勇者の双子として産まれた俺、亡国の我がまま王女と魔界旅行

馬面八米

第一章 地底都市編

第1話 旅の始まり


 延々と続いた魔族と人間の戦争。


 ある日を境に均衡が崩れ、瞬く間に俺たち人間側は死地をさ迷うこととなった。


 人類の要と称された勇者。


 それの片割れ・・・として産まれてきた俺は、滅びゆく国を憂う間もなく、悲鳴に断末魔が絶えず上がる帝都の中、年端もいかぬ王女の手を取って走った。


 息を殺し、逃げては走り、教皇から余興で手渡された聖剣レプリカを振るう常。


 人間側にもはや国は無く。


 行く先々には魔族が築いた居が無数に点在するのみ。


 助けも何も期待できない状況。


 まるで生きた心地がしない。


 それでも俺は、東の果て・・・・にあるという魔族も寄り付かない前人未到・・・・の聖地を目指す。


 聖地リ・エルノ。


 神々が集いし巨塔。


 万天に坐する二成が出てくるお伽噺。


 藁をも縋る想いだ。


 四方八方には敵の影。


 到底そこへ辿り着けるとは思い得ない。


 だがしかし。


 この脚はもう止まらない。


 大切な人の宝物・・を守り抜くためにも、生き残るためにも。


 俺は絶えず剣を振るう。


 == 魔の森 ==


 「甘いものが食べたいッ」


 日の明かりすら届かぬ森の最深部。


 地団太を踏み、俺を睨みつけてくる純白のドレスを泥まみれにした齢八歳の金髪少女が一人。


 薪をくべる手を止め、周囲に気を配りながら、俺は静かにするようにと指摘する。


「人攫いの小悪党のくせに、リーニアの言うことを聞けないの!? お菓子をくれないならパパ上様に言いつけてお前たちミハール教会・・・・・・なんてぶっ潰してやるんだからッ!!」


 国王の念願、叶った愛娘。


 周囲から甘えに甘やかされた結果がこれ。


 我慢のガの字も知らない幼くも美しい我儘な王女様は、俺を怒鳴り散らかし、ポカポカと後頭部を叩いてくる。


 痛くはないが鬱陶しい。


 俺は聖杖が刻まれた白い仮面の下で軽くため息を吐き、聞き分けの悪い子を無視して焚火の炎を切らさぬよう小枝やら枯葉を薪として放り続ける。


「大帝国アーステルメの王女であり、勇者様の妻候補筆頭であるリーニアの発言を無視するなんて無礼ッ、無礼無礼無礼無礼ッ!!」


「……静かにしてくれ」


「お黙りなさいッ、いつ声を出すことを許したのッ、無礼者ッ!!」


 口を開いては無礼。

 口を閉じていても無礼。


 人攫いと罵った者に何を求めているのやら。


 俺は喚きながら再びポカポカと叩いてくる王女様を軽くあしらい、焚火の方が大事だと面倒を見る。


「皇族に対しての態度とは思えない、あんたなんか死刑よ死刑ッ、パパ上様に言いつけて明日にでもその首を刎ねてやるんだから、覚悟し――」


 ―――パチンッ。


 世間知らずな王女様。

 

 いい加減、口やかましいので黙らせる。


 王女様への平手打ち。


 平時であれば成人の15歳を越えて尚、教会が運営する騎士団の下っ端として生きていた俺なんか即、斬首。


 だがしかし、法も秩序も何もかも無くなった今ではありとあらゆる悪事が許される。


 人道を説く者など何処を見渡してもいやしない。


 天上人への暴力もほらこの通り。


 俺こそが法だ。


 下らない。


「……いたい、……え?」


 何が起きたのか理解できないといった表情を浮かべる王女リーニア。


 呆然と俺を見つめ、少し赤くなった右頬を擦る。


「ぶった……、王女である私の頬を…ぶった」


「亡国の王女に最早、価値なんてものはない」


 人類最後の砦、大帝国アーステルメ。


 海を越えた大陸までも支配した千年の歴史を築くそれが魔族の手によって滅びたのがついさっき・・・・・


 人間が栄えた時代は終わりを告げ、魔が蔓延る地獄がやってきた。


 人の世で無くなった今、亡国の王女に一体どれほどの価値があるというのか。


 無価値だ。


 王女様も、そしてこの俺も。


「あ、謝りっ、ひっく…なさい、…無礼、無礼者っ」


 ぶたれた右頬に両手で触れ、啜り泣き始めた王女様。


 ご自身の立場をまるで理解してらっしゃらない様子。


 俺は立ち上がり、冷めた目で彼女のことを見降ろし、脅す様な強い口調で言葉を紡ぐ。


「人間の根絶を願う魔族にとって、今や俺もお前も等しく虫けらだ、いつまでも過去の栄光に縋るな、帝国は滅んだ、いい加減に現実を見ろ」


「…うぅ……っひ、ひっく、…無礼、無礼無礼…うぅ、お前なんか嫌い、……お前なんか、大っ嫌いっ」


 惨めったらしく啜り泣きながらも尚、その精神は気高く在ろうとする。


 未だ幼いからこそ、亡国の王女としての理解がたりない。


 この先にまだ輝かしい帝国の、人間の未来があると信じている。


 まったくもって度し難い。


 俺は爆弾を抱えて逃げる今後に頭を悩ませながらも、腰に差していた聖剣レプリカを引き抜いた。


「っひ」


「リーニア王女……リーニア、ここは知性の欠片も無い魔物・・が巣くう森、やつらは光に臆す、焚火の明かりを絶やすな」


 剣を引き抜いた俺に怯えた様子のリーニア。


 まるで化け物を見るかのような視線を背後に、俺は音で集まり始めた魔を祓うため、聖剣を模したそれを振るう。


 数十分後。


 魔物と魔族・・の血肉が周囲一帯に散乱する中、俺は焚火の明かりを借り、森に火を放った。


 行く手を塞ぐように燃え広がる炎。


 それを背後に、眠気と疲労と恐怖で気を失ったリーニアを優しく抱き、火の手よりも速く森を駆ける。


 最早この身に救いの手は無い。


 ならば俺がこの子の担い手となろう。


 ――君が守って、私の宝物――


「我が名はシセル、この身が朽ち果てるまで、リーニアを守ると光の女神ミハールに誓います」


 帝国で唯一、愛した人。


 今は亡きその人が産んだ宝物。


 俺は主神に誓いを立て、絶対に手放さまいとリーニアを抱きしめた。

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