第14話 五郎の狂気
私のお手本を見た結衣は目と口を真ん丸に開いていた。何かを言いたそうに、全身が震えている。
「いやいや、こんなんできる訳ないでしょ!」
「うーん、鱗を剥がしてほうきで突き刺すだけなんだけど……。あっ、ヘラが無いから剥がすのが大変ってことか。そのナイフでも大丈夫ですよ」
「そういう問題じゃないわ……」
「ああ、確かにナイフだと突き刺しても心臓に届かないな。分かりました。もっと簡単な方法をお教えします」
私みたいに、色々な武器を使える訳ではないことを失念していたので、改めてお手本を見せることにした。結衣の方は納得いかないような顔をしていたが、気のせいだろう。
「GRRRRRRR!」
「それじゃあ、あのアースドレイクを使いますね」
悠斗たちが戦った所とは別の脇道に入り、奥の部屋にいるアースドレイクを指差した。アースドレイクも私たちの存在に気付いて唸り声を上げて威嚇していた。
「すぐ終わりますから、よく見ていてくださいね」
ヘラを両手に持ち、スタスタとまっすぐアースドレイクの方に歩いていく。結衣が後ろから叫んでいるが、何ら問題はない。
「GYAAAAAA!」
雄叫びを上げたアースドレイクが頭を振り上げる。そのまま喰らいつこうとする大口。しかし、その先に私の姿はなかった。
「遅いわよ」
空振りして地面に噛り付いた隙だらけのアースドレイク。その懐に潜り込み胸の辺りにある色違いの鱗に左手のヘラを差し込む。柔らかい鱗は力を入れなくても簡単に剥がれてしまった。
鱗が剥がれて肉が皮膚が露になったわずかな隙間。すかさず右手のヘラの柄を突き刺した。そこの肉は柔らかく、軽く力を入れるだけでするりと奥まで刺さってしまった。
「GAAAAAAA!」
痛みに気付くまでのわずかな時間。その時にはもう、アースドレイクは胸から血を吹き出し、雄叫びを上げながら絶命していた。
「どう? ドラゴンは胸の辺りに逆鱗っていう弱点があるの。そこを狙えば、こんな感じで楽に――」
「仕留められる、とでも思ってんのぉぉぉ? いやいや、無理でしょ、無理!」
ドラゴン倒すときの定石とも言える方法だけど……。どうやら、お気に召さなかったようだ。
「大丈夫。力はいらないから、盗賊タイプの結衣にはぴったりの討伐方法だよ」
「そういう問題じゃありません」
「まあ、練習台はいるし、脇道掃除するついでに試してみようか」
こうして、私と結衣は入口に向かって脇道を掃除しつつ、アースドレイクを倒していった。最初の方こそ失敗が多かった結衣だが、数匹倒す頃には苦もなく倒せるようになっていた。それからはアースドレイクの討伐も単純作業だった。
「途中からペースアップしたお陰で、あっさり終わったわね」
「ありがとうございます。お陰で私でもドラゴンを倒すことができるようになりました」
ダンジョンの入口から出たところで結衣がお礼を言ってきた。私は微笑むと受付で作業報告をする。五郎は姿が見えないので帰ったのだろう。そう私は結論付けた。
「これは結衣の取り分ね」
精算した報酬の中から三分の一を取り分けて結衣に渡した。
「こんな大金、いただけません!」
「いいのよ、掃除も手伝ってもらったし、実際に帰り道はほとんど結衣が倒したんじゃない」
「そうですか……。ありがとうございます」
どうやら、彼女の懐具合もだいぶ厳しかったらしく、渡した取り分を抱きかかえながらお礼を言ってきた。
「さて、それじゃあ報酬の分配も終わり。アイツの分は後で渡すとして、今日は解散かな?」
「そうですね……。五郎、大丈夫でしょうか?」
不安そうな表情を浮かべる結衣。そんな彼女の問いかけに、私は首を横に振った。
「分からないわ。でも、あの様子だと関係修復は難しいかもしれないわね」
彼女にとっては酷な答えを返す。だけど、ここで変な慰めをしたところで、後で辛い思いをするだけだからね。
「そう、ですか。仕方ありませんね」
あらかじめ覚悟は決めていたのだろう。彼女は表情を強張らせて下唇を噛んでいたが、そこに絶望の色はなかった。
「すみません。山本さんの関係者ですよね?」
「あ、はい。どのようなご用件でしょうか?」
普段からアイツとか五郎とか呼んでいた私は、彼の苗字を忘れていて、受付嬢から声を掛けられても何のことかわからなかった。だけど幼馴染の結衣は知っていたらしく、私の代わりに対応してくれた。結衣は話についていけていない私に「五郎のことです」と小声で教えてくれた。
「申し上げて良いのかわからないのですが……。山本さんの様子が、あの後おかしくなっていたので、一応お伝えしておこうと思いまして」
「おかしい、と言うと?」
「はい、お二人がダンジョンに戻られてからすぐに、桜井さんのパーティーは帰ってしまいました。ですが、一人残られた山本さんがしばらくして狂ったように笑いだしたり、意味不明なことをつぶやいていたりしておりまして。ふらふらした足取りで、ダンジョンから出て行ってしまったのです」
そこまで言って、受付嬢は逡巡する。おそらく、その情報は私たちの心に動揺をもたらす可能性があると思っているのだろう。
「結衣、これから話す内容は、あなたには耐えがたいものかもしれない。不安なら、聞こえない場所に行ってもらえるかしら」
「大丈夫です。覚悟はできています」
結衣の答えを聞いて、私は受付嬢の方を見てうなずいた。それを見た受付嬢は少しだけ目を伏せると、私達の方を見据えながら口を開いた。
「彼が出ていく時につぶやいていた内容なのですが、はっきりとは聞き取れませんでした。ですが、その中で『裏切者』とか、『詐欺師』とか、『許さぬ』とか言っていたんです」
彼にとって、どうやら結衣は裏切者らしい。恋心を秘めたまま何もしなかった彼が彼女を裏切者呼ばわりするのはどうかと思うが……。いずれにしても、今の五郎が危険な可能性はある。
「わかりました。少し注意しておきますね」
「よろしくお願いしますね。探索者の不祥事は協会の責任問題にもなりかねませんので……」
「なるほど……」
探索者は基本的に戦闘能力が高くなる。そのため、荒事に発展することが多く、その規模も大きくなりやすい。ある種、危険な探索者を統制するための組織として探索者協会があるわけだが、有象無象の探索者を統制するのは容易なことではない。
「まあ、狙いは結衣かアイツらでしょうから、何とか被害を抑えるようにはします」
「お願いします」
ダンジョンから出て駅へと向かう。頑張れば、今日帰るのも難しい訳ではないが、色々あって疲れていた。そのため、今日は一泊して明日の朝に帰ることにしたのだが……。
「これは簡単に帰らせてくれそうにないわね……」
「うがあああ!」
帰り道の途中、茂みの中から突如として現れた毛むくじゃらの獣のような人間。それが結衣に飛びかかろうとしたのを、とっさに間に入ってほうきで受け止めた。
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