねえけど、おう、それがどうかしたのか?」
にも関わらずあっさりと流したクーシィにため息をつきつつ、話の続きを促せば、
「その子たち、行きつけのお店に最近いきづらくなったみたいなのよ。だから、安心して通える所は無いかって相談を受けていてね?」
なんとも興味深い内容が聞こえてくる。
グループ、というのは冒険者グループのことだろう。
魔物の凶暴化などに伴う
ゆえに、最近の冒険者は他複数のパーティーと徒党を組むのだという。
その徒党のことをグループと称しているらしいが、まあ、すでに辞めたアルムにはあまり関係のないことだった。
「……ほう。つまり、常連になってくれるかもしれないやつを紹介してくれるってことか」
「まあ、そこはあなたの努力次第だけれどね」
それよりも、重要なのは新しい客が増えるかどうか、その一点である。
ようやく真剣な表情を作り始めたアルムは、顎に手を当てて考える。
クーシィはこんなだが、それでも後輩や仲間に関してはちゃんと人を選ぶタイプだ。となれば、紹介してくれる新人とやらもそこまで変な相手ではないはず。
「そうだな、まあ、俺としては断わる理由もないが……」
そう考えたアルムは肯定的な意見を口にしつつも、わずかに悩む素振りを魅せる。
もし彼女の言葉が本当だとして、代わりになにを求められるのかが不安でしょうがなかったからだ。
「ああ、言っておくけれど、特になにもいらないわよ?」
「は?」
しかし、そんなアルムの思考も想定していたのか。クーシィはあっさりと懸念を
「その子たちの装備が
「ほーう?」
どうやら、それなりの理由はあるらしい。
とはいえ、彼女は肝心なことを隠すのが上手い人間だ。ここまで上手い話があるものかと
「相変わらず疑り深いのね。まあ、それなら、その子たちの面倒でも見てもらおうかしら」
仕方なしとばかりに、新しく条件を突きつけてきた。
「面倒を見ろって、お前なぁ……」
が、条件があったらあったで急にやる気が失せてくるアルムに、
「別に、手取り足取り教えなくてもいいの。ここで何かを買っていく時に、お節介を焼いてあげる程度でいいから、ね?」
流石は長年の付き合いというべきか。そこまで読み切ったように、条件を軽くしてくれる。
「まあ、そんくらいなら構わねえけどよ」
「じゃあ、契約成立。例の子たちには後で伝えておくから、よろしくね?」
そんなこんなで互いに了承が交わされると、クーシィは優雅な足取りで店を出ていき、
「まったく、結局また何も買ってかなかったなアイツ……」
残されたアルムは彼女らしい行動に苦笑をこぼす。
冒険者時代から振り回されてきた彼女だが、なんだかんだと助けられることも多かった。
そんな風に過去へと思いを馳せたアルムは、内心でこっそり礼を言おうとし、
「あ、しまった──」
例の新人とやらの名前や特徴を聞きそびれたことに、今さら気がつくのであった。
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