ぼっち転生

にんぎょうやき

0章 転生編

プロローグ



 世に名を轟かせる天才魔法使いソリタリオこと私は、天涯孤独人生真っしぐらの孤独少女ぼっちであった。


 剣技に秀でる者が騎士に、魔法に秀でる者が魔法使いになることが義務であり栄誉とされる剣と魔法の混沌極めし乱世。

 そんな世界で天才的な魔法の才能に恵まれた私は、王国の直属の魔法使いをやっており、自分で言うのもなんだが凄い人だった。


 魔法使いの優劣を示す等級は最上の"S級"を史上最年少で賜り、そのお陰あって豪邸みたいな家を買えるほどに稼いでいて、魔法使いとしてはこれ以上ないほどに優秀なので王族からも仕事が舞い込む。

 魔法使いとしてこれほど羨まれるであろう存在も、まあいないのではなかろうか。

 そう、魔法使いとしては。


 一人の人間として見たとき、誰もが羨望する『若き天才魔法少女ソリタリオ』なんてものは所詮虚像に過ぎないのであった。

 引くくらい社交性皆無コミュ障だから友達なんていないし、異性となんて尚更絡めるわけもないから彼氏もいないし、家族も幼いうちに無くしているから人間と話す機会がそもそも無い。

 実像の私は、絶え間なく一人寂しくうじうじ閉じ籠もっている根暗ぼっち野郎だったのだ。


 その上、人と関わら(関われ)ないことを周囲からはポジティブに解釈されているらしく、"独立性の天才少女"や"ロンリーウィザード"などあまりにダサ過ぎる二つ名を付けられ持て囃されいるとのこと。

 そのせいで、勝手に気を遣われて誰よりも寄り付かない。

 せめて格好いい名前にしてくれ、なんだ寂しい魔法使いロンリーウィザードって煽ってんのか。


 そんなこんなで19年生きてきたものの、一人とて私に友達が出来たことはなかった。

 そもそも友達の定義とは一体なんだろう、どこからが友達でどこまでが他人だという明確な線引きなど果たして存在するのだろうか。

 まあ人と楽しく会話した記憶すらない私には、それすら論ずるに値しないかもしれないが。


 つくづく思うのは、人見知りとコミュ障は似ているようで全く違うものであるということだ。

 人見知りなんてのは所詮"ファーストコンタクト"が苦手なだけの恥ずかしがり屋さんに過ぎない。

 初対面の人に自ら話しかけたり話しかけられるのに緊張してしまうだけで、回を増せばその内打ち解けて仲良くなってしまう。


 けれど私たちコミュ障は違う。

 むしろ初対面が一番良いまであって、回を増すごとに当たり障りのない世間話の手数が減っていきついには何も喋れなくなってしまう。

 アドリブ力が極めて欠如しているのだ。

 だから予定外の会話には全く対応が出来ず、挙動不審で声も小さくただただ気まずい雰囲気を作り出してしまう。

 友達が少ない程度でコミュ障を名乗っている人間を私は心底軽蔑している。


 ただ良き友人なんてものがいなくても、不幸せかといえばそんなことはない。

 前述の通り、私は素晴らしい魔法の素養を持ち、高名な魔法使いとして豊かな生活を送っている。

 不満は勿論あるけれど、それは自分を必要以上に貶める理由にはなってはならない。

 不服なんて唱えれば罰が当たるほどに、今の私は恵まれている。


 何より私は一人が好きだ。

 一人は気楽で何をするにも自由で、誰かの目を窺う必要なんてない。

 人付き合いは煩わしさを感じるとも言うし、私の性格にはこちらの方が合っている。

 そう、自分を納得させていた。


 それでも時々寂しくなる。

 一人は好きだけれど、一人ぼっちはあまりにも長い。

 他愛のない会話をだらだらとしたり、共通の趣味で盛り上がったり、普段は行かないような場所へ一緒に出掛けて遊んでみたり。

 気心の知れた相手と、たまにはそんなことをしてみたい。

 同じ日々の繰り返しでは、あまりに灰色人生だ。


 そう願ったところで、叶いやしないのだけれど。


◆◆◆


 ──これは、まずい


 気持の良い旭光に照らされた朝。

 だというのに、呼吸器系の異様な苦しさにうなされながら最低の目覚めをした。

 酸素が上手く吸えず、締め付けられるように胸が痛い。

 そして内側から蝕むように体を熱す奇妙な高熱。

 不鮮明な頭でも、これが"病"であることは即座に理解できた。


 魔力にまつわる病で似た症状のものがあるのを、以前本で読んだことがある。

 確か”魔力障害”とかいう、原因不明の死に至る病魔の一種だ。

 治療法も確立されていないらしく、ならば応急処置くらいはと試みるも、冷静に考察する頭も時間も無い今の状況では難しい。

 大量の冷や汗と焦燥が体中を駆け巡る。

 私の脳内を、”死”のひと文字が過った。


 初めての経験だった。

 凶悪な悪党や魔物と戦っている時も、一国を滅ぼした竜を討伐した時も、数百年攻略されなかった迷宮ダンジョンの深層部に到達した時ですら、こんなはっきりとした予感はなかった。

 心の臓が止まるという確かな実感。


 けれど生死の境を経験することが多かったせいか、恐怖は不思議となかった。

 むしろそれを理解してからは怖いくらい自然に受け入れられた。

 享年19歳なんてあまりに短命なのに、死ぬという事にさして動揺がない。

 どうせ未練も無いし。

 私が死んで悲しむ人もいないし。

 私が死んで困る人もいないから。

 ああ、でも私に仕事を依頼してる人達は困るかもな。

 それはちょっとだけ申し訳ないな。


 意識が、薄れていく。


 そういえば、死んだらどうなるんだろうか。

 天国に行くのか。

 ただ無と帰すだけで終わりなのか。

 それとも──生まれ変わりとかあるんだろうか。


 未練なんて大して無いけれど、もし生まれ変われるなら、もしも別の人間になって生きれるのなら、社交性が欲しい。

 コミュニケーション強者の抜群美少女になって、友達を沢山作るんだ。

 私の理想を叶えられるような友達を。


 今世で出来なかった分、今の自分がビビるくらい交友関係を広げていって、休日はいつも誰かとの予定を入れて、充実したリアルを送って。

 世界一友達が多い女になって、葬儀では棺桶をみんなに胴上げしてもらうんだ。

 夢見るだけならタダとばかりに、強気にそう望んだ。


 あ、でも必ずしも人間に生まれ変われるとは限らないか。

 下手したらコミュ力が高いカマキリとかになるかもしれないのか。

 それは嫌だなあ、だって万が一オスに生まれたら交尾のすぐ後に食べられちゃうんだもん。

 そんな人生は流石に悲惨だ。


 それでは一先ず、もう一度人間に生まれ変われるよう祈っておこう。

 コミュ力の高い人間は第二希望にしておいて。

 けれどまあ、今より少しマシな性格になれていればそれだけで十分なのだけれど。


 ああ神様、もしも来世なんてものがあるとするなら、私を、どうか、人間に───



 原神暦715年、サングリエ月24日。


 ソリタリオ・アイングラード、死亡。

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