100年前の今日を覚えていますか?
ほんや
あなたは100年前の今日を覚えていますか
『あなたは100年前の今日を覚えていますか』
たまたま拾った手帳の冒頭にはそう書かれていた。ほんの好奇心でチラリと中身を覗いたことを今では後悔しかけている。それは帰り道の途中に落ちていたんだけれど、警察に届けるにも少し遠くて、持って帰って来てしまったんだ。もちろん、明日になったらちゃんと届けようとは思っているけど。寝るのには少し時間が早くて、悪いこととは分かっているけれど、ほんの暇つぶしにと手を伸ばしてしまったわけだ。
しかし蓋を開けてみれば、初っ端からこの荒唐無稽な内容だ。しかも、どうやらこれは後から付け足された文らしく、嫌に大きく目立っている。普通手帳にはメモとか、予定とかを書くもんじゃないのか? 誰かに問いかける言葉を書くようなものなんだろうか。どちらにせよ、この文章を書いた奴は相当奇特な奴なのだろう。
でも、そうだな……。これが一つのフィクションとして読むなら面白いかも知れないな。手帳の持ち主には悪いがもう少し読み進めてみよう。ん、掠れていて見づらいな。
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あなたは100年前の今日を覚えていますか
今日、3/20、友達から手帳をもらった。この手帳は僕の誕生日プレゼントらしい。あいつが言うには「君はもっと周りに目を向けるべきだ。気になったことをそれに書いていくと良い。ああ、今日のことも書いていおくと良い。今日は私が君に初めての贈り物をした記念すべき日なんだから。」だそうだ。自分にとって、誕生日プレゼントというものは案外嬉しいものらしい。だからこの手帳の一番最初には、この嬉しさについて書いておこうと思った。意外とこんなことを書くのは恥ずかしいな。あいつには絶対見つからないようにしないと。
あいつは時折妙に含蓄のある言葉を言う。どんなのかと言われればパッとは出てこないが、今日は「人は重要なことを見失いすぎると思うんだよね。人には足という立派な移動手段がついているのだから、迷って立ち止まるんじゃなくて、歩いて探すことができるのに。」とか言っていたな。どこからそんな言葉が出てくるんだろうか。
自転車で交通事故しかけた。ギリギリ避けたけれど、こっちの不注意もあったと思うから、気をつけたい。
今は高校1年生の5月だが、部活を何にしようか迷ってる。僕は運動がそれほど得意ではないから文化系にしようかな。候補は囲碁・将棋部、文芸部、化学部、クイズ研究部、パソコン部等。追加があれば書き足す。
あいつが言うにはこの学校には天文部があるらしい。面白そうだけど、今日はもう時間が遅い。明日見学に行くつもり。あいつは天文部に入るみたいだから、面白そうだから僕も一緒にそこに入ろうかな。
見学、ではないかも知れないが天文部を見てきた。どうやら2年間部員がいなくてそのまま放置されていた部活らしい。部室棟最上階の4階の端、天文部部室は2年前の、人がいなくなったそのまま埃を被っていた。人がいないのを知った時はなんだか少し騙された気分になった。けれどあいつと一緒にここで過ごすのは楽しそうだから、これはこれで楽しもうと思う。
どうやら天文部の顧問があいつの担任になったようだ。かなり渋っていたがなんとかしたらしい。詳細は話してくれなかったけれど、何かあったのだろうか。
最近天文部であいつと1,2時間まったりと過ごしてから帰っている。そこで気になった事がある。僕は塾に通ってていつも先に帰っているんだけれど、あいつは最終下校時刻まで部室にいるらしい。一体何をして暇を潰しているんだろう。
………………
テスト前だから勉強するために久しぶりにコーヒーを飲んだら手が震えてきた。いきなりブラックはきつかった。次からは微糖ぐらいにしておこう。次からは順々に慣らしていこう。
中間テストはそこそこの出来だった。まあもうちょっと英語ができればよかったかなとは思う。昔からそうだけど、あいつは毎回高得点をとっているのだけれどいつ勉強しているのだろうか。
そろそろ志望校を決めないと。
文化祭の出し物についての話が回ってきた。天文部が何をやるか、あいつと相談しないといけない。多分今年もやらないだろうけど。
………………
1ヶ月も触ったからか、天体観測の機材を扱うのに慣れてきた。ふと気になってもともとあった機材を触ってみたのだがこれがなかなかおもしろい。あいつも楽しんでいるようで今度はもっと別の星も見てみようかと思う。
数学の授業で面白いことを聞いた。数Cの授業だったと思うが、負の数を正の数にかけると負の数になるのは複素数平面で証明できるんだそうだ。関係なさそうなところからその証明が出てくるのには本当に驚いた。
前々から思っていたけれど、天文部には僕ら以外に人がいない。新入生がここに入るかどうかは置いておいて、僕らももう卒業間近なんだから天文部の処遇を決めなければいけない。あいつとも話をしよう。
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ここまでは至って普通のメモ、いや日記とも言えるかも知れない。とにかく最初のあの文がふざけて書いたとしか思えないような、高校生のとりとめもないことが綴られているだけだ。あと気がついたことといえば、この「僕」というのは丁寧に文字を書く。お陰で大分掠れているのにも関わらず、スルスルと読めてしまった。「あいつ」という人物も気になる。「僕」ととても親しい仲らしい。ここからどういう展開になっていくのだろうか。
……そういえば冒頭のあの文と筆跡が違うな。これも何か理由があったりするのだろうか。うん、まだまだ寝るのには早い時間だ。もう少し読み進めてみよう。ふむ……ここからは少し毛色が違うな。
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どうして。いや、落ち着け、とにかく書き続けるんだ。
私は天雲 結唯、読みはあまくも ゆい。性別女。身長164cm、体重は大体53kg。環高校3年生、天文部に所属。年齢は17歳と7ヶ月ちょっと。目は茶混じりの黒、髪は黒のロング。他称APP14。映像記憶ができる。出身三重県津市。誕生日2月3日でみずがめ座。運動が苦手。現在日時は2024年9月10日、2学期開始から約2週間、共通テスト出願まで後2日。世界自殺予防デー、日本なら下水道の日、または二百二十日。時刻はJST 08:16:17、UTC 23:16:19、ああもうずれる。現在位置は局所銀河群、天の川銀河オリオン腕、太陽系第三惑星地球、平面直角座標系で35°09'N 136°33'E付近、日本国、三重県四日市市の私立環高校南側、部室棟4階の最奥天文部の部室。ここまで詳細に書く必要はなかったか。それでも書かなければ。8月共通テスト模試総合偏差値71.3、東大合格判定A。現在北の空仰角おおよそ45度に太陽、おおよそ4時間後に月が現れる。丁度1週間後に中秋の名月。天気は快晴、雲が多少見られるがこれ以上増えることはない。風は約2km/s、北向き、やや西寄りかもしれない。これから夜にかけてやや強い風になっていく。
………………
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いきなりの密度に思わず目を逸らしてしまった。随分と焦って書いたのか文字が乱れていて読みにくい。うわ、ここから数ページこんな感じだ。ペラペラとめくると、A6サイズの手帳の端から端までびっしりと書き込まれている。それにしても、どうしたんだろうか。ここまでは男子高校生の日常が書かれていただけだったのに。この書き込みをざっと流し見しているだけだが、何か執念じみたものが感じられる。
どうやら書き込んでいるのは天雲 結唯という女子高生みたいで、9月10日の記録……記録? が書かれているようだ。それにしても環高校……たまきこうこう、かな。聞いたことのない高校……僕が
疑問に思ってネットで検索してみると、どうやら三年前にできたばかりの比較的新しい私立高校らしい。僕がこの街に戻ってくるまでに五年も経っている。変わっているところがあるのは当たり前だが、何か寂しいものを感じてしまう。とりあえず字が落ち着くところまで軽く目を通して、そこからまた詳しく見ていこうかな。
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3周目
どうやら私は相当に取り乱していたらしい。この手帳を読み返すと殊更実感できる。こんなのでちゃんと記録ができたとは言えないからもっと正確なものをまとめようと思う。
・これを書いているのは天雲 結唯。高校3年生。
・現在は9/10の朝8:30、私立環高校の天文部部室で書いている。
・私は9/10を繰り返しているらしい。
・今はおそらく3周目。1周目はいつもどおりの日常だった。
・私は前回のことをほぼ覚えていない。
必要次第追記する。
・補足。私は映像記憶ができる。むしろそれしか取り柄はないのだが、前回の周のことはほぼ覚えていない。
・どうやら自分以外の人、事、物は一番最初の周と全く同じ動きをするようだ。
・この手帳は一周目の9/1の最後に加藤 優樹が忘れていったものをポケットに入れていたものだ。どうやらそのときに身に着けていたものが基準となっているようだ。次の周までに実験をする。
・今回の周ではこの現象の不確定性から1周目の9/10を踏襲した。
3周目の記録(記入時刻20:12)
08:00、環高校天文部部室で目覚める。
08:15、加藤 優樹が私の様子を見に来る。いつも通り私のことを確認して、雑談をして去る。優樹が手帳を持っている事に気づく。
08:30、違和感の正体に気づく。記録をつけ始める。
〜16:00、授業を受ける。いつも通りの行動を取る。(理系科目以外は寝たふりをしていた)
〜18:00、加藤 優樹と私が天文部部室へ行き、一緒に過ごす。星は見なかった。
18:30、加藤 優樹帰宅。塾に行く予定。塾の授業はなく、自習室を使うらしい。
〜20:00、現在の状況の考察。
20:20、現在まとめ中。
今、この状況に対して冷静であることに自分でも驚いている。自分は天才でも何でもない唯の凡才だが、意外と対応能力は高いのだろうか。4周目に3周目のものが持ち込めるかどうか、徹夜した場合はどうかを実験する。このまま部室で待機する。いつもはここで寝ているから不安はない、けれど起きていられるかだけは心配だ。
4周目
予想はしていたが、この世界はそこまで甘くはないらしい。結果をまとめる。
・3周目のものを4周目に持ち込むことはできなかった。制服のポケットに入れておいた単語帳が私のカバンに戻っていた。
・徹夜はできたが一瞬寝落ちしてしまったような感覚があった。それが単に寝落ちなのか、ループの影響なのか今後調べる。
・1周目と違う行動をとったときの影響を調べるため、優樹に星を見ようと誘った。課題を私が手伝う代わりに望遠鏡の設定をして、一緒に星を見た。課題を手伝うことは多分できないだろうけど。明日結果を確認する。
優樹は優しい。私が急に星を見たいと言っても、付き合ってくれる。優樹に会うためにもこのループから抜け出さないといけない。今日も徹夜をする予定だ。
n=5
「周目」を書くのがめんどくさくなったから、次から n= の形で表記しようと思う。結果をまとめる。
・現状n=1と何ら変わりのない。各ループでの行動は他のループに影響しないようだ。大きな影響は見つからないが、小さな影響があるかも知れないので今後調査する。
・徹夜を確実にするためにエナジードリンクを買い込んで耐えようとしたが、結果は前回と同様だった。どうやら意識を保ったままループすることは不可能のようだ。そろそろ徹夜をするのがしんどくなってきたので、体調が回復次第継続して調査する。
簡単にいかないことは分かっていた。調査を続けるためにも健康には気をつけたい。
・追記。私の体調はループによって戻らないらしい。現状から見ると、そうなってしまう。私だけが年を取っていってしまうのだろうか。早めに方を付ける必要性が出てきたかも知れない。
n=6
7時間は寝て、体力はずいぶん回復したように思う。n=4,5では優樹に体調が悪いなら学校で寝るのをやめたほうがいいと、忠告が入ってしまった。優樹に心配をかけるのは嫌だし、悲しそうな顔を見るのもつらい。徹夜は日を分けるようにしよう。
今日は授業に出ず、天文部で一日を過ごした。今までのことをまとめていた。
進捗なし。
記録し忘れていた。天文部には夜に星を見るために夜食用のごはんがある。電子レンジと電子ケトルがあり、カップ麺とかのインスタント食品が備蓄されている。だから、ご飯には困らないのだが、少々飽きてきたかも知れない。鞄の中に9/9に買ったパンが入っていた気がするから、そちらに切り替えようかと思う。
n=7
学外に出てみるも変化なし。調査範囲を広げようと思う。
n=8
学外で夜を過ごしてみた。結果は気がついたときには天文部の部室に戻っていた。逃げるということはできないらしい。しかし、部室にいるということがキーポイントなのかも知れない。
n=9
………………
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……なんだろうか。この天雲 結唯という女子高生は。こんな状況になって冷静であることには感心するし、調査しているのもすごいと思う。けれど、現実にこんなことがあり得るんだろうか。いやにリアルな、生々しい感じが伝わってくる。
もうちょっと読み進めてみるも、進捗なしと書かれている日が多くなってきた。それでも一文は何か書かれているが、最初の文の密度とは打って変わって余白が多くなっている。ぼんやりと一日を過ごす日も出てきているみたいだ。そうして代わり映えしない内容になってきている中、いきなり多く書き込みがされている日を見つけた。n=28……一ヶ月も経ったのか。……読んでみよう。
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n=28
今まで完全に忘れていたことがあった。なぜ今の時代にインターネットで調べるという行為を忘れていたのだろうか。私が映像記憶を持っていて、今まであまりネットを使ってこなかった弊害だろうか。とにかく、ネットを使ってこの現象を調べようと思う。やはりたまには学校の授業にも出てみるものだ。
天文学部のパソコンを使うが、今から機能制限がされていないか調べる。
追記。機能制限はされていなかったが、一応私のアカウントでログインするように気をつける。今日はもう時間がないから、ログイン方法等確認して、次回からこれを使って調べる。
調査のリスト
・ループ系の創作物の設定を参考程度に調査
・ループの原因になりそうなものの調査
n=29
ループの事象について調べた。こうして見てみるとループものと呼ばれる作品は数多くあるのだと知った。一通り目は通したが、現状に当てはまりそうなものを精査する。
結果をまとめる。
・ループの参考になりそうなものはあまり見つからなかった。おそらくループを手段として用いている作品が多いことが原因として考えられる。
・所謂「死に戻り」というものがある。初めて知ったが、こういう手段があることも知っておくべきだと思う。最終手段に違いはないが。
次周も引き続きインターネットを用いて調べようと思う。
n=30
インターネットでループの原因になりそうなものを調べた。
以下まとめ。
・作品内の登場人物がループの原因となっている。これは私しかループしていないのと、心当たりがないため可能性は低。
・作品内の物品がループの原因になっている。可能性は高いと思う。
このループは物品や場所が原因となっている可能性が高い。次周からは念入りに周りを確認してみる。
なんだか最近ぼんやりとすることが増えた。ふと時計を見ると何もしていないのに関わらず、4時間も過ごしていた事もあった。疲労が溜まっているのだろうか。休憩を多めに取ることを意識しようと思う。
n=31
起きてすぐに天文部の部室内にn=1と変わった所はなかった。優樹が去ったあとに詳しく調べていく。
結果、特におかしい所は見つからなかった。途中意識が飛んでいたようで、部室を確認するだけで1日が終わってしまった。この12畳ほどしかない部室をだ。流石に何かおかしい。これについても調査する。
n=32
私の._/。
n=33
どうやら丸一日、気を失っていたらしい。前周は優樹が来た後、記録し始めた瞬間に意識が落ちた。もうタイムリミットが近くなっているのだろうか。一刻も早く原因を見つけようと思う。情報が少ないため、今日はネットを使って調べる。
結果をまとめる。
・大入道。一応メモしているが関連性は限りなく低いだろう。
・この学校は山に囲まれていて、その山は昔、神として崇められていた。所謂、土地神と呼ばれるもの。
・この土地では神隠しがあったとされている。現状のループとの関連性は不明。
・環高校の近くの寺に鐘があり、それを鳴らせば神隠しに遭う。または神隠しになった子どもが戻って来る。都市伝説の記事にまとめられていたため信憑性は低。
今日も意識が飛び飛びになっていた気がする。土地に関してはこれまで一切調べてこなかったから、まだ希望はある。
n=34
大急ぎでn=33で調べたことを調べてくる。
結果をまとめる。
・大入道は調査対象外。
・寺へ行った。どうやら山の神を鎮めるためにつくられた寺らしく、色々情報が聞けた。
・昔からこの近辺では、頻繁に子どもが行方不明/神隠しに遭ったらしい。それをどうにかすべく、旅の修行者にお願いをして魔除けの鐘をつくってもらったみたいだ。しかし、その鐘は第二次世界大戦のときに焼失して残っていなかった。
・魔除けの鐘が置かれて以降は、神隠しは起こらなくなったそうだ。ただ20年に一度ぐらい行方不明者が出るらしい。
・鐘に関しては、話の中では神隠しが起こらなくなったという事になる。神隠しに遭った人が戻ってきたりはしていない。
あまり収穫がなかった。鐘が残っていれば鳴らしてみたりしたのに。今回は住職の話しか聞けなかったから、次周には古い資料を見てみる。
n=35
寺と資料館で調べる。
寺での結果
・住職に入らせてもらい、調べた。(学校の学習の一環と言った)
・どうやら寺は昭和後期に場所を移動したようで、山の中に建物が残されているらしい。
資料館での結果
・
n=36
前周では資料館で調べた直後に意識を失ったらしい。資料館での収穫はなかった。怪談や都市伝説などの記述があまり見つからなかった。
山の中の寺の捜索をしようと思う。大体の位置は住職に教えてもらったから調査次第まとめる。
・寺が綺麗なままに残っていた。人はいなかったが、建物は腐っておらず、水も濁っていなかった。場所はあっていると思う。
・寺は現在のものと酷似していた。違う所はいくつか見つけられたが、ほとんど無視していいほどのものだった。
・1つ違うところがあった。寺の裏手に鐘楼があった。ただ鐘が釣られていなかった。おそらく例の鐘が釣られていたものだろう。
何故こんなにもきれいな状態で残っているのかが不可解。調査をする必要がある。今日は時間がないため明日以降に実行する。
現在23:12。今日はここで夜を過ごそうと思う。最近優樹にまともに会うことができていない。早く脱出したいものだ。
n=37
ああ――
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ん? なんだろうか。書き込みはここで途切れていた。何があったのだろう。それにしても中途半端な終わり方だなぁ。なんだか本当にあったことのように書いてあるもんだから、読み入ってしまった。でも本当はなにがあったのだろうか。「ああ――」の後には白紙が続……。
思わず、思考を止めてしまった。面白かったけどここで終わりか、なんて思いながら手帳をペラペラ最後までめくっていた。そうしたら急に一面真っ黒なページが出てきたのだ。元の紙の白色が見えないほど、文字が書き込まれているページが。なんでだろう、直感的に思い浮かべてしまったのだ。狂ったかのように、文字を重ねていく女子高生の姿が。
……不思議と衝撃を受けて立ち直るまでは、そう時間は経っていなかったと思う。無意識にページをめくる。そこにはまだ、続きが記されていた。
◆◆◆◆◆◆
n=18287
すべて思い出した。今だけは映像記憶を持っていることを恨みたくなる。もう50年近くも経っていたのか。ああ、悪夢だ。なんでこんなことになったんだ。こんなことを書いている暇はなかった。すべてまとめる。
・私はもう50年間もこの地獄を繰り返している。
・長い繰り返しの中で度々発狂していた。何回も意識が飛んでいたのはこれのせいだったらしい。
・発狂していた間のことは記憶に蓋をしていたらしく、さっきまで覚えていなかった。
・発狂時、私は■■したこともあった。
・そうして記憶が飛び飛びになってn=36時点、実際にはn=18265だった。
・そうして記憶が飛び飛びになってn=36時点、実際にはn=18265だった。ああ、もう書いたか。
・私は老いることもなく、終わらせることもできない地獄に囚われている。
・全部鮮明に覚えている。発狂している間にしたことを。やってはいけないことをたくさんしてしまった。例え、ループで何もなくなっていたとしても、もう私はあなたの元に戻れはしない。
・寺で眠っったのがいいけなかったみたいだ。釣釣られていなかった鐘も効果は本物みたいだ。
わからなくなった。しばらく眠る。日数だけカウントするが、多分もうこれに書き込むことはないだろう。
n=25194
久しぶりに起きた。未だ私は繰り返したままだ。あの日から自分が発狂しているのか正気なのか、わからない。でも全部覚えている。何もしないままで、優樹に心配されるだけの日々が続く。早く終わってくれないだろうか。朽ちない花の何と愚かなことか。
n=29869
珍しく外に出た。ほんの気まぐれだけど、久しぶりにご飯を食べた。美味しかった。憎々しいぐらいに。何故か大泣きしてしまった。優樹にも心配されてしまった。
n=33270
私の対応がいつもと違ったのか、優樹が星を見ようと言ってきた。断れずに良いと言ってしまった。優樹が望遠鏡を調整しているのを見ていると、懐かしさが込み上げてくる。今から星を見てこようと思う。こんな日々に戻れたらどれほど良かっただろう。
n=36351
ああ、丁度100年前か。私の主観だけなのだが。こんな事100年も続けてたのか。この手帳とも長い付き合いになった。でも、それも今日で終わりだ。あの星が輝いていたから、私の星があったから、ここまで漕ぎ着けたんだ。この手帳があなたに届いたら良いな。私はもうあなたに会うことはできないだろうけど、お元気で。さようなら。
◆◆◆◆◆◆
じっと重苦しい静寂が部屋を満たす。首が疲れたのだろう。無意識に頭を上げると、いつの間にか窓から光が差し込んでいることに気づく。もう日が明けていたようだ。一つ溜息をつき、ああ今日は徹夜明けで大変だ、なんて他人事のように思っていた。そうして幾ばくかの間ぼうっとしていると、スマホのアラームがけたたましく朝を告げる。少しだけビクッと肩を震わせてしまい、ゆっくりと仕事の準備を始めた。
その日の昼休憩の時間、手帳のことが気になって仕事が手につかなくて少し調べてみると、こんな記事を見つけた。「高校生が行方不明に。これは伝承の神隠しか?」なんて記事。2024年9月10日に三重県のとある高校の女子高校生が行方不明になったという話らしい。途端にこの話に信憑性が増してきたように思える。
結果として、ますます仕事に手がつかなくて悶々と午後を過ごした。本末転倒だな。ともかく、当初の予定通りに警察に届けに行って、早めに行ってぱぱっと帰ろう……と思っていたのだけれど、途中に件の環高校があるみたいだし少し様子を見てみようかな。とにかく目の前の仕事を片さないことには話が始まらない。はぁ、仕事頑張るか……。
――――――
環高校が見えてきた。とりあえず、正門の前まで行ってみようかな。……うん、ちょっと新しめの普通の高校だ。僕は何を期待していたんだろう。土曜日の8時に誰もいないのは当たり前だろう。人気も全くないし……まあ、いいか。こんな時間に出歩いていても不審者扱いされるだけだし、手帳を届けて帰るか。普通の正門に普通の校舎、向かい側から歩いてくる少女だっておかしいところは見つけられないだろうし。
引き返す道の途中で手帳の内容を思い返す。うん、確かにこの手帳は不思議だった。気になることもたくさんある。この天雲 結唯という女子高生は最後、どうなったのか。何故こんな事が起こったのか。何故この手帳は道端に落ちていたのか。けれど、それを知る手段は僕にはない。今後も真相を知ることはないのだろう。そんなモノローグを頭の中で流しながら、僕は交番に足を踏み入れたのだった。
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