私が聞いたペットの話

踊る猫

猫の妖怪を知っていますか？

「化け猫」「猫又」これらは日本の妖怪の一種であり、その名の通り猫が妖怪に変化した存在なのだそうです。

一説には年老いた猫が変化すると考えられており、しっぽが二本に別れたり、人間の言葉を喋ったり、踊りだしたり、人を襲ったりするのだとか。

…そんなものは迷信？都市伝説？

そうとも言い切れないお話を、トリミングサロンにいらっしゃったお客様の一人、岡田さんから聞いたので、皆さんに聞いていただきたいと思います。

岡田さんは一軒家にお住まいで、旦那さんと娘さん、そして猫のミルクちゃんと暮らしていました。

ミルクちゃんはその名の通り真っ白な毛色の猫で、ご近所のお家で産まれたところを引き取ってきたのが出会いでした。

ミルクちゃんは悪戯をすることもなく、まだ小さい娘さんの遊び相手の役割をしてくれたりと、とても賢くお利口さんな猫だったそうです。

そして病気をすることもなく、すくすく成長して８歳を迎えた頃、岡田さんはミルクちゃんの不可思議な姿を目撃するのでした。

その日は、旦那さんの仕事が忙しく、帰宅が遅くなったために岡田さんが布団に入ったのは２４時を回っていたそうです。

そして布団には入ったものの、その後に携帯を触る癖があったため、この時も直ぐには就寝せず、いつものようにしばらく携帯を弄っていたのだとか。

時刻は１時を回り、そろそろ寝ようかと思った時、岡田さんはご飯を炊くのを忘れていたことに気が付きました。

起き上がるのも面倒ではありましたが…これでは朝食を食べられないし、旦那さんのお弁当を用意することもできません。

渋々キッチンに向かうことにしました。

岡田さんは既に眠っている旦那さんや娘さんを起さないよう、音を立てないように慎重に扉を開け閉めして、静かに廊下を歩きました。

キッチンに行くには一度リビングを通るしかありません。

リビングの扉を開けようとドアノブに手を伸ばすと同時に、自然と扉に付いているガラスからリビングの中の様子を見た岡田さん。

外の街頭の光がほんのりと部屋を明るく照らしていて、中の様子を伺うことができます。

すると…部屋の真ん中にミルクの姿が見えました。

しかし、岡田さんはドアノブに伸ばした手はそのままに、身動きを取ることが出来なくなりました。

なぜなら、そこにいるミルクが二本の後足で立ち、前足を上下に振って踊っている姿を見てしまったのです。

更に、ミルクは本当に踊っているかのように前にヨタヨタと２、３歩動いてみたり、左右に動いてみたりと器用に…まるでステップを踏むかのように動いていたのだそう。

反射的に「見てはいけないものを見てしまった」という感覚に苛まれた岡田さんは、扉を開けることなくそっと元来た廊下を戻り、寝室へとＵターンしたのでした。

今すぐにでも誰かに今見た光景を聞いてほしいと思いましたが、こんな夜中に仕事で疲れている旦那さんを起すのは気が引けて、それはできませんでした。

「あれは何だったのだろう？」

「ミルクがおかしくなってしまったのだろうか。」

色々と考えてはみるものの、どうなっているのかさっぱり分かりません。

「そうだ…ご飯を炊かなくてはいけないのにどうしよう…」

悩んだ結果、岡田さんはもう一度リビングに行ってみることにしました。

まだ踊っていたらどうしよう…と不安に思いつつ先程と同じように扉から中の様子を覗いてみると、ミルクの姿がありません。

少しホッとしながら扉を開けて電気を点けてみると、いつものようにドーム型のペットベットで丸くなって寝ているミルクがそこにいたのでした。

岡田さんが近寄ると、眠たそうな顔を上げて「ニャン」と一言鳴いたミルクはどこにもおかしな様子は無く、普段と全く変わらない大好きなかわいいミルクそのものだったそうです。

そんな様子を見て、もしかしたら踊っていたのではなく、虫か何かにじゃれていただけだったのかもしれない。という考えが頭に浮かびました。

ただ…この時の季節は１２月だったのでした。

翌日、何となくミルクの前では話しづらいと思い、寝室で旦那に打ち明けてみると「どうせ寝ぼけていたんでしょう。見間違いだよ。」と笑われてしまい、信じてはくれなかったそうです。

「それからもミルクちゃんは夜な夜な踊っていたんでしょうか？」

私は岡田さんに尋ねてみましたが、

「分からないんだよね。見ちゃいけないものを見ちゃったな…っていう感覚が強くて、もう一度覗きに行くことはしなかったの。でも今は１０歳を超えたおばあちゃん猫になったし、さすがにもう踊ってはいないんじゃないかな？」

そう言って岡田さんは笑っていたのでした。