ダンジョン美化計画～ゴミもモンスターも一掃します！～

第12話 結衣の裏切り（最後にNTR描写注意）

　五郎の左斜め後ろに結衣が立ち、アースドレイクと相対する。さすがは幼馴染というだけあって、二人の位置取りは理想的と言える。盾を持つ左手側にいることで、盾で守りやすい陣形だ。

「ＧＲＲＲＲＲＲＲ！」

　アースドレイクが唸り声を上げる。先ほどの戦闘によって自らの力を過信しているのだろう。その動作には余裕のようなものが見え隠れしていた。

「この二人とアースドレイクはほぼ互角。だけど、その油断は命取りになるわ」

　緩慢に構える姿に敵であるにも関わらず、「マジメにやれ」と苛立ちを覚える。竜種とはいえ下級、所詮は爬虫類ということだろう。

　そうは言っても、圧倒的な身体能力の差。その巨体で突進するだけで、人間にとっては脅威だ。一般人であれば、の話だけど。

「うっ、くっ」

　アースドレイクの突進を盾で受け止める、普通なら吹き飛ばされる勢いだが、彼の身体は微動だにしない。探索者として鍛錬を積んでいた証だった。今も必死の形相で押し返そうとしている。

「うああああああ！」

　雄叫びを上げた五郎の押し返す力が強くなる。油断をしていたアースドレイクは、成す術もなく押し返されて、四本の足を地面に滑らせる。それによってできた大きな隙。それをむざむざ見過ごすような探索者はいない。

「やああああ！」

　五郎の後ろから、結衣がジャンプしてアースドレイクの背中に飛び乗る。慌てて振り払おうとするも、左手をその首に巻き付けてしがみつきながら、右手で首筋にナイフを突き立てた。

「ＧＹＹＹＡＡＡＡＡ！」

　ナイフを突き立てられた痛みにアースドレイクの動きが激しくなる。とっさにナイフを引き抜いて離脱した。傷口から止めどもなく流れ落ちる血液。その生臭い匂いが辺りに充満する。傷口自体は大きくないものの、止まることのない出血は、その生命を刻一刻と削っていく。

「油断しないで。ここからが本番よ」

「「はい」」

　私の言葉に、二人の表情が引き締まる。血を傷口からポタポタと垂れ流しながら、アースドレイクは二人をにらみつける。油断できない相手だと認識したようだが、時すでに遅し。それでも一矢報いようと、最後の力を振り絞って前へと進む。

「ＳＨＡＡＡＡＡＡ！」

　勢いを付けた身体は、まるで砲弾のように二人に襲い掛かる。だが、傷を負って身体能力の落ちた身体では、二人にとって脅威にすらならなかった。

　先ほどと同じように、しかし余裕の表情で五郎はアースドレイクの身体を受け止める。

「やああああ！」

　ナイフを両手に持った結衣が五郎の陰から飛び上がり、首筋を一閃。宙を蹴ってナイフを振り下ろし、胴を一閃。大きな隙をさらしたアースドレイクはあっさりと三枚におろされてしまった。

　熱くなると思っていた対戦カード。それが初手のテレフォンパンチで終了した時のような虚しさ。正直言って、再戦要求したいくらいだけど、先にやらなきゃいけないことがあった。

「いったん、ダンジョンの入口まで戻りましょうか」

「えっ、これで終わりですか？」

「また来るけど、結衣が生きていることを報告しておいた方がいいわ」

　彼らのことだ。結衣の資産をかすめ取るために、死亡報告を入れるだろう。それを阻止するためにも早めに動く必要があった。

「たしかにそうですね。急ぎましょう」

　私たちがダンジョンの入口から出ると、受付で何やら手続きをしている悠斗たちがいた。彼らを無視して受付に中間報告をすると、こっちを向いた彼らの表情が一斉に固まった。

「な、何でお前がこんなところに……」

　私を震える手で指差しながら、絞り出すような声を出す。チラリと彼らの方に視線を向けるが、すぐに受付の方に戻した。

「おい、無視してんじゃ――」

「ダンジョンで一名救助しました。名前は広瀬結衣です」

　私の言葉に、受付嬢の表情がくもる。悠斗たちは、受付嬢のまとう空気の変化に顔を歪ませた。

「桜井悠斗様、いったいどういうことでしょうか？」

　彼らが提出したであろう死亡報告書。そこには、私が救助報告した広瀬結衣の名前が書かれていた。死亡報告書は資産をパーティーメンバーに分配することを認める書類でもある。ゆえに生存しているにも関わらず死亡報告書を提出した場合は厳しい罰則がある。

　もっとも、厳密な確認ができないこともある探索者稼業。実際に罰則が適用されることは稀だ。だが、これで二度目だ。ここまで短期間に虚偽の報告をしたら、間違いなく悪質だと判断される。

「チェックメイトね」

「ふざけんな、清掃員の分際で」

「それなら、私が報告すればいいんですよね？」

　私の言葉に、またしても清掃員を侮辱するような発言をする悠斗。このまま簀巻きにして東京湾に沈めてやろうか。だが、私が動くよりも早く、結衣が割り込んできた。

「もちろんですよ。本人ですからね。経緯も含めてお話しいただけますか？」

「わかりました」

「おい、お前。俺たちパーティーメンバーを裏切るつもりか？」

　どの口が言うんだ、こいつは。先に裏切ったのはこいつだろうが。そう言いかけたところで、結衣が経緯の説明を始めてしまった。

「今日は上層のボスを討伐するためにダンジョンに入りました。途中で休憩するために脇道に入ったら、その先で襲われました。先頭を歩いていた私は不意打ちを受けて動けなくなり、そのまま置いていかれました」

　淡々と語る彼女の言葉を疑う者は悠斗を除いて誰もいなかった。

「嘘だ！　そいつの言うことは嘘だ！」

　嘘だと喚きたてる悠斗を信用する者は、この場には誰も居ない。同じパーティーの花蓮と愛菜すらも冷たい視線を送っていた。

「残念ですが、決まりは決まりですので――」

「まだだ！　おい、結衣！　俺に逆らっていいと思っているのかよ！」

　結衣をにらみつけて脅しかける悠斗に、彼女は何も答えず、ただ下唇を噛んでうつむいていた。そんな彼女の様子を見て、勝ち誇ったように笑いながら五郎に話しかける。

「お前は何もしらねえかもしれないけど――」

「やめてっ！」

　悠斗の言葉を遮ろうと、結衣が突っかかる。しかし、力では悠斗の方に分があった。あっさりと押し返されると、悠斗は言葉を続ける。

「この結衣って女は、お前を捨てて俺の女になったんだよ」

「どういうことだ？」

「五郎、だめっ！」

　悠斗の言葉の真意を追及しようとする五郎。それを止めようと結衣が叫ぶ。しかし、その程度で悠斗が止まることはなかった。

「こいつはお前じゃなくて、俺を選んだんだよ。毎晩、俺の上に跨って腰を振りながら喘ぎ声を上げてたんだぜ」

「う、う、嘘だ！」

　五郎は必死で悠斗の言葉を否定しようとする。そんな彼に追い打ちをかけるように懐からスマートフォンを取り出して動画を再生した。

『おい、結衣。お前、俺と五郎、どっちを愛してるんだ？』

『あん。そ、それは……悠斗よ。んん。五郎なんて子供っぽくて、あん、話にならないわ』

『ふふ、可愛いヤツめ』

『あああん。悠斗ッ、激しいィィ』

　その動画には先ほどの言葉通り、あられもない姿の結衣が悠斗と抱き合っていた。それを見た結衣は崩れ落ちて泣き出す。一方の五郎は真っ白に燃え尽き地面にひざまずく。その間もスマートフォンは見るに耐えない動画を流し続けていた。