娘さんを僕にください
佐々井 サイジ
第1話
ソファーに座ると、尻がズブズブと沈みこんでいった。二十年近く使用し、いつも左端に座っているので、すっかり中身のスプリングが機能していないようだった。
健治は午前中に妻の
「
いつも気合い入れてないのか、と嫌味を言おうとしたが喉に引っかかった。これが幸いだった。口に出してしまえば些細な言い合いになり、険悪な雰囲気になっていたのかもしれない。最も口達者な美香に献花を挑んで勝ったことは一度もない。何より包丁を握れば必ず切り傷を作ってしまうほど手先が不器用なので、からっきし料理ができない。美香が健治の食事できるかどうかを握っているので、機嫌を損ねるわけにはいかなかった。
美香が二人目を妊娠して里帰り中、当時四歳の穂乃花と二人でくらしているときに、自炊したことがあった。包丁を肉で切ったときに指の肉も切ってしまい、食材か自分の肉からでた血なのかわからないことが続いたことが懐かしかった。
階段を下りてくる音が聞こえる。寝癖を拵えた
「姉ちゃんは?」
遥斗があくびをしながらキッチンに立つ美香とソファーでテレビをつけたばかりの健治を交互に見た。
「あ、もうすぐ着くって、さっき連絡来てたよ」
遥斗は誰かが答える前に先にチャットアプリを確認しているようだった。遥斗につられるようにスマートフォンを見ると、『あと十分くらいで着く!』と穂乃花から送られてきていた。
「え? 思ったより早いな、ちょっと待たせちゃう」
美香のつぶやきはほとんど換気扇の音にかき消されてしまった。遥斗はソファーに座らず、洗面所の方へ消えていった。テレビもそんなに面白い番組はやっていない。昔と比べて制作力が下がったのか、健治自身の趣向が変わったのか判断がつかなかった。それよりもテレビラックにうっすらと白い埃が積もっていることが気になった。
テレビラックの上をモップで拭いていると、インターフォンが鳴った。ドアフォンを見ると、やはり穂乃花が映っている。その横には穂乃花と同年代の若い男が俯き加減で立っていた。
「またか……」
「何? なんか言った?」
思わず漏れた独り言は換気扇の音をすり抜けて美香に届いてしまった。
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