喫茶ミスト

時雨澪

プロローグ

プロローグ

 人が寝静まる夜中の二時。星も月も見えない黒い空の下、静かな住宅街の中を一人の少女が走っていた。街灯の明かりを頼りに、目的地も無くただ走っている。

「はぁ、はぁ……何なのあれ」

 少女はまるで何かに追われているかのように、しきりに後ろを気にしていた。少女を後ろから追いかけるのは謎の黒い影。

 まるで命の危機を感じさせるそれは、夜の闇より暗く。夜の空より黒い。形を持たず、中で何か蠢いているように見える。

 少女の額からは汗が流れ頬をつたう。口は開き、顎が上がっている。体力の限界は近いようだ。

「誰か……誰か助けてっ!」

 少女は走りながら叫ぶ。しかし、その声は誰にも届かない。どこを見ても明かりのついた家は見当たらない。真夜中だからか、少女は誰ともすれ違わなかった。

 それでも少女は足は止めない。少女は直感的に目に映るそれを脅威と感じ取った。

 後ろを見る度、少女の顔に焦りが浮かんでくる。

 どこか開いている建物は無いか、助けてくれそうな人はいないか。少女は家ばかりの単調な景色の中、コンクリートの上で懸命に助かる方法を探していた。

 しかし、走り続けると体力がどんどん減っていく。少女はアスファルトの小さな窪みに転びそうになったり、足が絡まってフラフラと左右によろけたりもした。

「そろそろ追いつかれそう……」

 独り言を呟きながら少女は走り続ける。体力の限界を迎えるまで走り続けるのだろうか。決して諦めることは無いようだ。

「あっ、これは!」

 諦めない気持ちが実を結んだのだろうか。それはとある喫茶店の前を通り過ぎるところだった。喫茶店は明らかに他の家とは違う見た目をしていた。緑に覆われた外壁に大きな窓が特徴的だった。そして、少女はその大きな窓の中に人がいる事に気づいた。

「ここしかない。お願い。開いていて!」

 少女は祈る。祈りながら『喫茶ミスト』と書かれた木の看板がかけられたドアを思い切り開けた。

「ごめんください!」

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