悪役令嬢の条件

ひよっと丸

第1話


「なるほど」


 アマリアは学園のカフェテリアでゆっくりと状況を確認した。

 ゆっくりと、自身を落ち着かせるために飲んでいるのは大好きなロシアンティー。前世の記憶にある大好きなキャラに習ってジャムではなく蜂蜜だ。もちろん、公爵令嬢であるから最高級の蜂蜜を用意してもらった。スッキリとした甘さが混乱していた頭の中を整理するのに一役買ったのは間違いないだろう。何しろ考え事をするのは頭を使う。脳の栄養素は糖分だと聞いたのはおそらく前世の記憶だ。


「お約束でアレがヒロインでわたくしが悪役令嬢、って配役なのね」


 アマリアの言うアレとは、恋愛ゲームのお約束であるピンク色の髪の毛を生やしたヒロインの事だ。まぁ、もっとも、転生物でのお約束ではヒロインは大抵逆ハー狙いのビッチであることが多いのだが。


「アレはどう考えても転生者よね」


 こちらの反応を確かめるような言動を繰り返されて、だんだんアマリアもおかしなことに気が付き始めた。考えるより先に口が勝手に動くのだ。違う、そんなことを言いたいのでは無い。そう心の中、頭では考えているのに、何が話そうと思うと考えるより先に言葉が勝手に口から出てしまうのだ。


「ゲームの強制力」


 よく聞く言葉だ。


「でも、そのお陰でわたくし正気を取り戻しましたわね」


 ずっと、頭と体がちぐはぐだった。そうじゃない。何度もそう言いたかったのに、そんなことを言いたかったわけでも、そんなことをしたかった訳でもないのに、とうとうアマリアの体は限界を迎えてしまったのだ。漫画で表すなら、頭から煙が出た。そんな感じだ。何も言わないアマリアを放置して、婚約者である王太子ラインハルトはピンク頭のヒロインシャルロッテの腰を抱いて取り巻きたちと立ち去って行ったのだ。

 そのおかげで?アマリアは正気を取り戻し前世の記憶を思い出した。もしかすると、漫画風に描くならブチッと言う巨大な擬音があったのかもしれない。それくらい、アマリアの中で何かが大きく変わったのだ。

 それがつまり、転生者としての自覚である。


「まぁ、ここが何の乙女ゲームの世界かは存じませんけれど、悪役令嬢らしく振舞って差し上げようではありませんか」


 アマリアの唇が緩りと弧を描いた。


 そして、アマリアは教会に立ち寄り教典における罪と罰を調べまくった。もちろん、教会にいる神官たちからも話を聞いた。家に帰り、書庫にあるこの国の法律に関する本を読み漁った。そうして自身が悪役令嬢としてするべきこと、してもいい事をしっかりと頭に叩き込んだ。

 もちろん、そんな行動をとるアマリアを両親は心配したが、王太子妃としての必要な知識です。と言えばそれで済んでしまった。だが、家の中にアマリアの敵がいた。弟のオスカーだ。


「姉上は無駄な努力をしていらっしゃいますね」


 そう言って鼻で笑ってきたのだ。もちろん、その態度でアマリアは悟った。間違いなくピンク頭は逆ハーを狙っている。と。だからこそ、絶対に阻止してやる。と、ことさらに闘志が燃たぎってしまったのだ。悪役令嬢の断罪エンドアーンド逆ハーエンドなんて断固拒否。

 アマリアは弟であり同じ屋根の下で暮らしているオスカーを完全に無視することに決めた。なぜならいちいちかまってしまっては、手の内がピンク頭にバレてしまうからだ。ここはひとつ、転生者として覚醒した事がバレないようにしなくてはならない。だからこそ、アマリアはツンとすました顔でやり過ごした。未来の王太子妃としてあるべき姿を追い求める公爵令嬢として振舞った。



 そして、

 

「キャー」


 ピンク頭のヒロインが、わざとらしく階段を踏み外した。もちろん、階段の下には王太子ラインハルトがいた。その横には側近候補の貴族令息達もいる。

 だがしかし、そんなよくあるトラブルを黙って見過ごしてあげるほどアマリアは優しくはなかった。


「危ないですわ」


 瞬時に誰かがピンク頭ヒロインであるシャルロッテの手を掴んだ。それだけでは無い、シャルロッテの周りにいた令嬢たちがシャルロッテの体を支えた。

 当然だが、シャルロッテの体は階段から転がり落ちることはなく、しっかりと階段の上に固定された。


「廊下を走るのはあぶなくてよ」

「淑女として宜しくありませんことよ」

「シャルロッテ様、落ち着いて行動なさって」

「前を見て歩いて頂かなくては困ります」


 アマリアの、いわゆる取り巻き、すなわち仲の良い令嬢たちが次々に口をひらく。誰も怒鳴りつけるようなことはしない。あくまでも穏やかに、静かな口調でシャルロッテを咎めた。


「シャルロッテ、無事か」


 当然ながら、シャルロッテの悲鳴を聞いたラインハルトが怒鳴るようにして階段を駆け上がってきた。当然ながら無傷のシャルロッテのことを心配そうに抱き寄せる。そうして、シャルロッテを助けた令嬢達を睨みつけたのだ。


「わ、私、誰かに押されて……」

「なんだとっ」

「金色の髪が見えました」


 シャルロッテが、脅えたようにラインハルトに告げると、すぐさまラインハルトは、怒りの双眸で周りの令嬢達を見た。だが、そこには誰一人として金の髪の令嬢などいなかった。だが、ラインハルトには心当たりがあった。学園で金色の髪の令嬢と言えばアマリアだった。アマリアの髪は誰よりも美しい金色で、それを自慢するようにアマリアは髪を結い上げたりしなかったのだ。だからこそ、直ぐにラインハルトはアマリアが犯人だと決めつけ、周囲を見渡したのだ。だが、


「あらあら、随分と騒がしくていらっしゃるのね」


 そのアマリアが階段の下に現れたのだった。右手に扇を持ち、軽く小首をかしげてた仕草はなんとも品がある。両隣にはアマリアと同じく長い髪をした令嬢が二人。


「アマリアお前……」


 階下に現れたアマリアを見て、ラインハルトが目を見開いた。どう考えても、シャルロッテをつき飛ばして階下から現れるなんて芸当を、貴族令嬢ができるわけがなかった。では誰かにやらせたということも考えられるが、シャルロッテがを見たなどと言ってしまった。これはもう完全に詰んだ。


「なんでしょう。ラインハルト様?わたくし、先ほどまでダリア女史の特別マナー講座を受けておりましてよ?そちらの騒ぎについて責任を押し付けられても困りますわ」


 そう言ってアマリアは両脇の令嬢と顔を見合わせ頷きあう。


「アマリア様は王太子妃教育がお忙しくていらっしゃいますのよ。くだらない言いがかりはおよしになってくださいな」

「ラインハルト様はお時間に余裕がございますのね」


 アマリアに両脇にいる令嬢は、シャルロッテとラインハルトの関係性を疑っている。だからこそ、扇で口元を隠しながらあえてそんなことを口にしたのだ。そんな含みのある言い方をされてはラインハルトではなく、その取り巻きたちが黙ってはいないのだが、周りにいるのは貴族のご令嬢である女子生徒だけ。大声を出そうものなら悪評があっという間に広がることだろう。なにか言いたげな顔をして、取り巻きたちはラインハルトの顔を見た。だが、ラインハルトもうまい言葉が出てこない。


「シャルロッテ様は、見間違いをされたのではないかしら?」


 誰かが口を開いた。


「そうですわ。ここには金色の髪の人物はいませんもの」


 回りにいる令嬢たちが異口同音に賛同する。ますますラインハルトは分が悪くなった。


「ですから、シャルロッテ様。廊下を走るのはよろしくありませんわよ」


 誰かがことさら大きな声で言ったのだが、声のした方を見たところで、相手がまるで分らない。顔を見れば全員が違う顔をしていることぐらいわかるのだが、誰が何を言ったのか聞き分けられないし、顔を見ても名前がまるで出てこないのだ。それはそうだろう。なぜならそこに集められた令嬢たちは、アマリアがえりすぐんだモブなのだから。ゲームであったのなら、画面に名前付きの吹き出しが表示されたであろうけれど、現実にはそんな表示は出てこない。おまけに、日本と違って胸に名札など付いていないのだから。


「皆様、次の授業が始まってしまいますわよ」


 誰かがそう言うと、令嬢たちはいっせいに教室に入っていってしまった。取り残された形になったラインハルトたちは、慌てて自分たちの教室へと向かう。当然、階下にはアマリアの姿はないのであった。





「アマリアは、本当にお茶を入れるのが上手になったわね」


 公爵家のサロンで、アマリアの母公爵夫人が優雅にカップを傾ける。その正面に座るのは娘のアマリアだ。王太子の婚約者として日々の努力を怠らない自慢の娘である。指先一つにまで神経を行き届かせる所作の美しさは、国一番だろう。将来この国を代表する女性として、アマリアが最もふさわしいと公爵夫人は思うのだった。


「本日は、ダリア女史の特別講義を受けましたの」


 アマリアがそう言ったので、公爵夫人は内心ほほ笑んだ。


「褒めていただけましたわ」

「そうでしょうね」


 やはり自慢の娘であると公爵夫人は口元をほころばせた。だが、


「僕にもいっぱいいただけますか」


 突然サロンに入ってきたのは息子のオスカーだった。


「ノックもなしだなんて、マナー違反ですよ」


 公爵夫人はそう言って息子をたしなめたが、オスカーは意に介さずアマリアの隣に座った。その座り方が少々雑だったため、振動がきてアマリアが軽く眉根を寄せた。


「オスカー、もう少し嗜みを覚えなさい。公爵家嫡男として恥ずかしいわ」


 アマリアはそんな母の小言を聞きながら、丁寧な所作でカップに新しいお茶を注いだ。色と良い量と良い、完璧な仕上がりだ。


「とてもいい香りですね」


 オスカーはカップをとるとすぐさまそう言って、いれたてのお茶を飲んだ。下品ではないけれど、洗練された所作からは程遠い。


「オスカー、みっともないわ。やめて頂戴」


 公爵夫人がたしなめると、オスカーは片方の口角を上げ、皮肉めいた口調で話した。


「うわさで聞いたのですが、女子生徒が階段で突き落とされたそうですね」


 オスカーは疑わし気な目でアマリアを見た。だが、アマリアはオスカーの望んだ反応は一切示さなかった。それどころか、眉を顰めたしなめるような口調で答えた。


「噂話を鵜吞みにするなんて、まだまだね。。それどころか、そこの居合わせたのはラインハルト様だったと聞いたわよ」


 まるで他人事のように言われ、オスカーはアマリアを睨みつけた。それではオスカーが聞いた話とまったく違うではないか。


「おかしいですね。姉上。僕が聞いた話では……」

「誰に聞いたお話なのかしら?」


 カップを丁寧にソーサーに戻して、アマリアは聞いた。もちろん相手の話を遮るなんてマナー違反であることぐらいわかっている。


「シャ……女子生徒が金色の髪の人物に階段から突き落とされた。と。たまたま通りかかった王太子殿下が受け止めて大事にはいたらなかった。僕はそう聞きました」

「誰に聞いたの?ってわたくしは聞いているのだけれど」


 アマリアはオスカーの顔など見ずに質問した。目線で会話をしているのは目の前にいる母である公爵夫人だ。そうして、公爵夫人もまた目線で指示を出す。相手はドア近くに控えていたメイドだ。


「だ、誰でもいいではありませんか。……とにかく、金色の髪と聞いて真っ先に姉上を思い浮かべたのですよ。最近あまりいい噂を聞きませんからね」


 オスカーが鼻を鳴らしてそう言ったところで、アマリアは眉一つ動かさなかった。冷たい横顔を弟であるオスカーに見せつける。


「誰でもいい。なんてことはあってはならないことだわ。オスカー、我がウォーゼント公爵家がどのような立場か理解できていないようね。わたくしが王太子の婚約者になったことがどれほど重大なことなのか、あなたはまるで分っていないわ。ようやくなのよ。ようやくウォーゼント家から王家に嫁ぐことができるの。これがどれほどの悲願なのかわからないの?」


 冷たい横顔のままアマリアは静かに言う。その横顔から目線を動かせば、アマリアと同じぐらい、いや、もっと冷ややかな目をした母と目があいオスカーは息を飲んだ。


「オスカー、あなたにそのような戯言を吹き込んだのは誰なのかしら?お父様の政敵である可能性だってあるのよ?真実を確認しないまま口に乗せるだなんて、あなたは公爵家の嫡男としての自覚が欠けているわ。もっとも、そんな戯言を言いそうな人物ぐらいわかっていてよ?」


 そこでようやくアマリアはオスカーを見た。口角は上がっているのに、目はまるで笑ってなどいない。氷の微笑みを間近で見せられて、オスカーは背中に寒いものを感じた。


「その女子生徒とは誰なのかしら?」


 ようやく口を開いた母に、アマリアは即答した。


「ダンテ男爵家シャルロッテです」

「ダンテ男爵家?」


 まったく記憶にない家名に公爵夫人であるアマリアの母は困惑した顔をした。


「捨て駒である可能性もございますな」


 そこに割って入ってきたのは執事のトーマスだった。すぐに礼の姿勢をとると、トーマスは話を続けた。


「ダンテ男爵は中央に席を持ってはおりません。どこの家門とつながりがあるのか早急に確認いたします」

「そうして頂戴。旦那様にも急いで報告をお願いね」


 公爵夫人であるアマリアの母に命じられ、すぐさまトーマスはサロンを後にした。そのやり取りを黙ってみていたオスカーが何か言いたげにしていることぐらいアマリアは気付いていた。気づいていたからこそ、ゆっくりとカップを傾けてから口を開いた。


「その場に、ラインハルト様もいらした。ってわたくしは言いましたよ。オスカー、あなたはいったい誰を妄信しているのかしら?」


 アマリアに言われ、反論しようとしたオスカーを、母である公爵夫人が厳しく咎めた。


「オスカー、お前はすぐに自室に戻りなさい。呼ばれるまで部屋から出てはなりません」





「あらあら、どうしたものかしら」


 カフェテリアから見える景色にアマリアは小首をかしげた。隣に座る令嬢は驚きのあまり目を大きく見開いている。その令嬢を見て、他の令嬢たちもそちらに視線を動かせば、二階の窓から見てはいけない景色が見えていた。


「ご一緒していただけると心強いですわ」


 アマリアが少し目線を落としてそう言えば、周りにいた令嬢たちがいっせいに立ち上がった。


「おどきになって」


 アマリアは取り巻き、信頼のおける女子生徒たちを引き連れて先ほどの景色が見えた窓の部屋の前に立った。予想通りに扉の前には攻略対象者で王太子の側近候補、騎士団長の息子ウォルフガンクが仁王立ちをしていた。学園内の扉の鍵は全て学園長が持っている。内鍵など存在しない。そんなわけでウォルフガンクはその体格を見込まれて見張り役にされたのだろう。


「王太子殿下の御命令だ。帰れ」


 ウォルフガンクが凄みを聞かせて発すれば、女子生徒たちはすくみ上った。だが、その程度のことは想定内であるから、アマリアは鼻で笑うしかなかった。


「そぉ、殿なのね?では、わたくしからも言わせていただくわ。おどきなさい」


 身長差から見上げているはずなのに、アマリアから見下されていると感じたウォルフガンクの肩が小さく揺れた。


「お前ごときが俺に命令するつもりか」


 だが、王太子からの命を受けていると自負のあるウォルフガンクは、アマリアをバカにしたように言い返した。それを聞いて素直に引き下がるアマリアではない。なんと言っても悪役令嬢なのだから。


「なんですって?わたくしのことを?たかだか伯爵家の息子ごときが公爵家令嬢かつ正式な王太子の婚約者であるわたくしにたいしてなんたる口のききようですか」


 凄みをきかせるアマリアの後ろで、女子生徒たちも姿勢を正し無言で加勢する。ここは学園であるから身分差のない交友を推奨されているのだが、先に身分をかさに着てきたのは相手の方なので、アマリアは遠慮などする気が起きなかった。何より、プライドの塊である悪役令嬢をお前呼ばわりした罪は大きい。


「ここは学園だぞ。身分をひけらかす行為はっ」


 バチーン


「退けといった」


 アマリアが手にした扇でウォルフガンクの頬を思いっきり叩いたのだ。そんなことが想定の範囲外であったウォルフガンクは、あっさりと倒れた。


「先に身分をひけらかしたのはお前でしょう。わたくしは公爵家令嬢であり、国が定めた未来の王太子妃です。邪魔は許さなくてよ」


 アマリアは冷たく言い放つと扉に目線を移した。背後にいたはずの女子生徒が、両開きの扉を開け放った。これは身分の高い者の来訪を告げる開け方である。


「…………」


 乙女ゲームにふさわしくない光景がアマリアの前に広がっていた。ここは学園、特別室とは言えど学びの場である。


「何をなさっているのかしら?」


 アマリアは自分でも驚くぐらいに低い声で問いかけた。婚約者である王太子ラインハルトの下に上裸の女子生徒がいた。もちろん、顔など見なくても誰だかわかる。ピンク頭だ。先ほど見た時からわかっていた。アマリアと同じくらいこの学園では特徴のある髪色だからだ。ヒロインと悪役令嬢、攻略対象者たちと髪色が被るモブは存在しないのだ。それこそが乙女ゲームの世界なのである。


「ア、アマリア……」


 突然の出来事に慌てふためくラインハルトは、驚きのあまりただたアタフタするだけで、自分の下のよろしくないものを隠すという事に気が回らないようだ。それを見てアマリアの背後にいる女子生徒たちが顔を見合せた。

引き連れてきた女子生徒たちが状況を把握したのを確認すると、アマリアは悪役令嬢らしく行動を起こした。


「ふらち者」


 バチーン


「きゃあああ」


 アマリアは容赦なくラインハルトの下で上裸姿であったピンク頭を扇で殴った。ソファーに並んで座っていた状態から、崩れるように横になっていたらしく、呆気なくピンク頭は床に落ちていった。制服の前ははだけたままなので、居合わせた女子生徒たちは眉をひそめたりハンカチを口元にあてたりしたが、目をそらすことは誰一人としてしなかった。


「いつから学園で閨教育が始まったのかしら?」


当然だがラインハルトは答えない。もちろん、床に落ちたピンク頭は突然のことに目を白黒させている。


「不貞、ですわね」


 アマリアがそう言うと、女子生徒の一人がアマリアに鞭を手渡した。


「アマリア?何をするつもりだ?」


 慌てるラインハルトを尻目に、女子生徒たちが素早く動く。床に倒れていたピンク頭は両脇を支えられるようにして背中をアマリアに向けさせられていた。


「な、なんなのよ」


 ヒロインらしくピンク頭が潤んだ瞳で訴えるが、誰も答えない。


「わたくしとラインハルト様は国が定めた婚約者。教皇様の前で誓い合った仲です。我が国は一夫一婦制、不貞の現場を抑えたからには私刑を言い渡します」


 アマリアが冷酷な顔で告げると、シャルロッテは悲鳴をあげた。もはやヒロインとしての可愛らしさはどこにもない。


「アマリア様、私刑の上限は鞭打ち百回にございます」


 経典を手にした女子生徒が告げた。


「数を数えなさい」


 アマリアはそう言うと鞭を振った。

 皮膚を裂く音とシャルロッテの悲鳴が部屋に響く。ご丁寧に手の空いている女子生徒が窓まで開け放ったから、シャルロッテの悲鳴と複数の女子生徒の数を数える声が辺りに響き渡った。アマリアを止めようと部屋に入ってきたウォルフガンクだが、大勢の女子生徒に阻まれすごすごと退室した。


「アマリア、もう……」


 気を失ったシャルロッテになおも鞭を振るアマリアを、ラインハルトは止めようとしたが、代わりになるのか聞かれたため黙ってしまった。


「さすがに疲れたわね」


 百回数え終わった時、アマリアは汗だくだった。ピンク頭を支える女子生徒は途中で何人か交代をしたが、私刑を行えるのはアマリアだけだったため、アマリアは悪役令嬢らしく最後までやりきった。


「皆様、帰りましょう」


 ピンク頭を放置して、アマリアは女子生徒を引連れ帰って行った。もちろん、ラインハルトの腕を持って。




「ダンテ男爵は何も無かったよ。アマリア」


 その日の夕食で父である公爵が穏やかに告げた。それを聞いてアマリアは微笑む。


「男爵令嬢の独断だったようね」


 母である公爵夫人に言われ、アマリアは頷いた。


「ええ、本日私刑を決行致しました。同じ学年のご令嬢方に協力頂きました」


 アマリアの告白を聞いてオスカーの手が止まった。何かを言おうとして、公爵と目があい押し黙る。


「それについては陛下から報告を頂いている。側近候補を見直すそうだ」

「それがよろしいかと」


 アマリアはそう答え、オスカーに向かって言った。


「オスカー、覚えることが増えてしまって大変ね」


 アマリアが浮かべた微笑みは、まさに悪役令嬢たるものであった。

 

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